話題を呼んだ「母親になって後悔してる」(新潮社)



 今春発売され話題となった、イスラエルの社会学者オルナ・ドーナト氏の著書「母親になって後悔してる」(新潮社)。この本をきっかけに、日本の母親たちにも広がる共感などの背景を探る番組「“母親の後悔”反響の向こうに何が」(クローズアップ現代)がNHK総合で12月13日夜7時半から放送されます。ディレクターたちは、これまでタブー視されてきた「母親の後悔」に耳を傾け、社会を変えるきっかけにしようと取材する一方で、「後悔」という強い言葉が誰かを傷つけるのではないかと悩み、議論を重ねてきました。番組に込めた思いを聞きました。

子どもへの愛と「つらさ」は両立する

―書籍は「過去に戻れるとしたら母親にはならない」とするイスラエル人女性23人への調査をまとめたものです。この本に着目し、番組を作ろうとしたきっかけは。

依田真由美・社会番組部ディレクター 個人的なことですが、中学生のころから、自分の母親やまわりの母親を見ていて「育児や家事をやるのがお母さん」であり、母親=犠牲になるもの、ではないかと感じていました。

「母親の役割からどうしたら自由になれるか、考えるきっかけにしたい」と話すNHKの依田ディレクター(右)と中島副部長


 母親は専業主婦でパートをしていましたが、どこかつらそうに見えて、子どもを産まなければ自分の好きな仕事ができたのではないか、もっと輝ける人生があったのではないか、と思いました。私はもっとキャリアを積んでいきたい、諦めたくないと思って、NHKにも入局し、自分がやりたい仕事をしてきました。「母親ではない人生を歩む」と。

 一方で、現在34歳ですが、どうしても年齢的なことを考えます。言語化ができていなかったのですが、「母親という役割」にはおびえがありました。でも、夫の理解もありそうだし、恐れていたような「母親になることで犠牲になる」ことをしなくてもいいのではないか、と思うようになりました。「子どもと会いたい」と「母親になりたくない」という気持ちが両立する複雑な感情がありました。

 そういうモヤモヤの中でこの書籍「母親になって後悔してる」に出会いました。書籍の中で「子どもを愛する気持ち」と「母親という役割に対してのつらさ」は両立する、とあり、モヤモヤを言語化してくれていると興味を持ちました。来年2月に出産予定です。

誤解を生みそうな「後悔」の深い意味

―書籍の内容に共感した日本の女性へのインタビューなどをまとめた記事には300通ほど反響があったそうですね。日本でも同じように感じている女性は少なくないのですね。

中島紀行・取材センター社会部副部長 大変熱くて、長く、中身の濃い反響でした。(悩んでいても)「母親なんでしょ?」という言葉で片付けられてしまうとか、「母親はすべて子どもにささげて当たり前」という言葉を呪文のように感じる、自分が透明になっていくように感じる、などもありました。

13日放送の番組から。授業で母親の多様な生き方について学ぶ高校生


依田 私たちがこれまで聞き逃してきた言葉だったな、と思いました。今回、本当は取材を受けたくないけれど、次の世代に残してはいけない問題だと思うから話す、という方もいらっしゃいました。

―「母親の後悔」との言葉に傷つく人もいるかもしれません。

中島 誤解を生みそうな、深い意味を持った言葉です。子どもや、子どもを持ちたくても持てない人を傷つけないために、広く一般化して、多くの立場の方に共感してもらえるにはどうしたらいいか、それが番組の鍵になると思っています。

 現在の、母親になったらこう、キャリアウーマンならこう、父親はこう、という一直線の画一的な像から解き放ちたい。さまざまな母親の形、あるいは女性の人生を選び取る選択肢がみんなある、そこは自由だ、と。平たく言うと、人生を自由に選択できるような社会を作る議論のきっかけになれば。

依田 私たちが描きたいのは「子どもがいなければいいと思っている人たち」ではありません。社会から過剰に背負わされている母親の責任は決して母親だけの問題ではなく、社会が担うべき責任を母親にすべて押しつけている。「らしさ」を押しつけられることの問題を考えたいです。

私の母は、何の犠牲になっていたのか

―この本は、本当は子どもを欲しくなかったのに母親に「させられた」女性たちの話、でもあります。読み解いていくことは、子どもを欲しくない女性が生きやすくなるきっかけにもなるのでは。

近江真子・社会番組部チーフ・プロデューサー 女性は子どもを持つのが幸せ、子どもを持って初めて幸せになる、そういう規範が、子どもを持たない選択をした人や持てない人も苦しめています。「母親の後悔」を考えることは、その苦しみも合わせて取り外せるかもしれないと思います。

13日放送の番組から。インタビューに答える作家・湊かなえさん


―男性の視点から「母親の後悔」をどう考えますか。

中島 正直に言って、びっくりしました。私自身も心が痛いなあと…。いただいた300通の熱量に恐れおののいたというのが正直なところです。

 私自身も3歳の子がおり、実は、この本を読んでいるところは妻には後ろめたくて見せられていません。女性たちが「母親の後悔」を背負わされている大きな要因が、夫に代表される男社会、男性を基軸にした社会のシステムにあるのかもしれないということを、読めば読むほど感じるので。息苦しさをきちんと因数分解して理解することで、楽になれたらと思います。

−取材を通して、子どものころに感じていた「母親になりたくない」思いは変わりましたか。

依田 母は自分のせいで犠牲になったのでは、という思いがありましたが、「子どもを愛している、けれど母親の役割はつらい」と知ることで、決して私が生まれたせいではない、私の存在を否定しているわけではないんだと救われる気持ちでした。母親の苦しみがより明確になり、はっきりと見えてきました。犠牲とは私の犠牲ではなく、社会の犠牲なのだ、と。

 クローズアップ現代「“母親の後悔”反響の向こうに何が」は12月13日午後7時半から。スタジオゲストに「母ではなくて、親になる」の著者山崎ナオコーラさんを迎え、小説「母性」が映画化された作家の湊かなえさんがVTR出演します。