2023年の日本はWBC優勝に始まり、バスケのW杯では48年ぶりに自力での五輪出場権を獲得、ラグビーのW杯でも奮闘を見せた。様々な世界大会が行なわれ、スポーツ界は大いなる盛り上がりを見せた。そんななか、スポルティーバではどんな記事が多くの方に読まれたのか。昨年、反響の大きかった人気記事を再公開します(2023年4月20日配信)。

※記事内容は配信日当時のものになります。

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 キックボクシングで42戦全勝(28KO)の"神童"那須川天心(帝拳)が、プロボクシングデビューを果たした。

 2023年4月8日、東京・有明アリーナで行なわれたスーパーバンタム級6回戦。日本バンタム級2位の与那覇勇気(真正)を相手に大差の判定3−0(59−55, 60−53×2)で勝利した。那須川が試合後に「攻撃はほぼ全部見えた。ダメージもない」と語った通り、圧倒的なスピードで相手を翻弄し攻撃を当て続けた。

 非凡な才能を評価される一方で、KOできなかったことでパンチ力を疑問視する声も散見される。このデビュー戦を、現役のボクサーはどう見たのか。元WBOアジア・パシフィック・スーパーライト級王者で、"モンスター"井上尚弥のいとこである井上浩樹に印象を聞いた。


ボクシングデビュー戦で判定勝ちを収めた那須川(右)

――天心選手のデビュー戦全体の感想からお願いします。

「まず印象的だったのは、"魅せ方"がうまいこと。入場のシーンや試合後のマイクもそうですし、試合中もお客さんを楽しませるような表情や動きをしていました。そういう面で、プロフェッショナルだなと思いましたね。ボクサーとはちょっと毛色が違うというか、お客さんを意識した振る舞いは、僕たちも学ぶ部分があるとすごく感じました」

――闘いぶりはどう映りましたか?

「非常に身体の使い方がうまかったですね。普通はあれだけ動くと、疲れて最後までもたないんですけど、6ラウンドずっと動き続けていた。同じサウスポーのロマチェンコ(※)をちょっと意識しているのかな、とも思いましたね」

(※)ワシル・ロマチェンコ/ウクライナ:元世界ライト級3団体統一王者で3階級王者 。圧倒的なテクニックで"精密機械"と呼ばれる。サイドステップも交えた華麗なステップで相手のパンチをかわし、多彩で細かいパンチを当て続けてのTKO勝ちが多い。

――確かに、動いて相手の攻撃をかわし、細かくパンチを当て続けるという点はロマチェンコ選手と重なる部分がありますね。

「そうですね。力を込めたパンチは、ダメージは与えられるんですけど、どうしてもスピードが落ちます。攻撃に意識がいきすぎて、ガードが甘くなってカウンターをもらうといったリスクもある。天心選手の場合、パワーパンチは多くなくていいというか、なくても相手をあれだけ翻弄して一方的に闘えましたから、勝つことだけを考えたら力を込めたパンチは必要ないでしょう。

 また、どんなポジショニングからでもパンチが打てる、打ち続けられるのは、自分の身体の動かし方をよく理解しているからできることだと思います」

――「身体の動かし方を理解している」とは?

「身体の使い方がわかっていると、例えば同じ1秒間でも、その中での動きの数が変わってきます。天心選手は1秒間で5回動けるのに対して、与那覇選手は2回しか動けない、といった感じです。時間軸の違いのようなものを感じました。だからこそ、『ココ!』というタイミングを逃さずにパンチが打てるんだと思います」

――天心選手は相手を倒すにしても、パンチのタイミングやキレで倒すタイプの選手なのかもしれませんね。

「そうですね。デビュー戦でKOはできませんでしたが、倒れてもおかしくないパンチは5発くらい入っていたと思います。それほど、左ストレートのタイミングはかなりよかったですからね。むしろ、『これで倒れないんだ』と驚いたほどです。そこは、与那覇選手の『絶対に倒れない』という強い気持ちを感じました」

――まだデビュー戦を終えたばかりですが、今のスタイルのままでも、天心選手はKOで勝つことはできる?

「そう思いますね。そのくらい、パンチを当てるタイミングが抜群にいいので」

――試合は与那覇選手が前に出続けて、天心選手がそれをいなして空転させる展開でした。与那覇選手の戦い方はいかがでしたか?

「天心選手がスピードで翻弄してカウンターを合わせるスタイルで、与那覇選手が前に出続けるスタイルですから、あの展開になりますよね。天心選手はキックボクシング時代、ロッタン(・ジットムアンノン)との試合で前にガンガン来られて、延長までもつれました(3−0の判定で勝利)。最も苦戦した試合だったと思うので、前に出たほうがチャンスはあるのかもしれません。

 ただ個人的に、オーソドックススタイルである与那覇選手の、サウスポーの天心選手に対する攻め方、詰め方はあまりよくなかったように見えました。天心選手がやりやすいポジショニングで闘っていたので、『もっと嫌な攻め方もあるけどなぁ......』と思っていましたね」

――具体的に、天心選手が戦いやすいポジショニング、攻め方とは?

「構えた時に、サウスポーは右足が、オーソドックスは左足が前に出ています。ポジションの取り合いで相手の足を踏んだりぶつかったりすることもあるんですが、与那覇選手は攻める時に、前に出ている左足が天心選手の内側にどんどん入っていっていきました。そうなると、天心選手は前の手のフック(右フック)やジャブで相手を回しやすいですし、自分は右側(反時計)に回ってパンチを避けやすいポジショニングが取れるんです」

――オーソドックスの与那覇選手は、サウスポーの天心選手が前に出している右足の外側に動くのがセオリーですか?

「そうですね。ただ、外側一辺倒ではなく、内側に入ることも必要です。外、内、外、内といったように、緩急というか、打ち分けることが重要。『どう攻めてくるかわからない』と相手に思わせたいところなので、与那覇選手のポジショニングはもったいなかったですね」

――そうさせなかった、天心選手のうまさもある?

「その通りです。与那覇選手が悪かったというより、天心選手がそういうポジションになるように動いたということもありますね。素人受けはしないかもしれないですけど、天心選手の技術力はかなり高いなと思いました。

 与那覇選手は日本バンタム級2位で、それにふさわしい実力もある。その選手相手に6ラウンドを通して何もさせずに翻弄したんですから、"ボクサー那須川天心"も評価せざるを得ない。すごいとしか言いようがないですね」

――ただ、試合後はファンの間で井上尚弥選手と比較する声もありました。井上尚弥選手は自身のTwitterで、「みんなさ、デビューしたばかりの天心と俺を比べるのは流石に可哀想だからやめーや。。」とツイート。それに対して浩樹さんは「煽ってらあ」と引用リツイートされていましたね。

「もちろん、尚弥は煽っているつもりはないと思います。本当に天心選手のことを思ってのツイートだと思いますけど、よくない捉え方をする方もいるでしょうから、僕が『煽ってる』と言えばガス抜きになるのかなと(笑)。みなさん自由に比べて楽しんでいますし、比較対象になるのも仕方ないのかなと思いますね」

――天心選手への配慮もありつつ、PFP1位や4団体統一王者に輝いた自身のプライドもあったのではないでしょうか?

「そういう部分もあったかもしれませんね。『比べてんじゃねーぞ』と」

――いずれにしても、デビュー戦を終えたばかりで尚弥選手と比較されること自体がすごいですね。

「そう思います。まだまだ伸びしろも十分で、今後に関しても夢が広がりますね」

【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)

1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cmのサウスポー。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に7回負傷TKO負けを喫して引退を表明したが、2023年2月に後楽園ホールで約2年7カ月ぶりの復帰戦に臨み、タイのライト級2位パコーン・アイエムヨッドを2回TKOで下した。プロの戦績は17戦16勝(13KO)1敗。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。

著者:篠崎貴浩●取材・文 text by Shinozaki Takahiro