グランドスラムの予選は本戦以上に、様々なバックグラウンドを背負った多種多様な選手たちが、キャリアの異なる地点でそれぞれの足跡を交錯させる場だ。今年の全仏オープンテニス予選の女子決勝を見ても、そこには趣深い顔ぶれが揃っていた。

 8年前の全仏準優勝者のサラ・エラーニに、出産を経て復帰した元世界2位のベラ・ズボナレワ。先の全米オープン3回戦で、大坂なおみと接戦を演じた18歳のマルタ・コスチュクも、今大会の予選決勝を戦った1人だ。

 全米の大坂戦では強打が光ったコスチュクだが、本来は硬軟織り交ぜたゲームメイクも得手とし、クレーでも高い適性を示す選手である。全米での戦いを見ても、119位という数字が、彼女の実力を正しく反映していないことは明らか。そのコスチュクと予選決勝で対戦したのは、28歳の奈良くるみだった。

 勢いある若手との対戦は、普通なら、不運なドローと感じるところだろう。だがコスチュクとの対戦が決まった時、奈良は「すごく良い相手」だと言った。
  コロナ禍で実戦から長く離れ、ツアー再開後は手探りの戦いが続いた奈良だが、ローランギャロスの赤土の上を走り回った時、心技体がカチリと噛み合った。「私のテニスは、クレーに合っている」。そのような確信と手応えを携え、奈良は18歳の日に初めて本戦出場を果たした、全仏の予選決勝の舞台へと向かった。

 その試合の立ち上がりで、圧倒的に試合を支配したのは、怖いもの知らずの18歳だ。
 
「相手のことを良く知らなかったので、とにかく自分のプレーに徹しようと思った」というコスチュクは、強打をピンポイントでコーナーに打ち分け、やや硬さの見える奈良を圧倒する。奈良にしてみれば策を講じる間もなく、第1セットは0−6で失った。
 
 ただこの一方的な展開が、両者に心理を微妙に揺り動かす。何かを変えねばと思った奈良は、「無理にでもコートに入って打とう」と意識し、一方のコスチュクは「このまま行ける。もっと攻撃的に行こう」と意気込んだ。

 一見、両者とも似た考えに見えるが、生まれた結果は大きく異なる。意識的に前に踏み込むようにした奈良の足は力を得て、対するコスチュクは全身に力が入りすぎた。ミスの増え始めた18歳を尻目に、奈良は中ロブで相手の強打の威力を中和しつつ、早いタイミングで叩くバックで鋭く仕留める。第2セットは6−1で、奈良が若い相手を圧倒した。
  わずか45分で慌ただしく過ぎた2つのセットを経て、両者とも腰を据えて迎えた第3セット。その行方を決したのは、数本のショットセレクションと、サービスだっただろうか。

 自身のサービスの第2ゲームで、奈良の組み立てはほぼ完璧ながら、最後のボレーやフォアをミスし、「違う!」と自らに叫んだ。

 ゲームカウント2−4ではブレークポイントも手にしたが、大切なポイントをことごとく相手の好サービスで凌がれる。終わってみれば第3セットは2−6のスコアだが、勝者の「数字以上にタフなセットだった」というのは本音だろう。
  ジュニア時代から世界で活躍し、10年前の全仏オープンで予選を突破しグランドスラム初出場を果たした奈良も、今年12月で29歳を迎える。その間、戦績上の浮き沈みや、モチベーションを失った時期も経験した。そして遭遇したコロナによるツアー中断期には、食事を改善し、「家をジム化して」トレーニングに打ち込むなど、自身の新たな可能性を模索している。

 その中で戦った全仏オープン予選は、自分のテニスを再認識し、「やはり私は、目の前の事に意識を集中する事で力を発揮できるんだな」と再発見できた、実り多き3試合だった。

取材・文●内田暁

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