【MLB1年目で得た信頼】

 MLBでルーキーの松井裕樹が、シーズン序盤からフル回転で奮闘している。

 現地時間5月19日(日本時間20日)終了時点で、ナショナル・リーグで9位タイの21試合に登板し、2勝0敗、防御率3.72と、サンディエゴ・パドレスのブルペンを支えている。21登板はルーキーとしてはナ・リーグで2番目に多く、日本球界で過ごした10年間で501試合に登板してきた経験がさっそく活かされている。


ダルビッシュ有(左)と話をする松井裕樹

 パドレスの48試合中、43.8%に該当する21試合で出番を与えられているが、このペースが続くと今季の登板数は70試合となり、2019年に東北楽天ゴールデンイーグルスで登板した自己最多の68試合を上回る。これは、2018年にアリゾナ・ダイヤモンドバックスに所属していた平野佳寿が作った「日本人メジャーリーガーのシーズン最多登板記録」である75試合に迫るハイペースだ。

 開幕からこんなペースで飛ばしていると疲労が心配になるが、松井本人は「春先ですし、(疲れは)まだ感じてないです」と涼しい顔で言う。

 日本では絶対的守護神として9回に向けて準備すればよかったが、パドレスではセットアッパーの役割を担っているので、自分の出番がいつ回ってくるかが確定しない分、準備も大変なはずだ。そんな状況でも、「こっちは(ブルペンに指示の)電話が来てから肩を作る感じなので、無駄なボールはほとんど投げない。トータルでの投球数は抑えられている」と、新たな役割にもスムーズに適応している。

 21登板以上の投手はナ・リーグに21人いるが、「仲間も数多くの試合で投げている」と松井が指摘するように、21人中4人がパドレスの投手である。「ブルペンはチームの中でも大切な存在」と語るマイク・シルト監督は、「シーズン序盤は先発投手の負担を軽くするために早い回で降板させているが、ブルペンの投手たちとはコミュニケーションを密に取りながら、彼らにも過度な負担をかけないように気をつけている」と明かす。

 セントルイス・カージナルスで監督を務めていた2019年から21年までは、シーズンの投手交代回数は3年続けてリーグ平均を下回っていた。松井のここまでの登板も、連投が4度で、中1日と中2日がそれぞれ5回、中3日は3度と適度に休みは与えられている。21登板中、3分の2に当たる14試合が2点差以内の展開であり、大事な場面で起用されている。

 先発が6回まで投げ、7回を左腕の松井、8回は昨オフにニューヨーク・ヤンキースからFA移籍してきたサウスポーのワンディ・ペラルタ、そして9回は福岡ソフトバンクホークスや阪神タイガースにも所属していた守護神のロベルト・スアレスが締めるのが、パドレスの勝利の方程式だ。

 松井、ペラルタと左腕が2人続いてしまうが、松井は対右打者に対して被打率.200(対左打者の被打率は.231)と抑え込んでいる。

「ユウキは日本で10年も、試合の最も緊迫した場面で投げてきた経験を持ち、成功を勝ち取ってきたので、メジャーでの活躍は驚くことではない」と、パドレスのルーベン・ニエブラ投手コーチは松井に全幅の信頼を置く。

【コーチも称賛する適応能力の高さ】

 さらにニエブラ投手コーチは、「ユウキと一緒にプレーしてみて驚かされたことが、彼が持つ適応能力の高さだ。フィールドの中でも、フィールドの外でも、適応しなければならない課題が数多くあったが、ユウキはそのすべてに対して的確にアジャストしている」と目を丸くする。

 松井も「新しい環境に来て、本当に不安と期待というか、そういうのは新しい刺激としていろいろと感じています」と日米の違いを前向きに捉え、刺激として楽しむことで乗り越えようとしている。

 1年前のWBCでは、日本の投手陣の中で誰よりもメジャーのボールに苦しんでいたが、今季は開幕から順調にMLBのボールを操っている。

「WBCの時とは比べものにならないらい長く、こっちのボールに慣れる時間を取れましたし、こちら(アメリカ)に来てからは日本のボールを触る環境もないので、本当に慣れました」

 春季キャンプ中にニエブラ投手コーチがボールへの適応に対して松井に尋ねた時も、「もう慣れたので問題ありません」と答え、その適応力の高さに感心していた。また、「彼のストレートはバックスピンがかかっているので、打者の手元で浮き上がる。メジャーでもとても特別なボールだ」と指摘するように、松井のフォーシームはMLB平均より2.6インチ(約6.6センチ)もホップする(浮き上がる)。これは今季、フォーシームを100球以上投げた234人の投手の中で11位にランクする。左腕に限定すれば、シカゴ・カブスの今永昇太に次ぐ3位のホップ成分の高さを誇る。

 日本ではストレートを高めに投げる機会は少なかったが、アッパースイングをする打者が多いMLBでは、浮き上がるようなフォーシームを高めに投げるのはとても効果的で、松井も高めへフォーシームを投げることが多い。そのフォーシームと同じフォーム、同じ軌道からフスプリットを投げることで、ストライクゾーンの高低を有効的に使い、打者を苦しめている。

「ユウキは伸びのある速球と、鋭く落ちるスプリットを投げるけど、あのコンビネーションはどこの国であっても通用する」(ニエブラ投手コーチ)

 今季は全投球の35.2%がスプリットというほど多投しているが、それだけ投げていても被打率は.160、空振り率は39.2%とほとんど打たれていない。特に右打者に対してスプリットを投げることが多く、左打者に対しては同じ落ちる球でもスプリットではなく、スライダーで仕留めている。松井の代名詞でもある縦スライダーは脅威の空振り率53.3%を記録する。

 そして、メジャーに来てから投げ始めた球種として、横に大きく曲がるスライダー、ここ数年MLBでトレンドとなっている「スイーパー」を取り入れた。

「日本では横のスライダーは使っていないです。(MLBでは」選択肢が多いほうがいいので」

 松井のスイーパーは横に16.6インチ(約42.2センチ)も曲がり、MLBでもトップクラスの曲がり幅を誇る。

「スイーパーは打たれてもポップフライになり、空振りを奪えるスライダーはバットに当たってもゴロになる。相手打者の傾向を考えながら、このふたつの球種を投げ分けるように指示している」(ニエブラ投手コーチ)

【チームメイトのダルビッシュ有には「とても感謝している」】

 ニエブラ投手コーチは松井に対して、フォーシームを高めに投げることとスイーパーを取り入れたこと以外は特別な指導を避け、日本時代と同じように投げるように指示している。

「ユウキはメジャーでも活躍できる力を持っているので、大切なのは彼が日本と同じように自然体でいること。アメリカにきて、野球面だけではなく生活面でも多くの違いを感じているだろうけど、少しでも快適に過ごせる環境を与えたい。それがマウンドでいい結果を生み出すはずだからね」

 松井にとって大きいのは、今や日米で活躍する日本人選手の精神的支柱的な存在であるダルビッシュ有がチームメイトとしてサポートをしてくれること。

 ホーム球場のロッカールームではダルビッシュの隣のロッカーを与えられ、いつでも助言を得られる環境にある。何か疑問があれば、MLBで12年の経験を持つダルビッシュにすぐ聞ける。

 松井が「形容する言葉が見つからないくらい大きな存在で、とても感謝している」と慕うダルビッシュは、松井を全力でバックアップし、野球の技術面でもアメリカでの生活面でも貴重なアドバイスを惜しみなく送る。

「僕自身がやろうとしていることが、今ちょっとずつ変化してきて、それに向けて毎日取り組んでいる」

 研究熱心で勉強家の松井は、シーズン序盤で成功を収めても満足することなく、進化を続ける。

著者:三尾圭●取材・文・写真 text & photo by Mio Kiyoshi