神奈川屈指の快速左腕を育てた、「豪華すぎる2人のコーチ」の正体

神奈川屈指の快速左腕を育てた、「豪華すぎる2人のコーチ」の正体

「ランナーを出しても関係ない」

そう堂々と胸を張って答える投手がいる。藤嶺藤沢の矢澤宏太は身長173cm体重65kgの細身から、最速148キロのストレートと、鋭く縦横に変化するスライダーで三振を量産する左腕だ。指導する中丸洋輔監督は矢澤をこう評す。

「矢澤は本当にスピードにこだわりがありません。いつも勝てるピッチングのことばかり考えています。とにかく丁寧に投げてアウトを積み重ね、勝負どころになると一気にギアを入れて、打者を圧倒することができる。140キロ台後半のボールはグングンくるし、鋭く曲がるスライダーもあります。捕手は大変ですよ。体中アザだらけです」

 矢澤らしい試合がある。今年春の県大会2回戦で、藤嶺藤沢は慶應義塾湘南藤沢と対戦。試合は15−0で藤嶺藤沢が6回コールド勝ちを収めのだが、矢澤は参考記録ながら10三振を奪い、ノーヒット・ノーランを達成した。

「矢澤はけん制でもアウトを稼げる。この試合でもフォアボールで出したランナーを2人、けん制でアウトにしました。フォアボールを出しても、結果的に抑えればいいと思っているから、ランナーがいても腕をしっかり振ることができる。腕の振りが縮こまると相手に球を見られてしまいますが、矢澤にはそれがない。私も選手も、矢澤がフォアボールを出してもなんとも思いません」

 矢澤の帽子のつばには「気」と書かれている。昔から必ず書いている言葉だ。町田リトル在籍時、チームの監督の後輩という縁があり、日本シリーズでMVPを獲得したこともある元西武の石井貴が野球教室を開いた。そのとき、石井に書いてもらった言葉だと矢澤は教えてくれた。

「『気』にはいろんな『気』があるからと……。このとき以来、ずっと書いています」

 石井とは、藤嶺藤沢に進学したあとも縁があった。矢澤が入学したとき、石井は藤嶺藤沢で非常勤コーチとして指導していた。石井が徳島インディゴソックスの監督になるまでの2年間、矢澤は指導を受けた。石井は解説の仕事など多忙のため定期的に見ることはできなかったが、部員たちの刺激になった。中丸監督が苦笑まじりに言う。

「部員たちは石井さんの現役時代を知らないので、”元プロ野球選手のおじさん”くらいの感覚なんですよね。それに石井さんも一緒に体を動かすタイプだし、面倒見もいい。部員たちはすごく質問しやすかったと思います。ただ、だんだんと馴れ馴れしくなっていくんですよ。こっちがヒヤヒヤするぐらい(笑)」

 石井が高校3年のとき、中丸監督は1年。「頼むから失礼なことだけはするなよ」とヒヤヒヤしたのは想像に難くない。

 矢澤に聞くと、石井からは技術的なこと以外にも、ケガをしない体づくりなどを教わったという。しかし、矢澤を県内屈指の左腕へと成長させたのは、石井の教えだけではない。

「堀田さんには多くのことを教えてもらっています」

 矢澤が言う「堀田さん」とは、長年、藤嶺藤沢と取引している堀田スポーツのオーナーを務める堀田一彦氏で、昨年4月から都合のいいときにグラウンドに来て、部員たちを指導している。

 投手出身の堀田は、藤沢商(現・藤沢翔陵)時代に甲子園に出場。専修大では日本代表に選ばれ。社会人野球のプリンスホテルでも活躍した。

 指導者としては専修大でコーチと監督を歴任し、専大北上高(岩手)を率いて甲子園に出場したことがある。その後、創志学園(岡山)でもコーチを務め、現在は環太平洋大で女子野球部の指導をしている。教え子には広島などで活躍した黒田博樹を筆頭に、多くのプロ野球選手がいた。

 堀田の指導は決して押し付けることはせず、最終的には選手の判断に任せるというもの。この指導法が矢澤の肌に合ったのか、堀田の考えを積極的に学ぶようになった。

「試合での考え方や配球のヒントもくれます。ストレートの調子が悪ければ変化球勝負。『そういうときはストレートでカウントを整えようとせず、入ったらラッキーと思って投げた方がいいよ』とか。最終的に勝つために何をすべきか、ということです」

 ある日、こんな出来事があった。

 あるプロ球団のスカウトが練習を見に来たとき、矢澤は「今日はマウンドに立つ予定がありませんので……」とピッチングをしなかった。プロのスカウトが来ると、「せっかく来ていただいたから」と、投げる予定がなくてもピッチングを披露するケースが多いという話を聞いたことがある。だが、矢澤は「今日は投げるべきではない」という判断をし、きっぱりと断りを入れた。これも堀田からの教えである「勝つために何をすべきか」を実践した結果だった。

 考え方だけではない。技術的な部分も堀田の指導で成長した。

「『(踏み出した)足をついてから投げなさい』とよく言われました。しっかり足をつけることで地面から反発力が得られ、それによってボールの質が違ってくるんです」

 堀田の指導に耳を傾ける矢澤の様子に、中丸監督は「アイツは本当に野球小僧ですね」と目を細める。

「ピッチングだけでなくバッティングもよくなりました。以前はどんなボールでも振り回していましたが、今は逆方向を意識することで体が開かなくなりました。その結果、バットコントロールもうまくなりました。いいバッターです」

 矢澤は今年6月終了時点で、高校通算27本塁打を記録している。3番を打ち、登板しない日はライトを守ってチームを支えている。

 今年3月、センバツ直前に東海大相模と練習試合が行なわれた。急遽決まった試合だったが、東海大相模には森下翔太など注目選手が多く、多くのスカウトやマスコミが東海大相模のグラウンドに集まった。

 試合は5−2で東海大相模が勝利し、矢澤は5回を投げ5失点だった。とはいえ、甲子園へ向けてコンディションが上がっている東海大相模を相手に3回まで無失点に抑え、4回の3失点はエラーが絡んでのものだった。結果的に5失点したが、矢澤は納得した表情を見せた。

「ゲームはある程度つくれたと思います。ただ、東海大相模のようなチームはチャンスでしっかり決めてきます。ピンチでこそ丁寧さを忘れず、思い切ったピッチングをしないと点を奪われてしまいますね」

 プロ注目の森下からは2三振を奪ったが、2年生の金城飛龍にホームランを打たれた。

「金属バットですからどのバッターでも芯に当たれば飛びますし、打者が誰かというのは意識していません。いつも同じ気持ちでいることが重要だと思います」

 そして、この夏、マウンドでの矢澤に注目してほしい。プレートに少しでも土がかかっていたら、丁寧に土をのけてから投球練習を開始するはずだ。

「土のついた状態では投げたくないので……」

 いつも平常心、周りに流されることなく淡々と、しかし内に秘める思いは強く、試合に勝つことだけを考えている。それが矢澤宏太という選手だ。甲子園、さらにはプロへと道を切り開く夏が始まる。


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