公式戦0勝のドラフト1位候補。メジャースカウトも絶賛のポテンシャル

公式戦0勝のドラフト1位候補。メジャースカウトも絶賛のポテンシャル

「君ならプロ野球選手になれるよ」

 まだ160センチにも満たなかった小学6年生の梅津晃大に声をかけたのは、仙台育英秀光中等教育学校で監督を務めていた須江航(すえ・わたる)だった。今年から仙台育英高校の監督に就任している須江が、当時の印象を振り返る。

「こんなきれいな投げ方する子はいないと思いました。親御さんも大きかったですし、体さえ大きくなれば、大卒でプロに行けると思いました」

 それから10年の月日が経ち、小さかった野球少年はその見込み通り、恵まれた体格と「ドラフト1位候補」の称号を得た。

 身長187センチ体重90キロの恵まれた体格から最速153キロのストレートを投げ込む。変化球もキレ味鋭い縦横2種類のスライダーに、140キロ前後のフォーク、ブレーキの効いたカーブなどを持ち、とりわけ制球で苦しむこともない。

スカウト陣からは「まだまだこんなもんじゃない」「アメリカ(MLB)に行けるのは梅津」と、その好素材に賛辞の言葉が並ぶ。

 しかし、まだ手に入れることができていないものがある。それが公式戦での白星だ。梅津はその高い評価と不釣り合いな現実と戦っている。

 好素材であるのは間違いないが、これまで華やかな経歴を辿ってきたわけではない。中学時代に身長が約20センチ伸びたが、エースにはなれず。

 仙台育英高校では2年秋からエースナンバーを背負うも、結果を残せず。3年の6月には死球で左手首を骨折。最後の夏にはなんとか間に合ったが、4回戦の東北学院高校戦に先発し、5回を6安打3失点で降板し、チームはその後敗戦。12年ぶりに8強進出を逃したことで厳しい声も耳に入り、「全部が否定された気持ちになりました」と梅津は振り返る。

 一方で「だからこそ東洋大学に入ることを決めました」と語る。かつては、仙台育英のOBも在籍していたが、そのなかに退部した選手がおり、ルートは途絶えていた。当時の佐々木順一郎監督(現・学法石川高校監督)からも最初は心配されていた。

 それでも梅津は「当時は(東都大学リーグの)2部でしたけど、選手も監督もすごいですし、強いところでやりたかった」と振り返るように、意志は頑なだった。

 また「夏の大会が悔しすぎて、ずっと練習していたので自信があったんです」と話すように、東洋大のセレクションで圧巻の投球を披露。

 それは同じブルペンで投げていた同じく今秋のドラフト1位候補の上茶谷大河(かみちゃたに・たいが)が「(梅津に勝つのは)絶対無理や」と感じたほどで、高橋昭雄監督(当時)も「ストレートに自信を持てよ」と声をかけるなど高い評価を受け、1年春から先発を任された。

 しかし、歯車は徐々に狂っていく。投内連携などノックの多さや1つのミスに厳しい雰囲気が重荷になり、守備に自信のなかった梅津はキャッチボールから球が抜けるようになり、打者と勝負するどころではなくなっていった。

「腐りそうになったり、めげそうなったりした時は、いくらでもありました」と振り返る。そんな時、父の言葉に励まされた。2年夏のある日、退部を考えていることを打ち明けると「じゃあ、やめろよ。俳優にでもなるか?」と明るく答えてくれた。

 止められるとばかり思っていた梅津に、高校最後の夏の日の記憶が蘇った。

「甲子園に行けなかったことを謝った時に泣かせてしまった顔を思い出しました。父も悔しかっただろうし『負けたくて負けたんじゃないから』と言いながらも堪えきれず泣いていて……辞める、辞めないは結構考えましたが、『いつかまた投げられるんじゃないか』という気持ちになりました」

 また、何者でもなかった小さな自分に「プロ野球選手になれる」と声をかけてくれた須江の言葉も思い返し、なんとか踏みとどまった。 

 3年になると徐々に感覚を取り戻していく。紅白戦やシート打撃など実戦形式の練習に投手として参加するようになった。並行してトレーニングを続けていくと、夏に球速150キロを計測。「1年前、野球ができるかできないかで悩んでいたヤツが150キロ出るなんて、『やればできるんだな』って思いました」としみじみ話す。

 こうして梅津は秋のリーグ戦で登板機会を掴むと、150キロ前後のストレートを連発。「これは来年のドラフト1位だ」とスカウト陣をうならせた。

 だが、秋のリーグ戦登板では右足内転筋の肉離れを悪化させ、春はリーグ戦期間中の練習試合で打球が左足のくるぶしに直撃。2週間ほど歩けなくなり、その影響でハムストリングの筋量も落ちてしまい長期離脱を余儀なくされた。

 そして今秋、ようやく万全を期して先発マウンドに上がっている。9月5日の立正大学戦では5回3安打無失点。相手ドラフト候補の外野手の小郷裕哉から150キロのストレートで空振り三振を奪うなど上々の内容だった。しかし味方の援護はわずかに1点で、後続の投手が打たれて勝ち星はつかず。

 その後は登板予定の試合が順延し、9月27日の中央大学戦では7回5安打1失点の好投を見せた。ただ味方の援護がなく、またも勝ち星はつかなかった。梅津は「自分がもっと(味方打線に)打たせるような環境をつくらないといけません」と険しい表情で語った。

 とはいえ、スカウト陣の評価は高い。

「スケールの大きさを感じます。修正すべき箇所が多い分、伸びしろは大きい。公式戦0勝もプロとしては、気にすることではありません」(楽天・福田功スカウト)

「ストレートも当然魅力ですが、スライダーもプロで通用するボールです」(フィリーズ・大慈彌功スカウト)

 また両スカウトともに評価していたのが修正能力だ。試合中盤から投球フォームをクイックに変えると、踏み出す左足が着地してから右手が上がるようになった。これについて梅津が「ランナーが出てからの方がよかったので大胆に変えました。自分で考えてそうしました」と話したように、試合の中で自らをコントロールできるようになっていることは確かだ。

 須江は恩師として温かいエールを送る。

「月並みですけど、『結果は後からついてくる』。淡々とやるべきことをやって欲しい。小学校時代の先生とか監督とか、携わってきた人みんなが『彼がドラフト1位候補』っていうだけで幸せなんです。夢を見させてもらっているんです。1勝なんて小さなことを気にしないでほしい」

 悲願の初勝利をラストシーズンで達成するのか。それとも異例の「未勝利のドラフト1位」が誕生するのか。そんなことは大した問題ではないと思えるポテンシャルが、梅津のなかには眠っている。

著者:高木遊●文 text by Takagi Yu


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