広島の新人・林晃汰は練習の虫。一軍でホームラン1本の恩返しを誓う

 1月25日の夕刻、和歌山市冬野にある智弁和歌山の野球部グラウンドは歓喜に沸いていた。今年3月に開催されるセンバツ大会出場の知らせが届いたからだ。選手たちの笑顔あふれる光景を眺めながら、ちょうど1年前のこの時のことを思い出していた。

「3本がセンバツ(の最多本塁打)記録なんですか? じゃあ4本、いや5本打ちます!」

 周囲の沸き立つ空気にも乗ったのだろう。珍しくビッグマウスで語ったのが、当時、智弁和歌山の主軸を打っていた林晃汰(現・広島)だった。あれから1年、林は今、プロ初のキャンプに備え、がむしゃらにバットを振っている。


ドラフト3位で広島に入団した高校通算49本塁打のスラッガー・林晃汰

 1月7日から始まった新人合同自主トレでは、連日、居残りで打撃練習を行なっていたという。

 年末もそうだった。まさに2018年が終わるという暮れのある日、後輩たちは休みに入り、グラウンドは誰ひとりとしていなかったが、グラウンド奥にある室内練習場で林は打ち込みを行なっていた。

「正月も休みなしです。やるしかないんで」

 昨年8月に智弁和歌山の監督に就任した中谷仁が上げるトスを一心不乱に叩き、ゲージへ移れば先輩OBが投げる球を黙々と打ち返していた。

「まだブレが多いので、ティーの時から同じ打球を打つように、今はやっています。同じ打球が飛ぶということは同じように体を動かして、スイングできているということ。バットも体の一部と意識してやっています」

 これまで何人もの”超高校級スラッガー”を見てきた。3年夏を終えてから、体づくりを行ない、バットを振り込むことで、キャンプまでに一段と成長する選手が多い。年末に見た林も同様の印象を持った。

 力みが目立った夏の姿からすれば、バットの出がスムーズになり、それでいて力強さを秘めたスイングは大阪桐蔭時代の中田翔(日本ハム)や森友哉(西武)を彷彿とさせた。木製バットでとらえた打球音の強さは、高校生の域をはるかに超えていた。

 高校通算49本塁打――入学直後の1年春から出場し、これだけのパワーを持った選手とすれば、決して驚くような数字ではない。ただ、智弁和歌山の野球部は1学年10〜12人程度。そのため投手の人数の兼ね合いもあり、練習試合を多く組めない事情がある。また林自身、2年春に腰を痛め、2年夏の甲子園後は右ヒジを手術するなど、離脱の時期が長く、そのなかでの49本である。

 1年の頃からそれなりにとらえた打球は、角度がつけばスタンドインするイメージがあった。飛距離はおそらく、昨年のドラフトで指名された高校生ではナンバーワン。中学2年の夏にチームの指導者から「ボールの下にバットを入れるように」とアドバイスを受けたところ、打球に角度がつき、驚くほど打球が飛び始めたという。

 智弁和歌山では「とにかく強いスイングや!」と繰り返す高嶋仁(前)監督の指示を実践。飛距離はさらに増加した。3季連続出場の甲子園でも2年夏、3年春にそれぞれ1本塁打を放つなど、全国の舞台でも長打力を見せつけた。

 また、本塁打の約半分がセンターから左方向。これも林の大きな持ち味で、これだけ逆方向に飛ばせる高校生は記憶にない。甲子園で記録した2発も、ともに左中間だった。そのことについて林はこう説明する。

「引っ張って大きい打球を飛ばすのも気持ちいいんですけど、センターから左にしっかり打てた時の方が次につながる。そこはいつも意識していました」

 ドラフト直前、「4位か5位指名ぐらいかな……」と話したことがあったが、実際には広島から3位指名。猛練習で選手を一人前に叩き上げる広島は、超素材型の林には絶好の球団だと思った。

 ドラフト後、智弁和歌山の秋の大会を観戦していると、スタンドで前監督の高嶋と広島の関西担当スカウトである鞘師智也(さやし・ともや)と話をする機会があった。1位で担当地区の小園海斗(報徳学園)を指名していた鞘師は、林の指名について次のように語った。

「ここ(3位)で獲らないと、次に指名が回ってくるのは4巡目の最後。そこまでは残ってないと判断しての3位指名。僕的には会心でした」

 この言葉に高嶋がこう反応した。

「ええチームに指名してもろうた。よう練習するヤツなんでぴったりや」

 林自身「練習は好きなのでそこは苦じゃない」と語るほど、練習の虫。プロのイメージを聞いた時もこう答えていた。

「プロは1日中、野球のことを考えられる世界。どうやったら打てるようになるかとか、どういうトレーニングをすれば野球につながるかとか……野球のことだけを考えられる世界に行けることがすごく楽しみです」

 野球漬けの生活を心待ちにしている。そういった意味で、まさに広島向きと言えるし、なによりプロ向きの選手である。その点を認めた上で、高嶋からはこんな注文があった。

「林は性格的にちょっと優しいところがある。『ここが勝負!』という打席で、高校時代はなかなか打てずに苦労した。メンタル的に育てきれなかったというのが、悔いとして残っています。ここからその面が強くなっていけば、技術も育ってくるだろうし、林のよさがもっと出てくるはず。プロでの成功のカギはそこやと思っています」

 そう語る高嶋が「あれはすごかった」と、林を語る時に必ず口にする一発がある。高校2年の春先、岐阜での練習試合で放った本塁打だ。この日、ダブルヘッダーの智弁和歌山は1試合目に敗れたあと、選手たちは高嶋の指示でランニング、腹筋、背筋と続き、食事をとることなく2試合目に突入。するとその初回、林はライト場外へ、まさに打球が消えていくほどの大アーチを放った。高嶋が振り返る。

「1試合目は林のミスもあって負けたんで、試合後にボロカス言うて、追い込んで、メシも食わんと2試合目。その1打席目やったんやけど、『クソったれ!』という気持ちが体から出とった。それで140メートル。ホンマすごい当たりやったし、あの打球を普段から出せるようになったら、とんでもないバッターになりますよ」

 林に当時の心境を尋ねると「意識朦朧でよく覚えていません」と笑ったが、”強打の智弁”をつくり上げた高嶋も驚く、伝説の一発だった。

 昨年12月10日にファン約600人を招いて行なわれた入団会見で、背番号44のユニフォーム姿を披露。44は昨季まで松山竜平がつけていた背番号で、球団の林に対する期待の大きさが伝わってくる。

 林は「広島から指名してもらうイメージはなかったんです」と語ったが、智弁和歌山と同じ赤を基調としたユニフォームは誰よりも馴染んでいた。本人も「Cのマークに赤。ちょっと(ヘルメットやビジターのユニフォームの配色が)逆になったくらいで、違和感なしです」と笑顔を見せた。

 その入団会見で目指す選手像を尋ねられた林は、「球場の雰囲気を変えられる選手になりたい」と答えた。

「あれはいいことを言ったと思います(笑)」と年末に自画自賛していたが、そこにたどり着くためにもまずはプロ1年目が大事となる。

「一軍でホームラン1本。それは絶対に打ちたいと思っています」

 その理由を聞くと、「中谷さんと約束したんです」と返ってきた。中谷は元プロ野球選手で、年末年始も林の練習相手を務め、プロ入りを前に心構えも説いた。そんな中谷への恩返しの一発というわけだ。そしてその先は……。

「同級生の選手が大学を出てプロに入ってくる5年目には、絶対にレギュラーを獲っているように。そこへたどり着くためにも必死でやらないと……。プロは人がどうこうじゃなく、自分が結果を出せるかどうかの世界。自分に勝っていくためにも練習するしかないです」

 これまで林は、同じ和歌山の出身で左のスラッガーである筒香嘉智(DeNA)をトップモデルに語られる声があったが、同時期のふたりを比較すれば、バッティングの精度、確率に大きな差があった。言い換えれば、林にはまだまだ伸びしろがあるということだ。プロの環境、指導のなかで、どう成長していくのか。

 6日の入寮の際は、高嶋が記した”努力は一生 栄光は一瞬”の色紙を持参した。雰囲気を変えられる選手となる日を目指し、野球漬けの毎日がここからさらに加速していく。

著者:谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro


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