敵地で田尾コールが起こった最終戦。「野球人生の頂点はあの胴上げ」

敵地で田尾コールが起こった最終戦。「野球人生の頂点はあの胴上げ」

連載「礎の人 〜チームの成長にこの指導者あり〜」
◆第2回:田尾安志(後編)

 派手なファインプレーは誰が見ても分かる。優勝の瞬間のヒーローもまた万人は知る。しかし、その場の勝利は遥か彼方にありながら、創成期や過渡期のチームを支え、次世代にバトンを渡すために苦闘した人物に気づく者は少ない。礎を自覚した人は先を見据えた仕事のしかた故にその結果や実績から言えば凡庸、否、惨々たるものであることが多い。しかし、スポーツの世界において突然変異は極めて稀である。チームが栄光を極める前に土台を固めた人々の存在がある。「実はあの人がいたから、栄光がある」という小さな声に耳を傾け、スポットを浴びることなく忘れかけられている人々の隠れたファインプレーを今、掘り起こしてみる。

 連載2回目、東北楽天イーグルスで初代監督を務めた田尾安志(後編)。

* * *

 田尾がチームメイトや裏方に対する気遣いをするのは、現役時代から続くポリシーである。中日の選手会長時には何度も設備や待遇の改善を球団社長に訴えて来た。絶対的なクローザーである牛島和彦の年俸が「若いうちから大きなカネは持たない方がいい」という理由で低く抑えられたときは、選手会長として自ら社長宅に直談判に向かい、「ウシはチームに不可欠な存在です。あいつの給料をあげてやって下さい」と訴えた。

 これらの行動は私欲やスタンドプレーではなく、ただただチームの将来のためを思っての行動であったが、生意気な奴、それこそたかが選手が、と受け取られて西武にトレードに出されてしまった。

 西武でもまた筋を通す行動は変わらなかった。キャンプのときに当時新人だった大久保博元を食事に連れて行き、22時の門限前に帰って来た。ところが、マネージャーがこれを咎めた。「門限前じゃないですか」と言うと、新人の大久保がまだ18歳で広岡達朗監督が怒っているという。「それなら先に18歳の門限を伝えておいて下さい。大久保の名誉のためにも僕は納得いきません」のみならず、広岡監督の部屋に「自分は間違っていますか?」と直訴しに行った。何のことはない「いいじゃないか、それで」と問題にされなかった。周囲が広岡監督に忖度していたに過ぎなかったのだが、理不尽だと思えば管理野球のカリスマ監督にも直接質すことも厭わなかった。「周りが気を遣いすぎるんですが、広岡さんは直に話すとしっかりと理解してくれるんですよ」

 そんな田尾であればこそ、結果に不満があるであろう三木谷オーナーとのダイレクトの会談を何度も望んだ。「僕も1年目の監督だし、オーナーからしたら不安だと思うんです。『何でも直接言って下さい』という話はしたんです。でも、1回も直接来られたことはなかったです」

 8月に2度目の11連敗を喫した。「次の試合に負けたら辞めて欲しい」という通達がオーナーから部下を介して来た。田尾はこれを球団の方針として受け止めた。「わかりました。では、その試合に勝ったらどうなるんですか」と問うと、「勝ったら今までどおりやってください」その一言で切れた。

「『お前ら、なんだその薄っぺらい考えは』と言ったんです。監督ひとり辞めさせるのが、ひとつの勝ち負けかと。俺はそんな薄っぺらい気持ちでこの仕事を受けてないぞ。俺は納得いかんから、今から三木谷さんに電話する。ちょっと来い、と言って、監督室に部下を一緒に呼んでコールしたんです」

 ところが、オーナーは電話に出なかった。「留守電にメッセージを入れて、それで切ったんです」それでも、コールバックはなかった。そして、これもひとつの巡り合わせだが、次の試合は偶然エース岩隈久志の登板日だった。勝利した。

 初年度の楽天には35歳以上のベテランが17人いた。この年齢までプロでいられたという実績のプライドと同時に、新球団だから拾われたという実力のギャップが横たわる。二軍にいるベテランに対しては扱いが難しいところであるが、そこは数字を残した人にだけチャンスを与えるということにした。

「先発ピッチャーだったら、クオリティスタートゲームを2試合続けてくれ。リリーフピッチャーだったら、1イニングをゼロにするというのを3試合続けろ。ゼロ、ゼロ、ゼロと抑えたら、必ず一軍に上げるから」選手たち全員にフラットに競争を求めた。

「僕が現役で2回トレードを経験して感じたのは、外様や年を取ったらそれだけでチャンスが減る。でも、そんなものじゃないぞ、ということ。特に窓際に居る連中というのは若い連中よりももっと必死かもしれないですよね。そのエネルギーを使いたいというものがありました。(球団から)若いの、若いの、と言われてそれはわかるんですけど、1年目に限ってはスタートした年ですし、もし同じ力ぐらいだと思ったら、ベテランを使うぞと言ったんです」

 そして、こう続けた。

「僕は監督ってお金儲けをする仕事じゃなくて、受け持った選手たちや応援してくれる人たちを幸福な方向に持っていってあげることが一番大事だと思う。ファンのためにどんな野球をやるか。東北の人たちには、同じ負けるにしても絶対に最後まであきらめない姿勢を見せていこうと選手に話していました。自分がどう見られるか、なんて考えていては、監督はできないですよ」

 田尾には、1982年、130試合目の大洋ホエールズ(当時/現在の横浜DeNAベイスターズ)戦で5打席連続敬遠された経験がある。この試合に勝てば中日の優勝が決まるという一方で、大洋の長崎啓二に1厘差に迫る首位打者のタイトルを争っていた。ところが、長崎に首位打者を取らせるために大洋の関根潤三監督は全打席で田尾との勝負を避けた。先頭打者の田尾が全打席出塁するわけであるから、中日の勝利=優勝はその段階で見えたと言えよう。しかし、挑戦する機会をすべて奪われた田尾は最終打席で、ボール球に対し抗議の空振りをする。最後は黒江透修コーチに説得されて一塁に歩くのだが、このときの体験も監督哲学に影響している。

「自分が評論家時代に、長嶋茂雄さんに会ったとき、阪神の調子を凄く気にされていたんですね。プロ野球発展のためには阪神もがんばってもらわないと困るということを話していて、巨人の監督でありながらそこまで考えておられるんだと感銘を受けました。僕が監督の立場でもし球団から『首位打者を作りたいんだ』と言われたらその時点で、何を指標にするかといったらファンなんです。あの130試合目の大洋戦はファンにとってのゲームの見どころは2つ。中日が勝てば優勝、負ければ巨人が優勝。それと、僕と長崎さんの首位打者争い。そのゲームの見どころ2つをまったく無視したゲームをしてしまった。だから、自分が当事者だったからというわけではなく、僕がもし監督で敬遠の指示を出してくれと言われたら、『それは僕にはできません』と言うでしょうね」

 楽天球団誕生の1年目は38勝97敗1分の最下位。田尾は3年契約ながら1年で解任となった。クビになる際には、とにかく今いるスタッフは極力残してもらいたいということだけを伝えてチームを去った。

 最終戦はヤフードームでのソフトバンク戦であった。ビジターでありながら前代未聞のことがここで起こる。スタンドからは田尾コールが巻き起こり、最下位チームを率いた監督の胴上げが選手によって行なわれたのだ。ファンも選手も理解していた。田尾解任に反対する団体も立ち上がり、署名運動まで起こった。

「胴上げなんて受けられないって断ったんですよ。でも選手たちが『僕たちの気持ちです』と言ってくれて、そのひと言がうれしくて。やっぱり僕が上(球団)にいろいろ言っていたのは感じてくれていたのかな。僕は三木谷さんに呼ばれたから三木谷さんに恩返しをしたかったし、プロ野球をもっと学んで野球を好きになってもらいたかったのですが…。僕の野球人生の中で一番の頂点は、あの最後の選手たちからの胴上げなんです」

 結果こそ最下位でもプレーヤーズファースト、ファンファーストの理念を最後まで貫いた田尾が東北にプロ野球球団の根付きをもたらしたのはゆるぎない事実だ。田尾が初年度の監督で本当に良かったと思う。

 最後に、その誰にも媚びない真っ直ぐな性格は幼いころからですか?と訊くと、「大阪の西区で鉄工所をやっていた親父もどちらかというとそういう一匹狼的なところがあったんです。やっぱり人に雇われてというんじゃなくて、小さくても自分で納得する経営をするという人でした。隣の家には奄美大島から出て来た若いお兄さんたちがいて、うちも貧乏な家でしたが、食事に招いたりしてね。若い人がよく慕ってきてくれたような家だったんです」

 ある球界関係者が言った。「裏表が無く、人望が厚い。筋さえ通せば、意気を感じて情熱的に動いてくれる。扱いようによってはこんなに扱いやすい人間はいない、それに打撃指導には天性の才がある。田尾にはぜひまた現場に戻ってもらいたい」

著者:木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko


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