リーガ通3人は考えた。なぜ乾貴士と柴崎岳はスペインで成功したか?

リーガ通3人は考えた。なぜ乾貴士と柴崎岳はスペインで成功したか?

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.4


 新年早々から各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、その世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。

 今回のテーマは、リーガ・エスパニョーラ(ラ・リーガ)で活躍するふたりの日本人選手、乾貴士と柴崎岳。3氏が彼らの活躍の要因を考察します。

――今回は、ラ・リーガでプレーしているヘタフェの柴崎岳と、エイバルの乾貴士というふたりの日本人選手についてお話を伺いたいと思います。まず、初めてラ・リーガの舞台を経験している柴崎について、お三方はどのように見ていますか?

小澤 柴崎については、昨季のシーズン途中に加入したテネリフェ(2部)で結果を残せたことが大きかったと思います。確かに加入当初は環境に馴染めず、肉体的にも精神的にも厳しい状況だったと思いますが、その苦しい時期をよくぞ持ちこたえてくれた。

 僕もスペイン人の知り合いから、カナリア諸島はスペインではない、とよく聞きますが、あそこは地理的にもアフリカ大陸に近くて、風土的にも本土とは異なっています。そういう難しい環境のなか、半年という短い時間の中で最終的にフィットさせて、チームの昇格プレーオフ出場の原動力となったことは評価に値すると思います。

 しかも、シーズン終了後にはクラブのフロントからチームに残ってほしいとまで言われて契約延長オファーも受けています。結局、個人としての1部昇格を目指して契約満了でクラブを離れましたが、テネリフェでしっかり評価を勝ち取ったことは今季のヘタフェでの適応、活躍につながっていると思います。

中山 僕は1度カナリア諸島に行ったことがありますが、確かにあそこには本土とは異なる風土があると感じました。だから、むしろ柴崎が初めてプレーしたクラブがテネリフェだったことが、結果的には彼にとってよかったのではないかと思っています。

 というのも、常春のカナリア諸島には年間を通して観光客が多く、人々のホスピタリティ精神も高い。しかもテネリフェ島は、ラスパルマスがあるグランカナリア島よりも小さくて、遠い日本から小さな島にやって来た彼を地元のみんなで手助けしたいという気持ちが、より強かったと思うんです。

 本土のクラブでプレーしていたら、もしかしたら最初のつまずきの時にクラブやファンからそっぽを向かれていたかもしれません。でも、テネリフェ島の人々はそうではなかった。その島全体の期待に対して、最終的に柴崎がプレーで応えることができたことが、間違いなく現在の彼の評価につながっていると思います。

倉敷 僕は、昇格プレーオフにおける彼の印象がとてもよかったと感じています。たとえば日本人選手が海外で挑戦する時、チャンスを生かせる選手と生かせない選手がいますが、彼はそのチャンスをものにできた。その背景には、彼がどのエリアでプレーして評価されたのかという部分もあると思います。

 監督がそれを見つけ出したことも含めて、あの昇格プレーオフでの彼のプレーぶりを小澤さんはどのように見ていますか?

小澤 プレーオフのみならず、やはり貪欲にゴールを狙うという姿勢を見せたことが大きかったと思います。半年間の契約の中で結果と評価を得るためには、やはりゴールすることが最もそれに直結します。

 実際、柴崎は左のアウトサイドからゴールやペナルティーボックスに近いエリアでプレーするようになって、右からのクロスに対してもセンターフォワードのようなゴール前の入り方をしていました。サイドでの仕掛けの局面でも積極性が見えていましたし、とにかく「各局面から結果を出す」ことにこだわるプレーをしていたのが良かったと思います。

 それと、監督のホセ・ルイス・マルティは現役時代にセビージャやマジョルカでボランチとして活躍し、スペイン語で「saber jugar(=フットボールを知っている)」選手として高く評価されてきた人物で、監督としても戦術的にとても整理されたものを持っています。そういう監督のもとでプレーしたことで彼のフットボールインテリジェンスも上がり、ボールを持っていない時の動き、特に守備の部分では日本でプレーしていた頃よりもアプローチのスピードや複数の相手をつかまえるポジショニングでスケールアップした印象がありますね。

倉敷 やはりアタッカーの選手が現地で評価を得るためには、ゴールは大事ですよね。特にビッグクラブと対戦した時などの大きな試合でゴールを決め、一気に評価を上げた日本人選手は過去にも少なくありません。たとえばローマ時代の中田英寿がユベントス戦で途中出場して、ゴールを決めるなど救世主的な活躍を見せたり、高原直泰がハンブルガーSVに加入したシーズンに当時連続無失点記録を継続中だったバイエルンのGKオリバー・カーンからゴールを奪ったり。

 同じように、今季ヘタフェに移籍した柴崎もバルセロナ戦でスーパーボレーシュートを決めて新天地での評価をつかみ取ることができました。

中山 第4節というかなり早い時期に、しかもホームのファンの前でやってのけた。今季は彼にとっては初めてのラ・リーガだったわけですが、あのゴールは挨拶代わりの一発として、ものすごいインパクトがあったと思いますね。

 残念ながらその試合の後半に負傷交代してしばらく戦列を離れてしまいましたが、ファンやメディアはあのゴールがずっと頭に残っていたはずです。復帰戦となった第15節(2017年12月9日)のエイバル戦で、柴崎が途中交代でピッチに入った時の大歓声は、その証明だったと思います。

――バルセロナ相手にゴールを決めたという点では、エイバルの乾も同じです。昨季の最終節、カンプ・ノウで2ゴールを決めたことが日本でも大きな話題になりました。その乾について、みなさんはどのように評価していますか?

中山 乾はラ・リーガ3季目ですけど、個人的には昨季の変化に注目していました。これはエイバルに加入する前のボーフムやフランクフルト(ドイツ)でプレーしていた時にも言えたことですけど、それまでは守備面に多くの課題を抱えていて、それが出場時間にも表れていたと思うんです。

 しかし、昨シーズンの途中から、守備時のポジション、攻から守への切り替え、1対1の対応といった部分で進化した印象があります。エイバルのホセ・ルイス・メンディリバル監督もその部分を評価するコメントを何度もしていますが、それがコンスタントに活躍できるようになった最大の要因だと思います。

 特に守備時の1対1の局面で、相手との間合いをつかめるようになった。これは攻撃時に仕掛ける場面でも役立っていて、彼が得意とするカットインからのシュートやパスが目立つようになってきたのは、その感覚をつかめるようになった証拠だと見ています。ドリブル突破する時はまず相手を動かす必要があるので、自分の間合いで仕掛けられないと難しいですからね。

倉敷 実は、現在乾選手のやっていることは、かつて松井大輔選手がフランスでやっていたこととすごく近いと感じているんです。ポジションや仕掛けるというプレースタイルもそうですが、(日本の)インターナショナルマッチ、特に強豪を相手にした時に必要なことを、いつも松井選手がやってくれていた。そこが、現在の乾選手に重なって見えます。

 所属クラブのエイバルも、松井選手が所属していたル・マンと通じるものがある気がしているんですが、中山さんはどう思いますか?

中山 クラブの規模からしても、確かに似ていますね。乾もドイツ2部のボーフムで海外挑戦を始めましたが、松井が初めて海外でプレーしたのもフランス2部のル・マン。1年でリーグアンに昇格して、そこからル・マンの黄金時代が到来してUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)出場権獲得までもう一歩のところまでいきました。おっしゃる通り、まるで現在のエイバルの状況とそっくりですね(笑)。

小澤 乾については、クラブ選びがいちばんだと思っています。個人的に、日本人選手はスペインの真ん中よりも下の地域、具体的に言うと南部の海沿いのクラブには行かないほうがいいと思っていまして。

 地中海に面した海沿いの街は人々がとても情熱的で、いわゆる「情熱の国スペイン」という一般的なスペインのイメージと合致する地域です。その典型的な地域がアンダルシア地方なわけですが、清武弘嗣がプレーしたセビージャや、同じ町のベティスを見てもらえるとわかると思いますが、ファンがすごく熱狂的な一方で、結果が出ない時はすごく厳しい。評価が1日でコロっと変わってしまうほどプレーするのが難しい地域、町です。

 たとえば、今季からボール保持志向の強いキケ・セティエンを監督に招聘したベティスも、開幕当初は結果も出て調子も良かったんですけど、結果が出なくなった途端に監督解任論が巻き起こりました。そういう難しい地域のクラブでプレーするより、日本人選手はエイバルのような北部の小さな町のクラブが合っている気がします。特にエイバルがあるバスク地方には、日本人やドイツ人に似て本当に真面目な人が多いですし、パイス・バスコ(バスク国)はあらゆる面で”スペインではない”ですから。そういう点で、乾のクラブ選びは大正解だったと。

倉敷 あの小さなエイバルの街にもすっかり馴染んだんじゃないですか?

小澤 ええ。特にエイバルは近郊にあるサン・セバスチャンのような都市部に住んでいる選手も多いのですが、彼はサッカーに集中したいという理由もあって、エイバルの街に住んでいます。街の人々と日常的に接することができるし、声もかけてもらえるという環境選びをしたことも、意外と重要だったと思いますね。

 それと、乾が活躍できるようになったもうひとつの要因として僕が感じているのは、同じバスク地方のビルバオ在住の日本人で、UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)プロライセンスまで取得した指導者である岡崎篤さんが1年目に彼の通訳を務めたことですね。

 スペイン語が話せる日本人の方は他にもいますが、その中でスペインのフットボールを理解している人、しかも日本で言うS級ライセンスまで取得して、現地で指導者として活躍している人はそう多くはいません。そういう人が、ラ・リーガ初挑戦となったシーズンに通訳として付いてくれたことは乾にとってすごく幸運だったと思いますし、ピッチ内外で大きな助けになったと思いますね。

倉敷 日本語と、通訳する先の国の言葉の両方の理解があって、なおかつ競技の理解もある人というのは、探してもなかなか見つからないですしね。奇跡的なことだと思います。

中山 これから新たにラ・リーガでプレーする日本人選手も出てくると思いますけど、その国の言葉を覚えるという部分は軽視してほしくないですね。全員とは言いませんが、海外で成功した日本人選手のほとんどは、それなりに言葉の壁をクリアしていますから。

小澤 言葉を理解することができれば、よりサッカーの戦術的な理解度を深めることができると思うんです。ラ・リーガは欧州の中でも戦術的レベルが高いリーグだと認識していますし、そこがラ・リーガにもっと多くの日本人選手が挑戦してほしいと考えている理由のひとつでもあります。しっかりした監督の指導のもとでプレーすることによって、そういった部分を日本代表、引いては日本サッカー界にたくさん持ち帰ってほしいですね。


・倉敷保雄(くらしき・やすお)

1961年生まれ、大阪府出身。ラジオ福島アナウンサー、文化放送記者を経て、フリーに。現在はスカパー!やJ SPORTSでサッカー中継の実況として活動中。愛称はポルトガル語で「名手」を意味する「クラッキ」と苗字の倉敷をかけた「クラッキー」。番組司会、CM、ナレーション業務の他にゴジラ作品DVDのオーディオコメンタリーを数多く担当し、ディズニーアニメ研究のテキストも発表している。著作は「ことの次第」(ソル・メディア)など。

・中山淳(なかやま・あつし)

1970年生まれ、山梨県出身。月刊「ワールドサッカーグラフィック」誌の編集部勤務、同誌編集長を経て独立。以降、スポーツ関連の出版物やデジタルコンテンツの企画制作を行なうほか、サッカージャーナリストとしてサッカーおよびスポーツメディアに執筆。また、CS放送のサッカー関連番組に出演し、現在スポナビライブでラ・リーガ中継の解説も務めている。出版物やデジタルコンテンツの企画制作を行う有限会社アルマンド代表。

・小澤一郎(おざわ・いちろう)

1977年生まれ、京都府出身。サッカージャーナリスト。早稲田大学卒業後、社会人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年 に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。多数の媒体に執筆する傍ら、スポナビライブにてラ・リーガ(スペインリーグ)、スカパー!にてUEFAチャンピオンズリーグなどの試合解説もこなす。これまでに著書7冊、構成書4冊、訳書5冊を刊行。株式会社アレナトーレ所属。

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