30歳の「ルーキー」。全日本バレーのお祭り男、高松卓矢が急成長中だ

30歳の「ルーキー」。全日本バレーのお祭り男、高松卓矢が急成長中だ

 8月のアジア競技大会、9月の世界選手権に向けて合宿を行なう全日本男子バレーボールチームに、自らを「ベテランルーキー」と呼ぶ選手がいる。今年1月に30歳になったウィングスパイカー(サーブレシーブもするアタッカー)の高松卓矢だ。

 身長186cmの高松は、昨シーズンのVリーグを準優勝した豊田合成トレフェルサをオフェンス面でけん引。助っ人外国人選手のイゴール・オムルチェンがリーグ中盤とファイナル3の第2戦で故障離脱し、窮地に陥ったチームの救世主となった。

 チームの躍進に大きく貢献して敢闘賞を受賞した高松だが、「はっきり言って悔しいですね」とシーズンを振り返る。

「優勝していたら、僕がMVPだった可能性は高かった。ファイナルで対戦したパナソニック(パンサーズ)との第2戦でも、僕にはそのチャンスがあったんですよ。セットカウント2−1でリードして迎えた第4セットの中盤に、僕のサービスエース3本で追いついたのに、次のサーブをミスしてしまった。

 第1戦で負けていたので、第2戦で勝てばゴールデンセット(1勝1敗になった場合に行なわれる15点の1セットマッチの延長戦)に持ち込めた。でも、僕が勢いをつけられずに第2戦はフルセットで逆転負け。たとえば、越川(優)さんや柳田(将洋)くんだったら、あの場面でもう1本エースを決めて流れを引き寄せられたんじゃないかと。そこが、僕のスター性が足りないところだと反省しました」

“スター性”という観点からを敗戦の反省する選手は、これまで取材してきたなかでも高松が初めてだった。

 感情をストレートに表現するキャラクターは、ファンの間でも人気が高い。試合中には「怪鳥音」とも呼ばれる甲高い叫び声でチームメイトを鼓舞し、相手を威嚇する。ユニフォームの袖をまくりあげ、大舞台で存在感を発揮する”お祭り男”としてお馴染みだ。全日本男子の中垣内祐一監督も、「高松はあの元気さがいい。全日本でも”元気印”で頑張ってほしいね」と期待を寄せる。

 高松は昨年のVリーグから、豊田合成の戦略のひとつとしてレフトからのバックアタックやパイプ(センターからのバックアタック)を打つようになった。ベテランになってから新しい攻撃を習得するのは難しいように思えるが、「僕は大変だと思ったことはないです」と笑顔を見せる。

「クイックを打つとなったら戸惑うかもしれないですけど、トスがネットから離れているだけの話ですからね。最初は『レフトからもバックアタックを打つのか』と思いましたが、打ってみたら効果が高くて、『なかなかいい攻撃だな』と。そうして戦った昨シーズンが、僕にとってはVリーグ8年目にして一番いいシーズンだったと感じるし、実際に数字もよかった。

 今は年齢に関する質問をされることが多いですけど、そこは選手の成長に関係ないと思えるようになりました。37歳のイゴールはよく『Age is just a number(年齢はただの数字にすぎない)』という言葉を口にするんですが、僕もそれを実感しています」

 男子バレーの世界では、30歳前後から引退する選手が増えてくるため、そのあたりから力が落ちてくるというイメージを持たれてしまうことも多い。それに異を唱える高松は、自らの活躍によって雑音を振り払って見せた。

「もちろん、若いときみたいにオフになったら好きなように行動することはなくなりました。体のケアをしたり疲労回復にあてたりして、食事にも気を使うようになった。その結果がしっかり出てきているので、『30歳を過ぎたから』という言い訳は使いたくない。コンディションは問題なくパフォーマンスも上がっていて、全日本にもまた招集してもらえましたからね」

 全日本に登録されるのは今年が4度目になる。しかし、2度目まではチーム発足時に写真を撮られただけ。3度目となる昨年は、初めて合宿に呼ばれて海外遠征にも参加したが、中垣内監督が合流する前にメンバーから外された。

「昨年、全日本に呼んでもらったときも、調子が上がってきていることは感じていました。それでも、出場機会をいただけないままアウト。今だから言えるんですけど、遠征先から帰国して自分の部屋に戻ったときには悔しくて泣きました。自分ではパフォーマンス出し切ったつもりだったけど、『監督たちには届かなかったんだなぁ』と。

 そのころは年齢ことをネガティブに考えていたので、30歳を迎える自分が、足りないものを補えるほどパフォーマンスを向上させられるとは思えませんでした。全日本でプレーすることが夢だった分、喪失感も大きかったです。モチベーションが一気になくなり、バレーボールを続ける気持ちがなかなか湧いてきませんでした」

 全日本男子の世代交代が進み、身長2m以上の大型選手が積極的に起用されるようになっていたことも、高松を追いつめた。引退も考え、バレーボールに向き合うことができずにいた高松は、豊田合成のアンディッシュ・クリスティアンソン前監督(現シニアコーチ)に今後について相談する。すると「だったら一旦落ちつけばいい。自分の気持ちが落ちつくまで考えてみて、そこからまたスタートすればいいじゃないか」という言葉が返ってきた。

 救いの手が差し伸べられたところに、豊田合成の新指揮官としてトミー・ティリカイネン監督が就任。アンディッシュ前監督とは違うバレーボールの理念や信念に触れたことが、新しい刺激になった。同時に、フィジカルコーチとしてドラガン・ルジッチ氏を迎えたことで、高松は「どんなトレーニングをするんだろう。とりあえず引退はその後だ」と考え直すことになる。

「でも最初は、ドラガンとは考え方が合わなかったんです。僕はスパイクの練習を早い時期からしたかったんですけど、彼はそれをさせてくれなかった。周囲も巻き込んで大ゲンカしたんですけど、彼は最後まで譲りませんでした(笑)。でも結果的には、ドラガンのトレーニングが正しく、おかげでいいシーズンを送ることができたんです」

 ドラガンコーチは、メンタル面でも高松を支えた。昨シーズンのある試合に負けた後、試合中に息切れしてパフォーマンスが落ちたと感じた高松が意見を求めると、「まず、君は精神的に弱い人間じゃない。こんなにパフォーマンスを出せている選手が弱いはずがないんだ」と、プレッシャーへの立ち向かい方を話してくれたという。

「そのときのドラガンの言葉には感銘を受けました。『イゴールがケガをして、君に対するプレッシャーはすごく強くなるだろう。でも、そこは心配するところじゃない。君は強い。世界中の不幸が自分の背中に乗ってきても大丈夫。むしろ、全世界の不幸が集まってこいと思うくらいのメンタリティで試合に臨むことが大事だ』と。そういった考えを持てたら、試合なんか全然へっちゃらだと思えるようになりました。彼からはトレーニング以上に、心のあり方を学びましたね」

 そうしてどん底から這い上がった高松は、今年も全日本に招集され、4月に行なわれた紅白戦では白組のキャプテンを務めた。「キャプテンなんて慣れてないんで」と照れながらも、生き生きとチームを率いていた。

 そのときの紅組のキャプテンは、全日本の新しい主将を任された柳田将洋。高松と同じ186cmでオフェンス型のウィングスパイカーである柳田は強力なライバルになるが、高松は冷静に自分の立ち位置を分析していた。

「彼と戦う前に、僕は試合に出してもらうようなプレーを見せなくちゃいけない。客観的に見ると、『自分は代表に入るべき選手ではないかもしれない』と思うときもあるんですよ。僕が豊田合成で活躍できるのは、Vリーグを代表する守備的なプレーヤーが2人もいて、ディフェンスを少し免除してもらえるから。実際に、180cm台の選手でサーブレシーブに参加しない選手は少ないですからね。

 当然、全日本では同じようにはいきません。まずは守備面を向上させないといけない。豊田合成ではやっていないことですが、そこはトライアル&エラーでやっていきます。考え方を変えれば、僕がまだ成長できる”伸びしろ”でもあるので、ボジティブに考えていますよ。柳田くんは間違いなくいい選手ですけど、『こちらはいつでも出られる準備はしてあるよ』と、プレッシャーをかけられるようになりたいですね」

 ウィングスパイカーには他にも、北京五輪に出場した福澤達哉も代表に復帰するなど、激しいポジション争いの真っ最中だ。それでも高松に悲観する様子はない。さらなる成長を信じ、全日本男子の主力になるために「ベテランルーキー」は戦い続ける。


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