JISS久木留毅センター長インタビュー・中編 (前編から読む>>)

 近年のオリンピックにおける日本のメダル獲得数は増加している。
 
 その成果を国内外から高く評価され、「数値化するのは難しいが、少なからず貢献している」と久木留毅(くきどめ たけし)センター長も言う、日本のメダル増産”虎の穴”がハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC、東京都北区西が丘)であり、その中核機能である「国立スポーツ科学センター=JISS」だ。新型コロナウイルスの影響で東京オリンピック・パラリンピックの今夏の開催が延期となったことで、JISSもアスリートの難しい調整を支援しなければならない。


海外からの視察団もJISSの充実した施設に驚くという


 久木留センター長がJISSの一番の強みとして挙げたのは、ここが”ワン・ストップ・ショップ”であること。

「科学的セオリーとして、運動したら、リカバリーしなければなりません。しっかりと栄養と休養をとるということですが、これをJISSのなかで100パーセントできます。

 例えば、4階にあるトレーニング体育館や各専門トレーニング場で練習をしたら、エレベーターで宿泊室に上がってシャワーを浴びて、7階のレストランで食事をして、また宿泊室に戻って午睡(ごすい)ができる。必要なら4階へ行けばウエイトトレーニングがいつでもできるし、体で気になるところがあれば1階のクリニックへ。2階にはリハビリテ—ション室も用意されています。

 これがほかの運動施設で合宿をするとなると、まず宿舎から車で練習場へ行って、練習が終わったら車で宿舎へ戻って、いったん練習の荷物を置いてシャワーを浴び、車で近所の定食屋さんまで行って食事。また車で宿舎に戻って、荷物をピックアップして再び練習場へ……となるわけです」


 現在、JISS内で練習を続けているのは新体操、トランポリン、競泳、アーティスティックスイミングに限られ、ほかの競技・種目は、2008年に隣にできた味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC・ウエスト)など西が丘一帯の施設を総称する「ハイパフォーマンススポーツセンター」内での移動となるが、それでもこれだけの効率の良さは他にない。

 ケガや、病気になってしまった場合にもJISSの強みが発揮される。
 
「ケガをした直後なら、すぐに高圧酸素室で細胞を活性化させ、回復を早めることができます。また、必要ならJISS内でMRI検査も受けられます。もちろん、順番待ちもほとんどありません。手術だけはJISSではできないので、診断を受けて手術となったら連携している病院へ行くことになります。手術後はJISSに戻り、宿泊してリハビリ。ドクターやトレーナーなどの判断で必要となれば低酸素室でのトレーニングもできます。管理栄養士もいますので、治療期間中も食事管理の心配はありません。
 
 個人名は明かせませんが、ある競技の選手はシーズン中に大きなケガをして全治6カ月と言われたそうですが、手術後にJISSでリハビリした結果、約3カ月で回復。シーズン終盤には競技に復帰できました。こうした例はほかにもたくさんあります」


アスリートたちは低酸素トレーニング室も利用できる


 スポーツ選手は体調不良の際に一般人より気を遣わなければいけないが、JISSならその心配もクリアできる。 

「いまはドーピング問題があるので、選手たちは風邪をひいたからといって安易に市販薬を飲むわけにはいきません。そんなときはJISSに駆け込めば、ここのスポーツドクターはドーピングなどの専門知識があり、最新情報を共有しているので間違いなく、しっかり対応してくれます。ドクターはみなさん優秀ですよ」


 “ワン・ストップ・ショップ”であることに続く、2つ目のメリットは相乗効果だ。

「例えば、ウエイトトレーニング場で柔道やレスリング、スキーの選手が一緒にトレーニングをするとなると、異競技の選手同士でコミュニケーションが生まれます。情報交換も行なわれるし、お互いに負けられないと刺激し合うこともある。選手にとって、これは大きいですよ。

 もっと言えば、全国から発掘された中学生、高校生が味の素ナショナルトレーンングセンターを生活拠点として、近くの学校に通いながら練習に励むアカデミーへの好影響もあります。競技ではレスリング、卓球、フェンシング、飛込み、ライフル射撃、ボート、アーチェリーなどですが、将来あるアカデミーの子たちがここを拠点としているトップ選手たちと接し、彼らの練習を間近で見て、競技に対する姿勢を直に学ぶことができます。

 フェンシングでは2003年頃からウクライナ人のオレグ・マツェイチェクがJISS(現在は隣接する屋内トレーニングセンター・イーストを使用)でフルーレのコーチをしていますが、代表クラスの選手たちが『オレグの”レッスン”を受けよう』とJISSに集まってきて、近所に住むようになった。もちろん、アカデミーの子たちも同じフェンシング場で練習しています。すると、『フェンシングはそんなふうに利用しているんだ』と知った他の競技団体も真似して、次々とここを拠点とするようになりました」

 こうしてJISSやトレセンを含む「ハイパフォーマンススポーツセンター」を拠点とした競技団体は、競技力の向上がハッキリと数字に表れているという。
 
「いまオリンピック競技、パラリンピック競技合わせて25〜26の団体がここを拠点としています。リオデジャネイロオリンピックのメダル数で言うと、日本の41個のメダルのうち、ここを拠点としている競技が獲得したメダルが実に40個。残り1個はカヌー・スラロームの羽根田卓也選手で、彼はスロバキアを拠点としていますが、それでも日本に戻るとここで陸上トレーニングやウエイトトレーニングをしています」


「ハイパフォーマンススポーツセンター」のなかでも中核的な存在であるJISSの最大の特徴は、もちろん「科学による競技力の向上」だ。その具体的な中身について、久木留センター長が説明する。

「JISSの役割はスポーツ科学・医学・情報による支援ですが、そのうち科学とは何か? 一番は、自分の力がどれくらいか、ライバルと比べてどこがどれだけ優れているか、劣っているかを数値にして”見える可”することです。練習中や練習後、血圧や心拍数、血中乳酸値などがどうなっているのか。それぞれの変化を可視化して、能力が上がっているのか、下がっているのかが見てわかる。もし科学がなければ、『もっとがんばれ!』で終わっているところです。

 例えば、JISSに近い赤羽から新宿へ行くなら南へ向かわなければならないのに、大汗かいて北に向かって走っていたらダメでしょ? それを上から見て、”科学”を活用して『おい、方向が違っているぞ』と言ってあげることができる。

 でも、この例え話には”ただし”があって、やりきれば方向が間違っていても新宿には着くんです。なぜなら、地球は丸いから一周走ればいつかは行ける。だから練習には”量”も大事なんですが、それではあまりにも効率が悪すぎます。やっぱり、科学が必要なんですよ」

 そうしたスポーツ科学の一例として、JISSにある「常圧低酸素室」の果たす役割を教えてくれた。


久木留センター長自身も元アスリート


「アスリートの高地トレーニングには3つのパターンがあります。①『住む、寝るといった生活は平地で、トレーニングは高地環境で行なうリビング・ロー&トレーニング・ハイ』。②『高地環境で生活し、山を下りてきて一気に練習するリビング・ハイ&トレーニング・ロー』。そして、③『生活、トレーニングの両方ともきつい高地環境で行なうリビング・ハイ&トレーニング・ハイ』。

 現在、主流となっているのは③のパターンですが、実はどれが合うかは選手によって個人差がある。そこで、5000メートル級の山へ行かなくても高地トレーニングが可能な常圧低酸素室を使えば、科学のスケールによって数値を測定し、選手にとって最適なパターンを間違いなく選択することができます。低酸素というと、持久系機能を上げるためだけと思われがちですが、いわゆるハイ・インテンシティ(高強度)トレーニングやリハビリにも役立っているのです」

 大半の国民が気づかないうちに、スポーツ界ではJISSを拠点に”メダル増産”へのさまざまな取り組みがなされている。次回は、アプリや動画といったIT系の技術を駆使したアプローチについて明かされる。

(つづく)

【プロフィール】
久木留毅(くきどめ・たけし)
1965年12月28日生まれ、和歌山県出身。専修大学文学部教授。
和歌山県立新宮高校でレスリングをはじめ、専修大学でも活躍。卒業後はサンボ日本代表として世界選手権などに出場。
筑波大学大学院で体育学修士、法政大学大学院で政策科学修士、さらに筑波大学大学院でスポーツ医学博士の学位を取得。
日本オリンピック委員会情報戦略部長・ゴールドプラン委員、日本レスリング協会ナショナルチームコーチ兼テクニカルディレクター、国際レスリング連盟サイエンスコミッションメンバー、スポーツ庁参与などを歴任(一部、現職)。
2015年から経済産業省・文部科学省のクロスアポイントメント制度におけるスポーツ界第1号として専修大学から日本スポーツ振興センターに出向(ちなみにスポーツ界第2号は東京医科歯科大学から2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会へ出向している室伏広治)。
2018年10月、国立スポーツ科学センター長に就任し、現在に至る。

著者:宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya