北海道コンサドーレ札幌
小林祐希インタビュー(後編)
J1第4節の横浜F・マリノス戦で移籍後初ゴールを決めた小林祐希(中央)
2023年シーズン、小林祐希はヴィッセル神戸から北海道コンサドーレ札幌に移籍し、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の下でプレーすることを決めた。
「今回の移籍は、チャレンジです。年齢的にもそうですし、成し遂げたいことがあるので」
小林は、そう語る。
プロ生活をスタートさせた東京ヴェルディから昨年の神戸まで、これまでに5カ国8チームでプレーしてきた。30歳になって迎える今シーズン、「成し遂げたいこと」とはいったい何なのだろうか。
「チームでタイトルを獲ることです。僕は、ヴェルディからプロ生活をスタートしたんですけど、その時はJ2でJ1目指して頑張ろうというチームでした。ジュビロでも、試合に出ていた時間の多くはJ2で、J1に上がるために戦おう、J1に上がったあともそこにステイできるように頑張ろうという感じだったんです。
欧州に行っても、上位のチームに勝てるように頑張るというチームばかりだったので、優勝を目指して自分たちのスタイルで戦う、というチームにいたことがなかったんです」
下位のチーム、あるいは戦力的に劣るチームが上位チームと対峙する際、守備のブロックを敷いてカウンターを狙うなど、それまでの戦い方をガラリと変えて弱者の戦術で戦うケースが多い。小林がオランダやベルギーで在籍していたチームは、まさにそうだった。昨年プレーした神戸は選手層的には優勝を狙えるチームだが、"バルサスタイル"を放棄して、中位から下位をさまよっていた。
「今回、札幌に行くことに決めた理由のひとつは"スタイル"です。一貫したものがあって、こういうサッカーをしたいというのが明確で、みんなが共通理解を持って戦っている。どんな相手にもスタイルを崩さずに戦うというのが、『いいなぁ』って思っていました」
今回はスタイルを重視したが、小林には移籍を決断する際に大事にしているポイントがある。そのひとつが、一番早くオファーをくれたチームを優先的に考えるということだ。
「だって、気持ちいいじゃないですか。補強リストの上のほうに名前があって、一番最初に自分に会いに来て、『ほしい』と言ってもらえる。それは、選手としてはかなりうれしいことです」
もちろん、なぜ自分が必要なのか。起用法についての話し合いも欠かせない。
「今、札幌にはこういうところが足りない。祐希が入ることで、もっと攻撃の幅が広がればいい――そういう戦術的な起用法や、今後のビジョンについて話を聞きました。それを聞いて、すぐに札幌でチャレンジしたいなと思ったんです」
ペトロヴィッチ監督のサッカーは、独特だ。しかも、浦和レッズ時代と今の札幌が同じスタイルかと言えば、そうではない。
浦和の時は、個々の能力が非常に高く、ボールを保持し、パスをつなぎながら流動的に動いて崩していくサッカーだった。ボールを失うと激しくプレスをかけ、ショートカウンターで仕留める。攻守のバランスに優れ、多彩な攻撃を見せる"ミシャ・サッカー"に憧れた選手は多かったはずだ。
札幌では、守備はマンツーマンが基本だ。攻撃は基本的に縦に早く動き、時間をかけずに一気にゴールを奪う。そのなかで、ボールを持てる小林が入り、時間を作ることができれば攻撃の幅が広がると考えるのは、強化の視点としては至極まっとうなものと言える。
だが、キャンプを経て、Jリーグを戦う今、小林はある難しさを感じている。
「選手は、監督の求めている役割を果たすのが仕事だと思うんですけど、その一方で、自分の特徴をエッセンスとしてチームに加えていくことも大事だと思うんです。でも札幌では、自分のスタイルを出すというよりも、まずは(自分が)出たポジションで、みんなと同じようなプレーをしていくことが結構求められます」
札幌では、基本的に誰が出ても変わらないサッカーをするため、選手の動きを制限し、チームの動きを可変化というよりも、"不変化"している。そのため、チームとしての特徴は出るが、選手の個性を出しにくいという側面もある。
そこが、札幌の強さでもあり、弱さでもある。結果として、いい時には圧倒的な強さを見せるが、流れが悪くなると、それを変えられないままズルズルと試合を失ってしまう。
小林が強化担当から求められたのは、そこでの変化をつける役割だった。
「チームが勝っている時は、何かを変える必要はないと思うんです。ただし、うまくいかなくなった時、それを続けていても勝てないじゃないですか。そこで、本来であれば、何かしら変えていくことが大事かなと思うんです。
でも(チーム内には)『監督の言うとおりに動いていればいい』という空気が流れている感じがするので、僕はそこを少しでも変えていきたいと思っている」
札幌の選手は、与えられたタスクを果たすべく黙々とプレーしている。小林は、選手同士の要求や叱咤激励がほんどないことを不思議に感じていたという。
「たぶん、高卒や大卒とか、まっさらな状態でプロ入りした選手であれば、監督に言われたことをするというのは難しくないと思うんです。でも、自分はプロで10年以上やってきて、染みついた癖というか、こういう時はこうしたほうがいいという引き出しがあるわけじゃないですか。それが自分の特徴でもあるわけで、それでサッカーをやってきた。
でも(今は)そこじゃなくて、まずは札幌のスタイルに沿ったプレーを求められる。その辺りをどうすり合わせていけばいいか、ちょっと悩ましいところ。時間はかかるかもしれませんが、悩んでいても状況は変わらないので、今は何も考えずに監督の求めるものをそのまま振りきれるところまでやってみようかなと思っています」
小林にとって、個性を生かせるという意味で、欧州はプレーしやすい場だった。仮に自分のポジションではなくとも、監督と話し合い、お互いに納得してプレーできる環境があったからだ。
「欧州では、選手が監督に要求するというか、ディスカッションがすごくあって、ダメになった時は、話をしてすぐに対応することができるんです。でも、日本や韓国はどちらかというと、監督が決めた方向に全員で進んでいく。だから団結力があって、ひとつの目標に進んでいけるんですけど、それがうまくいかなくなった時、『どうしたらいい?』『何をしたらいい?』って迷ってしまうんですよ。
ただ、日本代表クラスになると、ピッチのなかで選手が考えて、いろいろと変えていくことができる。カタールW杯ではそれを証明するように、後半から戦い方を変えたけど、(選手たちは)何の違和感もなくプレーしていた。しかも、見ていてすごく楽しかった。自分もああいう面白いサッカーをしたいなと思いました」
小林は、まだ30歳。日本代表入りを諦める年齢ではない。今は選手寿命が延びているので、故障せず、いいパフォーマンスを発揮できていれば、まだまだ第一線で活躍できる。小林自身もタイトル獲得とともに、日本代表復帰を今年のテーマに掲げている。
それでも、30歳はひとつの節目になり、引き際など考え始める頃でもある。
「自分がやめる時は......今のところ体が動けないと感じることがないので、それを感じ始めてくると、『そろそろなのかなぁ』と思います。ただ、それも精神的なところに関わってくるのかなぁって思います。
若くても、悩みながらプレーしたり、これをやったら怒られるとか、自信なさ気にプレーしたりすると、動きが鈍くなるし、判断も遅くなり、『あいつ、動けないな』って思われるんです。でも、年齢が上がっても判断が早く、楽しくサッカーできると、めちゃくちゃ動けるんです。
だから、頭のなかを整理してプレーすることがすごく大事なんですけど、今は正直不安でいっぱいです。どこに楽しみを見出すのかというのは自分次第なので、それを考えつつ、また新しい自分を探していきたいですね」
小林と札幌のサッカーは今のところ、まだ噛み合ってはいない。だが、お互いに合わせるかどうかよりも、注目すべき点は小林の個性を生かせるかどうかだろう。
ベテランの域に入った選手を他の選手と同じ型に当てはめるのではなく、小林の個性を生かす戦いができれば、攻撃の幅が広がり、流れが何も変わらないまま試合を終えてしまうこともなくなるはずだ。そして小林は、そのなかで変化を容認させるだけの結果を出していくだろう。
札幌のスタイルと小林の個性――双方が合致すれば、4年間続いた中位からの脱却はもちろん、小林が求め続けた優勝を争う展開も見えてくるのではないだろうか。
(おわり)
小林祐希(こばやし・ゆうき)
1992年4月24日生まれ。東京都出身。東京ヴェルディの下部組織出身のMF。2011年にトップチームに昇格。2012年にはキャプテンを任されるも、同年夏にはジュビロ磐田に移籍した。その後、2016年夏に海外へ。オランダ、ベルギー、カタール、韓国のチームでプレーし、2022年にヴィッセル神戸入り。そして今季、北海道コンサドーレ札幌に完全移籍した。
著者:佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun