根尾、藤原も苦戦。大阪桐蔭を抑えた「小さなエース」の気になる進路

根尾、藤原も苦戦。大阪桐蔭を抑えた「小さなエース」の気になる進路

◆大会前はまったくのノーマーク

 この夏の甲子園で優勝候補の大本命だった大阪桐蔭(大阪)を苦しめたのは、171センチ64キロの小さな投手だった。共に今年のドラフトで1位指名を受けた根尾昂、藤原恭大に最後まで自分のバッティングをさせなかった済美(愛媛)の山口直哉だ。

 大阪桐蔭の春夏連覇に注目が集まった2018年夏の甲子園。最大の焦点は、秋のドラフト会議で4人が指名を受けることになるスター揃いのチームをどこが下すのか、だった。

 大会前、前年に続いて甲子園出場を果たした済美のエース・山口の存在を気に留める人はほとんどいなかった。150キロを超えるスピードボールがあるわけでも、”魔球”を持っているわけでもない。昨夏の甲子園ではベンチ入りできず、ボールボーイ(補助員)を務めた小柄なピッチャーはまったくのノーマーク。大阪桐蔭の強打者たちを苦しめることなど、本人も想像できなかっただろう。

 その山口のピッチングが注目されたのは、2回戦の星稜(石川)戦だった。石川大会5試合で53得点を挙げた打線は強力で、複数の投手を揃える投手陣は予選で1点も取られなかった。大阪桐蔭の対抗馬として優勝候補に挙げられていた星稜に、初回で5点を取られた時点で、ほとんどの人は「勝負あった……」と思っただろう。

 しかし、済美の選手たちはあきらめなかった。1−7で迎えた8回裏に8点を奪って試合をひっくり返し、同点とされた後のタイブレークの末に、延長13回裏の逆転満塁ホームランで勝利をつかんだ。最後までマウンドにいた山口が投げたのは184球。劇的な結末と共に、その投球数が話題になった。

◆星稜戦で184球投げても痛みはなし

 その星稜戦を山口が振り返る。

「初回に5点も取られたことは予想外だったので焦っていました。だけど2回以降は、野手が打ってくれると信じて投げました。初回にあれだけ打たれたから、逆に開き直ることができたんだと思います。追加点を取られた後も、『1点ずつ取り返そう』という野手の思いが伝わってきたので、これ以上は離されないように投げました」

 8回裏の済美の攻撃は、「奇跡」という言葉がふさわしいほどの驚異的なものだった。5本の単打を集めて5点を奪い、九番・政吉完哉のスリーランホームランで2点のリードを奪った。あと3つアウトを取れば”大逆転劇”が完成。しかし、山口が星稜打線に2点を奪われて追いつかれた。

 延長戦に突入し、山口の球数は150球を越えたが、10回表に1本ヒットを打たれて以降は試合終了まで星稜打線をノーヒットで抑えた。

「試合が終わったあとは気が抜けて……試合直後は疲れを感じていましたが、また甲子園で試合ができるという喜びを感じながら、インタビューに答えていました」

 かつて済美のエースだった安樂智大(楽天)が2013年春のセンバツで投じた「772球」を引き合いに、山口の184球の投球数が問題視された。しかし、そんな騒動をよそに、山口は淡々とこうコメントした。

「疲れはありましたが、勝ちたいという思いが強かった」

 山口は甲子園で5試合、607球を投げたが、肩もひじも痛みを感じることはなかったという。

◆春の大会が終わってからチェンジアップを習得

 1年前、ボールボーイとして激闘を眺めることしかできなかった男が、甲子園で堂々としたピッチングを披露するのだから、高校生の成長には驚かされるばかりだ。

 新チームになってからエースになった山口だが、最後の夏までは目立った成績を残せずにいた。春のセンバツ出場権がかかった秋季愛媛大会では準決勝で敗れ、春の大会では県大会決勝で逆転負けを喫している。甲子園で山口に注目する人がいなかったのは当然だった。

「春の愛媛大会決勝はフォアボールが原因で逆転されたので、それ以降はコントロールを意識して練習するようになりました。意識することは本当に大事だと思います。練習のときからボールを放つリリースポイントに気をつけ、守備のリズムが悪くならないように投球のテンポにも気を配りました」

 4月から最後の夏の予選までの3カ月で、山口は自分の武器を身につけた。チェンジアップを自在に操れるようになったことでピッチングの幅が広くなった。

「チェンジアップを投げるようになったのは、春の大会が終わってからです。7月の愛媛大会では効果的に使えましたし、スライダーも速くなり、キレもよくなった。コントロールと変化球のキレを意識して練習したおかげで、愛媛大会でも甲子園でも抑えることができたんじゃないかと思います」

◆ドラフト1位候補を抑えた投球術

 3回戦の高知商業(高知)に3−1で勝利した後、準々決勝の報徳学園(兵庫)戦は、サードの池内優一に先発マウンドを譲り、ライトで出場。2−1とリードした5回裏の途中からリリーフに立ちリードを守った。済美にとって14年ぶりのベスト4進出だった。

 準決勝の相手は優勝候補の大阪桐蔭。根尾、藤原などプロ注目選手たちを相手に、山口の投球が冴えた。

 左バッターのインコースをスライダーで厳しくえぐり、アウトコースにチェンジアップを落とした。5回表まで2−2の息詰まる投手戦。表情を変えずに強気で攻める山口の真骨頂だった。

「大阪桐蔭はイメージどおりの強さでした。バッターは3打席目には合わせてきましたが、それまではうまくタイミングを外せたかなと思います。すごいのはクリーンアップだけじゃない。上位も下位も全国でもトップクラスの、気が抜けないバッターばかりでした。クリーンアップを抑えて、少しほっとした部分はありましたね。大阪桐蔭との試合で、低めにボールを集めること、変化球の出し入れ、緩急の使い分けが大事だとあらためて感じました」

 山口は五番・根尾に2安打を許したものの、三番・中川卓也を4打席ノーヒットに抑え、四番・藤原にも1安打しか許さなかった。

 しかし、大阪桐蔭打線の力強さが済美の守備を狂わせた。5回のピンチではサードの池内が打球を処理できず、失点につながった。その池内が言う。

「大阪桐蔭の打者のスイングが速くて、一瞬、体が固まりました。そのせいで打球のバウンドをうまく合わせられませんでした」

 ショートで好守備を見せた中井雅也も、「大阪桐蔭の選手たちのスイングスピードはほかのチームとは全然違いました。初めて経験する速さでした」と振り返った。

 5回裏、山口は2アウト満塁から六番の石川瑞貴に打たれて失点し、2−5で敗れた。山口が甲子園で投げたのは5試合で607球。43イニングと3分の2を投げ、四死球はわずか10個だった。山口はコントロールと変化球のキレを武器に、全国の強豪校と渡り合ったのだ。

「中矢太監督には、大会前から『先発・完投でいくぞ』と言われていたので、その準備をしていました。体力的にも余裕でした。

 1年前に、自分がこんなふうに注目してもらえるとは思ってもいませんでした。春の大会が終わって、4月から7月、8月に成長できたかなと自分でも思います。成長を実感できたのは、夏前の練習試合で明徳義塾に勝てたとき。チームとしても、自分としても自信がつきました」

 出身地である兵庫県の淡路島から、単身で愛媛にやってきたのは「済美で甲子園に出たかったから」だった。

「僕たちの学年になったら、全部、自分が投げないといけないと思っていました。『勝つためには先発・完投しないと』という覚悟で、ずっと練習をしてきました」

 高校卒業後は大学に進み、さらに腕を磨くつもりでいる。

「大学4年間でしっかり鍛えて、全国大会などでチームに貢献できるようになりたいです。できれば、社会人でも野球を続けたいと思っています。走り込みをしながらもう少し体を大きくして、ボールの重さや変化球のキレ、ボールの速さを身につけたいですね。そうすれば、高いレベルでも通用するピッチャーになれるんじゃないでしょうか」

 夏の甲子園を沸かせた小さなエースは、大学の4年間でどれだけ成長するのだろうか。

著者:元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro


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