現役最後の51分間を終え、それなりの雨に打たれながら岡崎慎司は、仲間たちとピッチを一周した。途中2カ所で胴上げをされ、ゴール裏ではトラメガを受け取り、ファンとともに声を出した。

 ピッチと、ピッチから見える光景に、別れを惜しんでいたのだろうか。ゆっくりと歩き、選手やスタッフとの2ショット撮影などさまざまな要求に対応し、ロッカールームへと消えていった。

 しばらくして、身支度を整えた岡崎は、チームで揃いのベージュのスーツで取材エリアに登場した。

 第一声は陽気だった。

「ハセさんが明日っすもんね? 被らなくてよかった」


岡崎慎司の引退を仲間たちが胴上げで祝福 photo by Watanabe Koji

 岡崎が引退試合としたルーヴェン戦の翌日は、長谷部誠の現役ラストマッチでもある。そちらに話題を持っていかれないようになのか、という問いかけに、「持ってかれないように」と言い、笑顔を見せた。

 タイミングが重なることで話題がかすむことを避けたいという、本音のような冗談のような軽口だった。日本人報道陣が多く訪れたことに驚きながらも喜んでいる様子で、感謝を口にした。

 岡崎は試合出場の経緯から説明した。この日のルーヴェン戦は現役ラストゲームではあったが、今季初先発だった。

「最後まで、なんだろう......フィンクが監督でよかったなって思える場面があって。今日も最初『(試合開始から)20分でどうだ』みたいな感じだったんですけど、フィンクは勝ちたいんで、その当然の意見を話してもらえて。なので、『自分、(もっとちゃんと試合に)出たいっす』みたいな(ことを言った)。そこで(フィンクにそう返答したことで)僕の決意も固まって......」

 20分間、記念試合的に出場するのではなく、試合に出るからにはちゃんと戦力として出たいと、岡崎は実直に訴えた。プレーのプランもトルステン・フィンク監督には伝えた。

「復帰して足が痛いなかでのプレーだったんで、『もう振りきって、とりあえず飛ばしていくから、それを見てほしい。もし行けそうだったら、そういうふうに最後まで使ってほしい。前半はやりきらしてほしい』って監督に言って、それで使い続けてくれたんで」

【引退試合であってもスタイルは変わらない】

 言葉で訴えただけでなく、プレーを見て判断してほしいと伝え、その結果として勝ち得た51分間。欧州でのサッカー人生が詰まっていた。

「ずっとこうやって、そういう生き方をこのヨーロッパでやってきたなと思ったんで。最後までやりきるって意味では、なんか"らしい"終わり方だったかと思いますし、さらにああいうふうにやってもらえるのも想像しなかったんで。相手チームにまでやってもらえてっていう。本当にいい終わり方ができたと思います」

 ああいうふうに──とは、ピッチを退く際に両チームの選手が試合を中断し、花道を作って送り出したこと。試合中に花道を作った首謀者は控えのGKジョー・コッペンズ。彼のおかげで、岡崎は笑顔でピッチを去ることができた。

 しかし、プレーそのものには、悔いが残った。

「いやー、本当に最低限のプレーしかできかったなと思うので。やっぱこう、なんて言うんですかね......こうしておけばよかったなとかっていうプレーもいっぱいあるし、こう動けばよかったなとか。まあ、その連続でやってきたので、今日も試合に入っちゃえばその連続だった」

 岡崎はどんな試合後でも、自分の行為を振り返り、反芻し、言語化して消化してきた。引退試合であっても、それは変わらないようだった。また、こうも振り返る。

「ただ、最後の最後にこうやって日本の選手たち、周りにいてわかり合える選手たちのなかでやれたので、うれしかったですね。プレスのタイミングとかもそうだし、一緒にやれている感はあったので。理想は自分が1トップに入って、選手たちを引っ張って自分が点を量産して、というのが理想だったと思いますけど」

 日本人とのプレーをうれしかったと振り返るのは、少し意外に感じられた。

 岡崎は2011年にドイツ1部シュツットガルトに加入し、2チーム目となったマインツではのちに名将となるトーマス・トゥヘルに愛され、欧州主要リーグで1シーズン日本人最多の15得点を決めた。

 2年連続ふたケタゴールの実績を引っ提げて移籍したプレミアリーグのレスターではリーグ優勝も経験し、チャンピオンズリーグにも出場した。スペインではチームを昇格させて、1部リーグでも戦った。そんな華々しいだけでなく、多岐にわたる経験を積んだキャリアの最後を、ベルギーのシント・トロイデンで迎えた。

【座右の銘を胸に、次は欧州で指導者の道へ】

 日本人の若手とプレーができてうれしかったと言うのは意外にも感じられたが、いかに欧州の厳しい環境で孤軍奮闘してきたか、そのことが逆説的に伝わってくる。最後に新しい仲間を得て、次世代への継続性をうれしく思う岡崎の人柄も感じられた。


左から山本理仁、伊藤涼太郎、岡崎、藤田譲瑠チマ、鈴木彩艶 photo by Watanabe Koji

 これまでも、この日の取材中も、ひざの痛みを繰り返し口にした岡崎だったが、もうプレーしないことで、ひざの痛みからは解放される。そのことにホッとしているのか、それとも現役を終える寂しさを感じているのか。うーんと考え、岡崎はこう答えた。

「選手が特別っていうのは、たぶん、変わらないです」

 文字どおり"選ばれた人"にのみ許された、極めて限定的な時間の尊さは、岡崎自身も感じている。

「選手生活ってやっぱり特別だったなと思います。なんて言うんすかね......もう終わりかとか、寂しい気持ちは自分もありますけど。それよりも選手では辿り着けなかったところに、次のキャリアで辿り着きたいという思いのほうが強い。

 ホッとしているというよりは、ある意味、次にもっとなんか......そうですね、もっと上に行きたいというほうが強いですね。今の気持ちとしては。ホッとしているというよりは、またスタートだって気持ちですね」

 話しながら、次のスタートへの思いを整理しているようだった。

 印象的だったのは、取材後に行なわれた日本人ファン向けのイベントでの言葉だった。座右の銘を問われ、いつものフレーズに、自身の人生とこれからを重ねた。

「『一生ダイビングヘッド』という、自分の座右の銘があって。それは、小学校のコーチがとんでもないコーチで、どんなボールが来てもヘディングしろって言われるんですけど、その恩師がくれた言葉で。

 なにが気に入っているかというと、ダイビングヘッドをするというのは、自分の特徴のひとつではあるんですけど、ダイビングヘッドでゴールを決める──それだけじゃなくて、やっぱり飛び込んでみると、飛び込んでいったところでいろんなことがわかって、自分が成長していくというのは、自分の人生とほぼ一緒。

 それが自分の人生だなと常に思ってきた。その座右の銘が今、自分の人生で一番大事なこと。どんなことでも挑戦したい、ダイビングヘッドみたいに飛び込んでいくことは、これからも続けると思います」

 試合中、そして試合後と、終始笑顔ですっきりした表情だった岡崎。来週末には今季チーム最終戦を残しているが、出場の意向は「ないっす」と即答した。すでに気持ちは次に切り替えているようだった。

 欧州で指導者の資格取得を目指す岡崎は、ダイビングヘッドで飛び込んでいく。

著者:了戒美子●取材・文 text by Ryokai Yoshiko