棄権しなかった錦織圭に感じた希望。ナダルに完敗も気分上々で全英へ

棄権しなかった錦織圭に感じた希望。ナダルに完敗も気分上々で全英へ

 規定の25秒ぎりぎりまでたっぷりと時間を取り、うめくような叫びとともに、サーブをコーナーへと叩き込む。

 返球が少しでも浅くなれば、豪腕から繰り出すスピンのかかったショットを高くはずませ、錦織圭を左右のみならず上下にも振り回した。

 通常は低い軌道で鋭く打ち込むバックのショットも、回転をかけて跳ね上げ、錦織のカウンターを封じる。


試合後の会見時、錦織圭の表情に陰りはなかった

「僕は2日前にストレートで勝ち、圭はこの大会中、僕よりはるかに長時間、テニスをしてきた」の言葉が示すとおり、ラファエル・ナダル(スペイン)は自分に体力面でアドバンテージがあることを知っていた。

 その事実を踏まえてなお、赤土の王者に気の緩みは一切ない。錦織を走らせ、心地よい打点でボールを打たせず、オープンスペースを見つければ迷わず強打を叩き込む。

「圭は世界の7位。つまり、世界で7番目に危険な選手ということだ」

 そのような危機感と敬意を抱き、ナダルは、試合開始直後から錦織に襲いかかった。

 本来なら2日前に終わるはずの4回戦が2日間に及んだため、結果的に3連戦を強いられた錦織の足の重さは明らかだった。本人いわく、タンクに残ったエネルギー残量は、100を満タンとするなら「15か20」。その状態で、全仏で90勝2敗の戦績を誇るナダルに立ち向かうのがいかに絶望的な挑戦かは、本人が痛いほどにわかっていただろう。

「最初から、思いっきりいくしかない」と、短期決戦にかすかな勝機を見いだすが、その決意を見透かしたかのように、ナダルは錦織に攻めることを許してくれない。

「戦術的にも、彼のプレーに飲み込まれた」という錦織は、「最初の2セットは、ぶっちゃけ、コート上にいることがつらかった」と、のちに打ち明けた。

 それでも、第2セットの中盤あたりから、錦織が徐々に盛り返したのは明らかだった。好試合を期待するセンターコートの観客からは、判官贔屓の色を帯びる声援が錦織へと向けられる。

 第3セットの最初のゲームでは、ブレークには至らなかったものの、ストレートへのフォアのウイナーを2本連続で叩き込み、3度のブレークのチャンスを掴む。続くゲームでは、左右に深いショットを打ち分けて、ナダルを十分に後方に押し込んだところで、ドロップショットを沈めた。

 結果的には、このセットも第4ゲームをブレークされて失うが、苦しいなかでも反撃の意志は光らせる。とくに、ゲームカウント2−4の場面で挟んだ約1時間の雨天中断後は、コーチ陣と戦術を話し合ったこともあり、「やることが明確になり、光が見えていた」という。

「最後のほうは、もうちょっとやりたかった」

 それが、スコア上は1−6、1−6、3−6とナダルに完敗を喫したコートから、ベスト8の結果とともに錦織が持ち帰った思いである。

 会見時の錦織の表情に陰りがなかったのも、未来につながるその思いがあったからだろう。

「思ったより動けていた」「精神的にいい状態が続いていた」「出し切ったは出し切った」と、言葉にも前向きなものが並ぶ。それは、やはり長時間の戦いを連ねた末に準々決勝にたどり着くも、棄権せざるを得なかった1月の全豪オープン時とは大きく異なる景色だった。

 もちろん、満足に動かぬ身体に「フラストレーションがすごく溜まった」のは事実であり、その原因が、4試合でふたつの5セットマッチを戦ったことにあるのは、本人も重々承知。

 ただ、全豪時にはその解決策を「さぐっていくしかない」と伏し目がちにこぼしたのに対し、今大会では「タイブレークを落としすぎた。昨日の試合ではマッチポイントがありながら、タイブレークでセットを落とした。3回戦でも取るべきチャンスを逃した」と、即座に具体例をあげて返答する。

「ストレートで試合を決めたいが、そのためには、テニス面でも精神面でも改善すべき点がある」

 そう語る口調には、まだ自分には伸びしろがあるという、希望を感じさせる響きがあった。

「今大会中に調子が上がってきたのは、何よりの救いというか、次に向かってポジティブでいられる要素。次は(コートが)芝なのでまた違うテニスになりますが、気持ち的にはいい気分で入れる」

 グランドスラムでは、128名のシングルス参戦選手中、127名が敗者として大会を去る。大切なのは、その時に果たして何を持ち帰るか――。今大会の最後に残したこの言葉が、彼が手にした物の価値を物語るようだった。

著者:内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki


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