踏み忘れ、10万号…お騒がせマレーロが今季は30本打つと言う理由

 オリックスのクリス・マレーロは、今シーズン30本のホームランを打てる自信があると言う。

 1936年の球団創設(当時は阪急軍)以来、外国人選手がシーズン30本以上のホームランを放ったのは10人。最後に達成したのはウィーリー・モー・ペーニャで、2014年に32本を放っている。


昨年シーズン途中で入団し、20本塁打を放ったマレーロ

 ただ、マレーロはプロになってからの11シーズンで自己最多は23本塁打。にもかかわらず、「今年はやれる」と自信たっぷりなのだ。

「目標は30本です。できると思うんです。野球においてもっとも難しいことは、同じペースを保つことなんです。でも、昨シーズンを終え、ここで何ができるということがわかったし、その経験が今年につながると思うんです」

 決して手の届かない目標ではないと思われるかもしれないが、誰よりもマレーロ自身がホームランを打つ難しさを痛感しているのだ。マレーロとホームランの関係は、実は、かなりほろ苦いものなのである。

 もともとワシントン・ナショナルズが2006年に長距離打者として評価し、マレーロをドラフト1巡目で指名した。1年目の2007年にマイナーで23本のホームランを放つなど、早くも才能を開花させたマレーロだったが、その後、次々と不幸が襲う。

 2008年に足首を骨折し、2011年にはひざの腱の断裂。結局、2013年にナショナルズを解雇となった。その後、ボルティモア・オリオールズ、シカゴ・ホワイトソックスでプレーし、2015年8月にボストン・レッドソックスとマイナー契約を交わした。

 このとき、マレーロはまだ長距離砲として期待されており、事実、2016年には3Aながら23本塁打を放ち、インターナショナルリーグの本塁打王に輝いた。さらに、3Aのオールスターではホームランダービーに出場して優勝。試合でも活躍してMVPも獲得した。

 このようにマイナーでは確固たる実績を残したが、メジャーに上がることはなかった。

「(当時の)レッドソックスには上に空きがなかった。3Aのシーズンが終了しても、9月に昇格することができなかったので、ボストンでの未来はないなと感じていました」

 この年のシーズンオフ、マレーロはサンフランシスコ・ジャイアンツからオファーを受け入団。翌春のキャンプで大活躍したマレーロは、開幕メンバーに名を連ねた。そして4月14日、マレーロはようやくメジャーで初本塁打を放ったのだ。ドラフトされてから実に12年の月日が経っていた。

「すごく気持ちがよかった。その当時は彼女だった今の妻がスタンドで応援してくれていたし、球場も満員だったんです。当たった瞬間、スタンドに入ったと確信しました。あれは自分にとって忘れられない瞬間です」

 だが、喜びも束の間、初ホームランから7試合後、連敗を喫していたジャイアンツは打線のテコ入れの必要に迫られ、マレーロはマイナー落ちとなってしまった。

 その直後、オリックスからオファーを受けたマレーロは日本行きを決断し、新たな野球人生をスタートさせたのだった。

 日本でのスタートは、いろんな意味で忘れがたい経験となった。

 メジャー1号を放つまで12年もかかったが、日本での第1号はデビュー戦となった6月9日の京セラドームでの中日戦。ランナーを一塁に置いた3打席目で左中間スタンドに飛び込む逆転の一発を放ってみせた。

 日本で最高のスタートを切ったマレーロは、歓声を上げ、新しい仲間たちとハイタッチを交わし、意気揚々とベンチに戻った。しかし、グラウンドでは審判たちが集まり、何か話し合っていた。それを見て、マレーロは「何か変だな」と感じていた。

 そして、信じられないことが起きた。審判からホームベースを踏んでいないと判断され、日本第1号は幻となってしまったのだ。記録上は三塁打となり、逆転弾は同点タイムリーとなった。マレーロが振り返る。

「もう何が起こったのか、わけがわからなかった。言葉もわからないので、通訳に何が起きたのか説明してもらいました。それを聞いて『はぁ?』って思いました。もちろん、ホームベースは踏みました。でも、抗議する選択肢はなかったんです。だって、日本での初めての試合でしたし、気持ち的にも余裕がありませんでした。怒りはありましたが、どうしようもない状況でしたね」

 マレーロはこれまでの経験を生かし、自分自身をコントロールした。

 幸いその試合でオリックスは勝利し、チームメイトはマレーロの失態を責めるどころか、笑って済ませることができた。

 翌日、マレーロはまたスタンドに放り込んだ。日本での第1号となるように、今回はホームベースの真ん中を両足でしっかりと踏んだ。マレーロはその後もホームランを量産する。

中でもシーズン20本目となるホームランは特別なものとなった。なんと、日本プロ野球通算10万号目のホームランだったのだ。もしマレーロが、6月9日の試合でホームベースを踏み忘れていなければ、メモリアルアーチはほかの誰かが放っていたに違いない。

 さらに昨シーズン、マレーロはオリックスで20本、ジャイアンツで1本、そして3Aでの2本を足すと、合計23本塁打。これは2006年と2016年に記録した自己最多に並ぶ数字だった。もし幻の1本が加わっていたら……自己最多記録となるはずだったのだ。

 それでもマレーロは前向きに考えている。昨年、日本のプロ野球を経験したことで、新たな感覚を身につけた。30本を打つために、オフには新しい練習法を取り入れた。

「走り込みに重点を置きました。走ることによって持久力が養われ、長いシーズンを戦い抜くことができるのです。パワーは足腰の強さから生まれます。強靭な肉体を持った選手は、すごいスイングをします。これはメジャーを見ていても感じていました。最近は、ただ大きいだけの選手は見なくなりました。みんなしっかりと体を鍛えています。

 私も以前は、体の柔らかさであったり、機敏さであったり、そういった部分にそこまで重点を置いていませんでした。それに体重も重かった。今は体を研究し、これまでと違った体づくりができるようになりました。それによっていいスイングになりました」

 マレーロは、ここまで(5月7日現在)リーグ2位の8本塁打を記録している。かつてメジャーで長距離砲として期待された男が、本当の意味で才能を開花させるときが来るかもしれない。

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