県岐商・鍛治舎監督は猛反対も改革断行。新ユニフォームに思いを込めた

県岐商・鍛治舎監督は猛反対も改革断行。新ユニフォームに思いを込めた

 県立岐阜商業高校(以下、県岐商)が、来春行なわれる選抜高校野球大会(センバツ)の出場をほぼ手中にした。

 11月2日、勝てば甲子園が見えてくる秋季東海大会準決勝の加藤学園(静岡)戦。3点リードされた6回表から登板した森大河が好投。チームは8回裏に同点に追いつくと、延長10回裏、一死満塁から多和田尚旗がレフト前にサヨナラ安打を放ち、激闘を制した。

 決勝戦は中京大中京(愛知)に6対9で敗れたものの、甲子園には東海地区から2校が選ばれることが恒例なので、よほどのことがない限り、センバツ出場は間違いないだろう。県岐商の出場が決まれば、高橋純平(現・ソフトバンク)を擁した2015年春以来、5年ぶりの甲子園となる。

 その県岐商を率いるのが、秀岳館(熊本)の監督として2016年春から3季連続で甲子園ベスト4へと導いた鍛治舎巧(かじしゃ・たくみ)だ。


東海大会で準優勝し、来春のセンバツ出場が有力視されている県立岐阜商業・鍛治舎巧監督

 鍛治舎は県岐商OBで、1969年のセンバツに4番・投手で出場し、ベスト8進出の立役者となった。その後、早稲田大に進み、1年からベンチ入り。5季連続3割をマークするなど、チームの中心選手として活躍。日本代表の4番も務めた。

 大学卒業後は松下電器(現・パナソニック)に進み、1年目から新日鉄堺の補強選手として都市対抗出場を果たす。1975年には阪神からドラフト2位指名を受けるも入団拒否。1981年に現役を引退し、1987年から5年間、松下電器の監督を務めた。その後は社業のかたわら、少年野球チーム・オール枚方ボーイズの監督として選手たちを指導し、2002年、2008年、2010年と全日本中学野球選手権(ジャイアンツカップ)を制した。

 2014年からは先述したように秀岳館の監督として4度の甲子園に出場し、2018年3月に県岐商の監督に就任した。鍛治舎が、母校の監督に就任した当時のことを振り返る。

「よき伝統がなくなっていました。残っていたのは記録だけ。伝統の重みが閉塞感となり、チーム全体が重圧を感じている状態でした。それを振り払う意味でも、変えられるところは思いきって改革していこうと。毎日の練習に慣れきってしまった選手、無関心のOB、あきらめ顔のファンも含めて、何かきっかけが必要でした」

 就任してから1年が経った頃、まず手始めにユニフォームを見直すことで問題を掲げたと鍛治舎は言う。

「どうしたら強くなるか。ユニフォームを変えることで、刺激を与えるつもりでした。そこで95年続いた伝統あるユニフォームを思いきって新しくしました。結果が悪ければ変えてもいいし、また元に戻してもいい。みなさん今までのユニフォームに愛着があるので猛反対されましたが、それを承知でやるのは自分しかいないと思いますし、今しかないと決断しました。昔のことを振り返ってばかりでは前に進めませんから」

 気分を一新するためにユニフォームを変えるというのは、高校野球に限らず、大学野球やプロ野球でもよくある話だ。

 たとえば、東京六大学リーグの東京大学も今春からユニフォームを新調した。残念ながらまだ結果は現れていないが、県岐商は新調してから1年も経たないうちに結果を出した。これこそ”鍛治舎マジック”と言われる所以である。

 これまでのユニフォームは、白地に濃紺で「GIFUSHO」と書かれた胸文字に、帽子には「G」のマーク。ストッキングは濃紺に白の2本線。アンダーシャツも濃紺だった。

 それが今回は、白地に黄色がかった山吹色で「GIFUSHO」の胸文字。ストッキングは黄色に青の線が入り、帽子も青にして、マークはGから「Ken Gifusho」の二段文字となった。また、アンダーシャツも明るい青に変更となった。鍛治舎が新しいユニフォームについて、次のように語る。

「選手たちからは『胸文字は漢字にしましょう』という意見もありましたが、そこは私が『以前と同じ字体で』と逆にお願いしました。このユニフォームは今年6月の東海大会でお披露目したのですが、みなさんビックリされたようで。大阪の少年野球チームのオール枚方ボーイズや秀岳館高校、さらに社会人のパナソニックに似ていると言われますが、県岐商の校旗が黄色っぽい橙色なので、それを取り入れています」

 鍛治舎はパナソニックに在職していた頃、ブランドコミュニケーション本部長、宣伝部長などを経て、専務取締役の要職まで勤め上げた経験から、ワールドビジネスの手法を野球にも生かしている。

「日本人は日の丸の白と赤を好むと言われています。その次に青と黄色の人気があります。補色の関係で目立つし、わかりやすいからでしょう。この色の組み合わせは、選手たちが一段と大きく見えるので私は好きですが、秀岳館をそのまま持ってきたわけではありません。”ルック(見た目)&フィール(操作性)”という手法を、新ユニフォームに取り入れました」

 時代の寵児でもあったアップル社のスティーブ・ジョブズや、マイクロソフト社のビル・ゲイツも”ルック&フィール”の手法を自社製品に取り入れて、成功をおさめたという。その手法を野球のユニフォームに取り入れるあたり、世界を相手に仕事をしてきた鍛治舎らしい試みだ。

 新しいユニフォームができて1年も経っていないうちに結果を出した鍛治舎だが、周囲の反響はどうなのだろうか。野球部OB会の太田郁夫委員長は、次のように語る。

「平成元年から15年間は甲子園に出場しても勝ち上がれなく、低迷期でした。たしかに、伝統にどっぷり浸かり、前に進むことを忘れているチームでした。それが鍛治舎監督になって変わってきました。昨秋から関東、関西遠征などを行ない、強豪チームとやっても見劣りしなくなりました。とにかく監督はビジネスマンだったので、先を見て、踏み出すのが早い。校長にも『こうしなくてはダメ』と正面から言ってくれます」

 県岐商は、これまで甲子園で公立校として最多となる春夏通算87勝を挙げている。戦前には春3回、夏1回の全国制覇を成し遂げている古豪だ。野球部創設100年にあたる2024年まであと5年。鍛治舎は目標について次のように語る。

「それまでに甲子園で13勝して、100勝まで持っていきたい。もちろん、それで終わりではないので、次の100年の間にまた100勝する。そういうチームの基盤を、私がつくりたい。そういう思いでやっています」

 来春のセンバツ出場が有力視されている県岐商。新調したユニフォームとともに、甲子園で新たな歴史を刻むのか。その戦いが待ち遠しい。

著者:大友良行●文 text by Ohtomo Yoshiyuki


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