根鈴雄次が挑むフライボール革命。「ヒットの延長が本塁打」にNO

 日本出身のメジャーリーガーは1964年の村上雅則(南海)から始まって59人いる。このうち34人が投手。野手は2018年二刀流でメジャーに挑戦した大谷翔平も加えて16人だ。彼らは全員、NPBからポスティングやFAなどで移籍している。マイナーから這い上がった選手はひとりもいない。

 挑戦しなかったわけではない。筆者が調べた限りで19人の日本人野手が挑戦しているが、誰もメジャーの高い壁を乗り越えることはできなかった。

 マイナー最高位のAAA(トリプルA)まで昇ったのもわずか3人。このうち2人(坂本充、角一晃=元巨人角盈男の長男)は1試合に出ただけ。メジャーの壁に辛うじて指がかかったのは、根鈴雄次(ねれい・ゆうじ)だけだ。


横浜市内で「根鈴道場」を主宰し、選手の指導を行なっている根鈴雄次氏

 根鈴は1973年8月、東京生まれの、いわゆるイチロー世代だ。法政大学野球部では、代打の切り札として活躍。

 卒業後、モントリオール・エクスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)とマイナー契約。Aクラスから初めて、あれよあれよという間にAAAに昇った。チームメイトには、ゴールデングラブを獲った名手のオーランド・カブレラがいた。根鈴はのちにオリックス、日本ハム、楽天などで活躍したフェルナンド・セギノールと主軸を組んだ。

 ときは2000年。イチロー、新庄剛志がMLBに挑戦する前年、このままメジャーに駆け上がっていたら、「日本人メジャー野手第1号」になったかもしれない。事実その可能性もあったのだが、惜しくもかなわなかった。

「法政大の1学年下のG.G.佐藤(のち西武、ロッテ)が、翌年、メジャーに挑戦した。『根鈴さんがAAAまで行けたのなら俺だって……』と思ったんじゃないかな」

 根鈴は笑う。結局、G.G.佐藤はAクラス留まりだった。

 根鈴はなおもメジャーに挑戦するために米独立リーグやメキシカン・リーグで5年間プレーする。しかし昇格はかなわず帰国し、独立リーグのBCリーグや四国アイランドリーグplusなどでプレー。30歳を過ぎていたからコーチも兼任したが、監督にはなれなかった。独立リーグの内規で、監督になれるのは「NPB経験者に限る」となっていたからだ。

 根鈴は独立リーグを退団後、請われて野球塾のコーチをしたのちに、2018年から横浜市内で「アラボーイベースボール根鈴道場」を主宰している。こちらも「野球塾」だが、教えるのはもっぱらバッティング。

「うちのコンセプトは”メジャーでホームランキングを出す”です。頼まれれば守備も投球も指導するけど、打撃に特化したいと思っています。もちろん、国内で活躍してプロを目指すのもいいけど、ぜひ海外にチャレンジしてほしい」

 分厚い体、精悍な表情。バット一本で世界を渡り歩いてきた男の面魂(つらだましい)だ。

 昨今、アメリカでは「フライボール革命」が起こり、打者がボールを大きな角度で打ち上げ始めた。その余波は日本にも及んでいる。

「柳田悠岐選手なんか、うまく打ってると思うけど、日本にはアンチが多いでしょ。角度をつけて打球を上げることに抵抗ある人が多い。そういうアプローチをする人と、そうじゃない人ではやっぱり違ってきますよね。

 去年の日米野球で、ナ・リーグ新人王候補になったフアン・ソトは、東京ドームの天井に当てたけど、見逃すのかなと思った瞬間にスイングしていた。彼なんか、体重移動という概念がなくて打てる。頭が動かなくて、座って打っているみたいなものです。僕は道場でもポイントを深く深くというのはずっと言っているんですが、フィジカル面で違うのでなかなか難しいですね。でもスイングを体にしみこませてほしい。

 甲子園で高校生がホームランをたくさん打っているけど、あれは”フライボール革命”とは似て非なるものですね。泳いでいるのにスタンドインしている。高反発の金属バットでドーピングしているようなもので、ああいう打撃では大学やプロでは通用しない」

 根鈴は、高校野球でも低反発のバットを導入すべきだという。しかし、同時にそれは、ある種の懸念もある。

「日本の指導者に低反発バットを与えると、長打が出ないからと言ってまたセーフティだのゴロだの、下手すりゃ一死一、三塁でバントだのになってしまう。その低反発バットでホームランを狙ってほしいのにね。要はフィジカルとバットのバランスなんですね」

 根鈴は、打球に角度をつけて上げるように指導するが、それは「引っ張る」ことではない。

「日米野球で、ソトが振り遅れみたいに打った打球が左中間スタンドに突き刺さりました。ああいうのがいいんです。左打者だったら、スタンドティーの打撃では全部左中間を狙わせる。真ん中より右には1球も打たせない。ティーは真ん中よりもやや外目の甘い位置で、自分の踏み込んだ足より中でガーンと激しいライナーが出るようにまず仕上げていく。

 フライを上げるというより角度をつけたライナーを打つという感じです。ランチアングル(打ち出し角度)を意識します。

 大谷翔平選手が去年4月、そういう打ち方で左中間に3発連続でホームランを打ちましたが、あれでアメリカの人たちは『おおー!やるな』と彼を認めたんですね」

 根鈴は「ヒットの延長がホームラン」という日本の考え方も否定する。

「日本では『野手の間を抜く当りを打て』なんて指導していますが、ヒットっていうのはたまたま野手のいないところにボールが落ちただけで、運の問題なんですね。本当は『ホームランを狙って打った当り損ねが安打になる』んですよ。だから、アメリカの子どもはみんなホームランを打とうとします」

 セイバーメトリクスの代表的な研究者のひとり、ボロス・マクラッケンは「フェアグラウンドに飛んだ打球が、安打になる確率は、打者、投手の実力に関係なく3割前後になる」ことを発見した。

「安打は運の産物」という発表はアメリカでも衝撃的だったが、いまだに彼の研究を否定することができない。根鈴の見方は荒唐無稽のように見えて、最新の野球理論に沿っているのだ。

「根鈴道場」を開いて1年、生徒数は増加している。

「予約が取れないくらいに、スケジュールがパンパンになってきた。最初、土曜日はオフにしてのんびりしようと思っていたけど、土曜も道場をやるようになった。 豪快な長打が打てるバッターになりたいという子しか来ないですね。あとはYouTubeでメジャーリーグしか見ない子とか。野球は大好きだけど、高校野球はそれほど好きじゃなくて将来は英語を勉強してアメリカに行く、みたいな子が少しずつ増えてきています」

 実は、根鈴の道場には、野球少年だけではなく、プロ野球選手も通っている。結構な大物や有望選手も密かにやってくる。

 またYouTubeなどで根鈴の打撃理論を知って、影響を受ける選手もいる。

「去年の夏の甲子園に出場した選手の中には、フライボール革命に影響を受けた選手もいました。知り合いから『あのバリー・ボンズみたいな打ち方の選手、お前の影響を受けているんじゃないか』って言われたりもしました」

 日本野球は少しずつ変わろうとしている。従来の野球理論、指導法、そしてマインドも変化しつつある。 これまで本道とは異なるアナザーウェイで辛酸をなめてきた根鈴の努力が報われる日は、案外近いのかもしれない。

著者:広尾晃●文・写真 text&photo by Hiroo Koh


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