電気自動車(EV)や太陽光発電、スマートフォンなどへの採用が広がるパワー半導体。その主役は、シリコンより高性能な炭化ケイ素(SiC)や、窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(Ga2O3)などを使った化合物半導体だが、シリコンの数倍〜数十倍と言われるコストが普及のネックとなる。その課題に新たな解答を出したのが、東京大学発のスタートアップGaianixx(ガイアニクス、本社:東京都文京区)だ。同社が開発した「多能性中間膜」は、安価なシリコン基板にSiCなどの薄膜を積層でき、製造コストを大きく抑えられる。「半導体業界のゲームチェンジになる」と自信を見せるCEOの中尾 健人氏に、その革新性と事業展望を聞いた。

目次
画期的な中間膜技術を目にし、半導体産業の大変革を確信
基板と異なる材料を欠陥なく低コストで結晶成長させる中間膜
多くのトップメーカーと共同開発を進めつつ、順調に業績を拡大
早期に自社技術を社会実装し量産化。世界を視野に拠点を拡大

画期的な中間膜技術を目にし、半導体産業の大変革を確信

―起業の経緯をお聞かせください。

 大学に入る前はずっと海外で暮らしていましたが、卒業後に総合機械商社に入社し、自動車や航空宇宙などのモノづくり産業に携わり、ボーイング787の製造設備も手がけました。その後電機メーカーのフィリップス・エレクトロニクスジャパン(現:フィリップス・ジャパン)に移り、車載用ヘッドライトやテールランプの電球・LEDなどのグローバル展開に従事しました。当時、フィリップスには、一般照明を扱うフィリップス・ルミレッズという子会社がありましたが、車載照明に注力するためにオートモーティブ事業を統合して新生ルミレッズとして再スタートさせ、私は同社の日本法人の代表取締役を務めることになりました。

 その時期に、東大のファンドから「こういう技術があるのですが、経営のプロに参画してもらい、事業化していきたい」と声をかけていただきました。その技術というのが、当社の共同創業者で最高科学責任者(CSO)を務める木島 健(東大特任研究員)が東大田畑研究室で解明した「動的格子マッチング」のメカニズムに基づく、画期的な半導体の中間膜技術でした。LEDでも、製造時に構造欠陥ができるという同じような課題に悩まされた経験がありましたが、この中間膜を使えば、エピタキシャル成長(薄膜結晶成長)時に発生する欠陥を防ぐことができる上に、コストを大幅に削減できます。

 この技術を社会実装できれば、半導体産業が大きく変わると確信しました。いつかは起業したいと思っていたこともあり、Gaianixxを設立しました。

中尾 健人
Gaianixx
代表取締役社長 / CEO
成蹊大学経済学部卒業後、総合機械商社に入社。自動車・航空宇宙・半導体等の「モノづくり産業」に従事し、多種多様な製造・製法を学ぶ。その後、外資系総合電機メーカーにて日系顧客向けの半導体ビジネスをグローバルで展開し、日本・米国・欧州・中国・東南アジアを統括しビジネス拡大に貢献。2015年から海外に駐在し海外営業拠点統括を経て、2019年に同社の日本法人代表取締役に就任し経営に携わる。2021年にGaianixxを設立し、2022年にCEOとして着任。

―どのような体制で開発・事業化を進めてこられたのですか?

 会社を設立したのは2021年11月ですが、その時点ではメンバーは私と木島CSOの2人だけで、その後メンバーが集まり始め、22年4月にオペレーションを開始しました。メンバーは現在、十数人に増え、自動車メーカーで工場の立ち上げを手掛けた経験のある人物や、評価解析、プロダクトマーケティング、ファイナンス、知的財産管理など、各分野のプロフェッショナルで構成されています。

 事業体制に関しては、東大本郷キャンパスの南研究棟アントレプレナーラボにオフィスを構え、田畑研究室において共同研究及び評価・解析を行い、分子ライフ・イノベーション棟に研究開発ラボ兼プレ量産設備を設置して中間膜の製造やお客様との協業を実施しています。

image: Gaianixx

基板と異なる材料を欠陥なく低コストで結晶成長させる中間膜

―御社の技術やプロダクトは、半導体の製造に関するどのような課題を解決するものなのでしょう?

 当社の「多能性中間膜」は、パワーデバイスやMEMS(微小電子機械システム)、LEDなどに使用される化合物半導体の高性能化・軽薄短小化・欠陥削減・コスト改善を実現します。半導体ウエハーは、基板結晶の上に薄膜結晶を成長させて製造します。その際、基板結晶の上に基板結晶と同じ格子定数を持つ結晶を成長させる「ホモエピタキシャル成長」を使えば、欠陥の少ないウエハーが得られます。

 しかし、SiCや、GaN、Ga2O3などの化合物半導体材料は高価な上、技術的に成熟しているシリコン材料に比べ、ウエハーの製造が難しい。そのため、ホモエピタキシャル成長にするとコストが非常に高くなってしまうことが課題でした。そこで、安価なシリコン基板に当社の中間膜を乗せ、その上にSiCなどの異材料の結晶を成長させる層を設ければ、低コストのウエハーを製造することができるというわけです。

―具体的に、御社が開発した中間膜は、どのような役割を果たすのですか?

 基板結晶と格子定数や材質が異なる結晶を成長させることを「ヘテロエピタキシャル成長」と言いますが、異なる材料を直接基板の上に乗せるとミスマッチが起き、ウエハーに穴が開いたりする欠陥が生じる原因になります。2つの結晶内の粒子の配置が異なるため、ひずみが出てしまうからです。そのひずみやミスマッチを緩和し、欠陥の発生を抑えるためにバッファ層、つまり当社の中間膜を入れるわけです。

 当社が開発した「多能性中間膜」は、基板やエピタキシャル層の結晶内粒子の位置関係を壊すことなく、膜自体が伸びたり縮んだりする「マルテンサイト変態」という変形挙動により、異材料間の粒子配置のずれに対応できます。そのため、結晶欠陥が削減され、歩留まりを改善することができ、製造コストもホモエピタキシャル法の4分の1ほどに抑えることが可能になります。加えて、耐熱性や耐電圧なども向上するので、デバイスの高性能化が実現できます。

「多能性中間膜」は、SiC、GaN、Ga2O3、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、窒化アルミニウム(AIN)などさまざまな化合物半導体に活用できるため、ディープテックスタートアップにありがちな単一の材料や事業領域に限定されることなく、幅広いデバイスにビジネスを展開できます。また、製造設備に関しても、汎用的な設備にひと手間加えるだけで、当社の中間膜が製造できるようになりますので、多額の投資をせずに既存設備を利用して、事業を始めることができます。

―市場環境についてはどのようにご覧になっていますか?

 半導体の国内市場は2020〜2030年にかけて、50兆円から100兆円規模に拡大する見込みで、特に化合物半導体の成長率が高いため、当社も化合物半導体に特化して事業展開していきます。半導体の歩留まりは、現在30%〜60%となっていて、国も半導体業界も2030年までに歩留まり・コストを10%改善することを目標に掲げて、取り組みを進めています。われわれの技術や製品は、その施策に寄与できるポテンシャルを持っていますので、事業の伸びしろは十分にあると考えています。

image: Gaianixx

多くのトップメーカーと共同開発を進めつつ、順調に業績を拡大

―御社のビジネスモデルや業況についてお聞かせください。

 中間膜の製造・販売も行っていますし、お客様のニーズに合わせてエピウエハーまで作り込んだ形で販売させていただく場合もあります。当社は中間膜の材料自体は作っていませんので、材料メーカーから供給を受けて製造を行っています。また、製造装置についても、ベンダーから標準的な結晶膜の成膜装置を購入し、当社独自のプロセスに合わせた改造を施して、「多能性中間膜」ウエハーや高品質単結晶膜エピウェハーを製造しています。そのほか、お客様にレシピをお渡しして、ライセンス料をいただくケースもあります。われわれのお客様は、主にMEMSやパワーデバイス、LEDなどのメーカーです。

 研究開発に関しては、これまでに数十社の企業と協議させていただいた中で、特に双方でシナジーが得られるような半導体デバイスメーカーと共同開発などの契約を結ばせていただきました。現在、化合物材料ごとに11社の企業と共同開発を進めており、試作開発前のPoC(概念実証)業務を当社が実施し、対価をいただいています。

 資本構成としては、設立当初から伴走いただいている東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)さんをはじめとするVC、サプライチェーンの強化にもつながる半導体材料トップメーカーのJX金属やJSRさん、非鉄金属関連商社のアルコニックスさんなど、7社からの出資を受け、累計18.5億円の資金調達を行っています。

 事業を立ち上げてからまだ2年ですが、売上に関して、2023年度は目標を上回りましたので、想定した以上の業績を出せている状況です。また、特許もこれまでに58件出願しています。

―御社の技術はユニークで、特許によって守られているようですが、既存の半導体製造プロセスに導入する際の障壁はありますか。

当社は技術を社会に広く実装し、多くの企業と協業することを目指しています。そのため、核となる技術部分は特許で保護しつつ、技術や製品を積極的に提供する、オープンクローズ戦略を採用しています。

 社会実装を進める上で、既に存在する設備をどれだけ活用できるかは、参入障壁を低くするために重要です。そのため、一般的な装置にわずかな手を加えるだけで、当社の技術が適用可能となっています。お客様がお使いの既存の装置を少し改造すればいいのです。

image: Gaianixx HP

早期に自社技術を社会実装し量産化。世界を視野に拠点を拡大

―今後の事業展開や目標をお聞かせください。

 現在は量産フェーズに入ったところで、製造設備の整備を進め、2025年までに年産約2万枚の中間膜の生産能力を確保する予定です。まずはMEMSデバイスに用いられるPZTやチタン酸バリウム(BaTiO3)の領域で事業化に取り組み、当社の中間膜を成膜した耐熱性に優れた基板をデバイスメーカーへ納入します。また、25年ごろからはSiCなどのパワー半導体の領域へ参入して、SiC基板のホモエピタキシャル成長時の欠陥防止向けに中間膜を提供し、その後はシリコン基板上にSiC結晶を成長させるなど、基板材料に依存しないプロセスで事業を拡大し、生産能力の増強を図っていきます。

 研究開発については、引き続き東大と連携して、同大が行っている次世代材料基礎研究の成果をわれわれが応用開発し、各種デバイスを通じて社会実装していくことを目指しています。

―今後どんな企業とどのようなパートナーシップを組んでいかれるお考えですか?

 すでに原料メーカーや成膜装置メーカーとはパートナーシップを組んでいますし、半導体デバイスメーカーとは共同研究を行っていますが、今後は量産・増産を進めていかなければなりません。半導体の製造装置は非常に高価ですので、多額の投資が必要になってきますし、製造拠点も確保しなければならず、当然我々のリソースだけではカバーできません。資本提携か合弁事業かという選択はありますが、半導体デバイスメーカーと組めば、既存設備を改造・活用することもでき、コスト的にもスピード的にも大きなメリットがあるのではないかと思っています。また、半導体は海外需要が大きいので、海外展開も視野に入れ、グローバル商社にご協力いただければと考えています。

―御社の将来のビジョンをお聞かせください。

 半導体は、重要な戦略物資であり、地政学的リスクや貿易摩擦の要因にもなっており、各国が工場誘致を進めています。この流れからして、半導体はやがて地産地消になっていくでしょう。われわれは、ビジョンとして「不変的先進技術で人類の為に最大たる貢献を果たす」、ミッションとして「“多能性中間膜”で世界をリノベートする」を掲げていますが、社会実装を早期に実現し、将来的には海外にも拠点を広げることを目指しています。我々の技術・製品は世界のニーズに応え、半導体産業にイノベーションをもたらすポテンシャルを持っていると自負しています。

―半導体産業のゲームチェンジャーにもなり得る御社にご興味をお持ちの皆さんに、改めてメッセージをお願いします。

 多能性中間膜は、様々な課題の解決に寄与することができる製品ですが、これをどのように使い、どんな課題を解決するかというニーズや知見は、お客様ご自身が持っておられます。ですので、企業同士、“競争”し合うのでなく、“共創”することによって一緒に新しい価値を生み出し、経済・産業全体の発展と革新をサポートしていきたいと思っています。当社の中間膜技術は、いろいろな材料・製品分野に対応できますので、それをこのプロセスに使えないか、この工程に導入できないかといったご要望がありましたら、お気軽にお問合せいただければと思います。