攻撃はボディブローのよう。今も昔も変わらぬ大坂なおみの勝負哲学

攻撃はボディブローのよう。今も昔も変わらぬ大坂なおみの勝負哲学

 アスリートには、人には触れられたくない敗戦が、誰しもいくつかあるのだろう。

 バルボラ・ストリコバ(チェコ)にとって、昨年のウインブルドン2回戦の大坂なおみとの対戦が、その類の試合だったのかもしれない。

「彼女とは3年前のこの大会で対戦しているけれど……」

 東レパンパシフィックオープンで、来たる大坂との対戦について問われたストリコバは、過去2度の対戦のうち、自身が勝利した試合のみに言及する。そこで、直近の対戦である先述のウインブルドンについて尋ねると、険しい表情に一層深い陰を落として、彼女は一気に吐き出した。

「あの試合の私は、いいプレーではなかった。やるべきことができなかった」

 でも、あのときの対戦は芝のコート。今回はハードコート。違うサーフェスなのだから、また違う試合になる――。過去の敗戦と今大会の関連を断ち切るように、32歳のベテランは断言した。

 大坂にとって昨年ウインブルドンのストリコバ戦は、昨シーズンでもっともうれしい一戦に数えたほどに、大きな意味を持つ勝利だった。

 ダブルス巧者でもあるストリコバは、多彩な手札を揃えるテクニシャンであり、いかなる状況でも試合をあきらめぬファイターでもある。そのストリコバ相手に、昨年のウインブルドンでの大坂は、フルセットの息詰まる攻防を6−1、0−6、6−4で競り勝った。安定感と集中力を最大の課題に掲げていた当時の彼女にとって、この勝利は、目指すテニスのひとつの到達点だったのだろう。

 そのときから1年2カ月が経過し、大坂は全米オープン優勝者に、そして世界の7位になった。対するストリコバは、30歳を越えた今も単複双方で活躍し、シングルスランキングも先の対戦時とほぼ変わらぬ地位を確保している。つまりは、多彩な技を誇るファイターは、この約1年間の大坂の成長を測る、格好のヤードスティックでもあった。

 ストリコバとの一戦が「タフな試合になる」ことは、大坂も戦前から覚悟のうえ。実際に、ストリコバは立ち上がりからスライスやドロップショットを織り交ぜて、大坂を前後左右に走らせる。自ずと大坂の打つボールは、ラインを割ったり、ネットを叩くことが多くなった。

 それでも大坂は、闘志と集中力を切らさない。拳を固めて己を鼓舞し、ドロップショットやロブにも食らいつく大坂の姿勢が、そして要所要所でコーナーに刺さる時速190Km超えのサーブが、徐々にストリコバの身心に圧力をかけていく。ストリコバにダブルフォルトが目立ちだし、その好機をブレークへとつなげた大坂が、第1セットを6−3で奪い去った。

 第2セットで先にブレークの危機に面したのは、ミスを重ねた大坂のほう。だが、この窮地も大坂がサーブで切り抜けると、ストリコバの目には落胆と疲労の色が浮かび始めた。第5ゲームでのストリコバは3本のダブルフォルトを犯し、なかばゲームを献上する。そのリードを守り切り、最後は2連続サーブポイントで大坂が勝利へと走り抜けた。

 試合後のストリコバは、前日の会見時の険しさが嘘のように、晴れやかな表情を見せていた。

「私には、単複を連日戦った疲れもあった。ただ、それ以上にナオミがあまりによかったので、自分のやりたいことができなかった。彼女は重要な局面で前に踏み込み、プレーのレベルも引き上げてきた」

 大坂のプレーを全面的に称える敗者は、勝敗を分けただろういくつかのダブルフォルトについても、次のように説明する。

「私はすべてのポイントで、ボールを全力で追い、あきらめずに走り回った。だから足に疲れが溜まり、サーブのときに十分に飛び上がることができなかった」

 ストリコバのダブルフォルトは、単なるミスではなかった。それは、長い打ち合いにも焦れることなく、深く重いボールを左右に打ち分け続けた大坂の攻撃が、ボディブローのように効いて疲労が蓄積した帰結だったのだ。

 あるいは、第2セット序盤で逃したブレークチャンスについても、ストリコバは「私は攻めたが、最後は彼女が上回った」と振り返る。

「だから、後悔はない」

 口もとに笑みをも浮かべ、敗者はそう明言した。

 対する試合後の大坂は、まずは相手の強さを称え、なおかつこの日の自分にミスが多かったことを認めつつも、「すべての試合で完璧なプレーをするのは、不可能だとわかっている。イライラすることもあったが、状況を受け入れ適応していった」と述懐する。

 できないことに目を向けるのではなく、与えられた状況下で全力を尽くす――。それこそが、大坂が過去の敗戦と勝利の集積の中から学び取った、最大の勝負哲学だろう。

 出場したすべての大会で優勝を目指す姿勢は、今も昔も一貫して変わらぬ、大坂の勝負哲学だ。ただ、今の彼女が以前と異なるのは、先々に視線を泳がすことなく、目の前の試合のみに焦点を合わせること。

 準決勝の、カミラ・ジョルジ(イタリア)戦――。今の大坂が目を向けるのは、初めての顔合わせとなる、この一戦のみである。

著者:内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki


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