スマートフォンやパソコン、電気自動車(EV)など、現代の暮らしに欠かせない機器で利用されるリチウムイオン電池。Lilac Solutions(本社:米カリフォルニア州 Oakland)は、リチウムを効率よく、なおかつ環境負荷をかけずに回収する独自の技術を持つ企業。化学や材料に関する研究を経て同社を創業したCEOのDavid Snydacker氏に、技術の概要やビジネスの展望について聞いた。

バッテリー素材の研究から、リチウム抽出の課題に着目

―学生時代の専門分野と、創業までのキャリアについて教えてください。

 私のバックグラウンドは、化学、材料工学、電池技術です。Northwestern Universityでは材料工学の博士号を取得しました。この大学は材料工学において米国ではトップクラスで、私はリチウムイオン電池に焦点をあてた研究をしていました。この博士課程での研究は、フォード・モーター社と米国エネルギー省から資金援助を受けていました。

David Snydacker
Lilac Solutions
CEO
Wesleyan Universityにて化学、分子生物物理学、Northwestern Universityでは材料科学・工学に関するPhDを取得し、リチウム電池の素材に関する調査研究に携わる。在学中からバッテリーの専門家として民間調査会社でコンサルタントを務め、2016年にLilac Solutionsを設立、CEOに就任。

 この20年間、電池技術における最も重要な進歩のひとつは、耐久性の向上でした。20年前、携帯電話のリチウムイオン電池は、数100サイクルしか充電できませんでしたが、現在は何千回もの充電が可能であり、自動車や電力網にも使われています。このような耐久性の向上は、材料工学と密接な関係があり、私の博士課程ではこの点に焦点を当てました。

 ニッケル酸リチウム正極材、リン酸鉄リチウム正極材、そして急速充電用電池のシリコンとリチウム金属負極、さらに固体次世代電池の固体電解質について研究していたのです。そのような経験から、電池産業が非常にエキサイティングなものであることを知り、電池技術の新興企業で仕事をしました。そこで、電池のサプライチェーンが大きなボトルネックになっていることを目の当たりにしたのです。

 2016年になると、電気自動車の主な課題はバッテリーの性能ではなく、バッテリーを大規模に製造するための材料が利用できるかどうかということになっていました。その課題をきっかけに、Lilac Solutionsを創業したのです。

従来よりも狭い土地、少ない水の量でリチウムを抽出 独自のイオン交換技術

―御社の技術やプロダクトについて教えてください。

 鹹水(かんすい、塩化ナトリウムなどの塩分を含んだ水)資源からリチウムを抽出するためのイオン交換技術を開発しました。鹹水資源とは、天然に存在する塩水の堆積物で、主に南米の砂漠にあり、世界のリチウムの大部分を含んでいます。しかし、鹹水資源からリチウムを抽出して販売可能な形にすることは非常に難しかったのです。私たちの技術は、リチウムを高純度に回収するための鹹水処理に重点を置いています。そのため、高純度のリチウム製品を製造し、バッテリー業界に販売することができるのです。

 この技術はイオン交換を使います。イオン交換は水処理と金属処理で非常によく使われています。大量の水の中に低濃度の金属がある場合、イオン交換でその金属を選択的に回収することがよくあります。たとえば、水道水からカルシウムを除去する軟水処理、ウラン抽出、その他さまざまな金属処理など、さまざまな産業でイオン交換が使われています。どのイオン交換技術も、小さなビーズをベースにしています。特定の金属に適したポリマー材料に基づいて、イオン交換ビーズが開発されています。

 リチウムは非常に高濃度のナトリウムとともに存在し、ナトリウムとリチウムは化学的に同一であるため、リチウム用のポリマー材料を作ることが困難でした。これまで、ポリマーベースのイオン交換材料は、リチウムの回収に有効でなかったのです。そこで私たちはリチウムに適したイオン交換材料を開発したのです。リチウムの濃度が非常に低い資源であっても、高い回収率を得ることができます。

 私たちが開発したイオン交換ビーズの重要な点は、耐久性に優れていることです。交換が必要になるまで何度もリチウムを吸収・放出できます。以前この方法に挑戦した他の人たちは、耐久性に苦労しました。私は電池の耐久性のための材料を研究していたので、その技術が役立ったのです。

image: Lilac Solutions

―リチウムの抽出に最適なイオン交換ビーズを開発されたんですね。この技術を使う顧客はどのような事業者ですか?

 数年前にこの素材を開発し、商業規模での製造を行うべく、ネバダ州にビーズ製造のための工場を建設中で、2023年後半には稼動する予定です。

 私たちの顧客は、資源所有者とリチウム購入者の両方です。現在、鹹水資源を購入したものの、それをどのように生産に結びつけたらいいか悩んでいる、初期段階のプロジェクト開発者が多数存在しています。

 同時にバッテリーメーカーや電気自動車メーカーも高い需要を持っています。電気自動車を普及するには、資源を見つけるだけでは不十分で、リチウムを抽出するための技術が必要となるのです。私たちは、技術によって資源所有者と最終消費者をつなぎます。

 従来のリチウム抽出には蒸発池にて非常に広い土地と大量の水を使うことが問題となっていました。当社の技術は、土地と水の影響を排除し、環境への影響を最小限に抑えると同時に、高い抽出量をもたらします。従来のやり方では鹹水資源から取れるリチウムの半分以下しか回収できませんでしたが、私たちのプロジェクトでは90%以上回収できます。

 従来の方法が使える蒸発池は高い濃度のリチウムが含まれている場合のみでした。しかし、当社の技術でははるかに濃度が低い生産現場でプロジェクトを展開しています。南米の生産地では、リチウム濃度が約2000ppmの鹹水が使われていますが、私たちのプロジェクトでのリチウム濃度は1000ppm以下、時には500ppm以下です。濃度が低い場所は、高濃度の場所の10倍もあるため、当社の技術により生産量を増やすことができるようになったのです。

 生産時間も短縮できます。従来の蒸発池を使ったやり方は生産開始までに10年ほどかかっていましたが、私たちは4年まで短縮しました。

image: Lilac Solutions

南米で初めて、イオン交換によるリチウム抽出プラントを実現

―ビジネスモデルはどうなっていますか? 顧客は、御社の技術を容易に扱えるのでしょうか。

 この5年間で、技術を10倍にスケールアップしてきました。ラボから小規模なパイロット、フルパイロット、そして商業開発の初期段階に到達しました。今後数年のうちに、さまざまな商業ベースのプロジェクトを展開していく予定です。

 私たちはオペレーションチームも持っています。技術を提供するだけでなく、現場に出て、プロジェクト施設を建設し、稼働させ、現場でリチウムを生産するためのパッケージを提供しています。プロジェクトの長期的なパートナーとなり、一緒に仕事をしたり、最新技術を取り入れたりできるのです。

 重要なプロジェクトの一つが、Lake Resources社とアルゼンチンで展開しているKachiプロジェクトです。私たちはこのプロジェクトのエクイティ・パートナーでもあり、プラント運営もしています。

 このKachiプロジェクトのパイロットプラントの大きなマイルストーンを達成しました。当社独自のイオン交換技術を使って2,500kgの炭酸リチウム等価物(LCE)の生産に成功したと4月に発表しました。ここでは、生産や戦略に関するすべての目標を達成することができました。南米で蒸発池を使わずにイオン交換技術によってリチウムを生産するプラントが成功したのは初めてとなります。

 競合優位性は、前述のとおり高い回収率と環境負荷の低減です。たとえば、南米で他社が手掛けるリチウム抽出のプロジェクトは4つ展開されていますが、そのうちの3つは従来型の蒸発池で、1つは蒸発池とアルミニウムベースの吸収材を組み合わせたものです。新たな蒸発池のプロジェクトも予定されています。しかし、これらは環境負荷が高い技術を使っています。

 土地や水への影響を減らすことは、新しいリチウムプロジェクトの開発において重要です。今日、鉱業界では環境性能は開発の中核です。なぜなら、地域コミュニティが非常に重要だからです。プロジェクト開発に伴う地元雇用の恩恵を受け、自然の生態系を保護し、観光産業も保護するようなプロジェクトを望んでいるのです。

image: Lilac Solutions

―今後商業プロジェクトを展開されるということですが、日本企業向けの事業や将来展望についてお聞かせください。

 シリーズBラウンドで住友商事のCVC、Presidio Venturesを迎えることができました(2021年)。それ以来、日本のバッテリーメーカーや電気自動車関連企業と幅広くつながっています。2023年5月には私も訪日し、各メーカーのリチウムに対する需要をお聞きします。リチウムの供給が必要な日本企業と、世界中のリチウム抽出プロジェクトを結びつけたいと考えています。

 私たちの長期的なビジョンは、電気自動車への移行が100%になるように、未来のためにリチウム抽出の低コスト化を実現することです。リチウムの豊富な供給があれば、電気自動車への完全移行が可能であり、よりクリーンで健康的な未来を手に入れることができると考えています。