昨季はチームをNBAの頂点に導き、今季はリーグで最も優れたHCに選出

 8月22日、ラプターズのニック・ナースが2019−20シーズンの最優秀ヘッドコーチに選出された。前年のチャンピオンチームのコーチがこの賞を受賞するのは珍しいが、チーム状況を考えれば、ナースの選出は順当だろう。

 昨季の優勝に大きく貢献したカワイ・レナードとダニー・グリーンが昨オフに移籍し、大幅な戦力ダウンは必至と予想されたにもかかわらず、今季のラプターズは白星を重ねた。最終的に球団史上最高勝率(73.6%)をマークし、プレーオフでもカンファレンス決勝進出にあと1勝まで迫ってみせた。

 この快進撃の基盤となったのは強固な守備力だ。今季のラプターズは失点と被3ポイント成功率でリーグ1位、ディフェンシブ・レーティングと被フィールドゴール成功率でリーグ2位の数字を記録した。高いディフェンス意識をチームに植えつけたことで、レナード抜きでも快進撃が可能になり、同時にナースの指導力に改めて脚光が当たることになったのだった。

「ニックは常にリラックスしていて、それでいてハードワーカー。クリエイティブで、ダイナミックなコーチだ。王座を防衛するのではなく、次の優勝に挑むという姿勢で臨み、チームの基調を定めてくれた。だから私たちも彼のことを信じられる。ここまで長い道のりを歩んできた彼の功績が、こういう形で讃えられることを嬉しく思う」
  ナースの最優秀コーチ賞受賞が発表された後、ラプターズのマサイ・ウジリ球団社長は心のこもった言葉を贈った。このコメントにある通り、ナースはコーチとしていわゆるエリートコースを歩んできたわけではない。

23歳での大学HC就任を皮切りに、英国を経てNBAの指導者に辿り着く

 アイオワ州キャロル出身のナースは、大学卒業後にイギリスのダービー・ラムズで選手兼コーチを務め、1年後アメリカに戻りに23歳の若さでグランドビュー大のHCに就任。その後は、カレッジやヨーロッパなどで地道にキャリアを積み重ねていった。英国で2度の優勝を経験すると、07年、Dリーグ(現Gリーグ)のアイオワ・エナジーのHCに任命される。同職を11年まで務めたあと、11年にはリオグランデバレー・パイパーズのHCに転じた。この2チームを優勝に導いた手腕が認められ、13年7月にはドウェイン・ケイシーがHCを務めるラプターズのアシスタントコーチに就任する。そして18年6月14日、ケイシーの解任に伴い、ナースはついにラプターズの指揮官に辿り着いたのだった。

 23歳でカレッジのHCになってから、足掛け30年近く。道のりは長かったが、NBAで指導力を発揮するまでに時間はかからなかった。就任1年目にレギュラーシーズンでイースト2位の勝率を残すと、プレーオフではカンファレンス決勝でバックス、ファイナルではウォリアーズを撃破し、優勝候補の本命を破るという文句なしの形でチームを初のチャンピオンに導いた。
  その過程で、パスカル・シアカム、フレッド・ヴァンブリートといった、当初はそれほど評価が高くなかった選手たちを見事に育成。同時に、昨ファイナル第2戦でステフィン・カリーに対してボックスワン・ディフェンスを仕掛けるなど、効果的なディフェンス戦術を敷いたことで評価を高めた。まだ全米的なビッグネームと言えないかもしれないが、ナースはその指導力を世界最高のリーグで轟かせるに至ったのだった。

「NBAでHCになったのは初めてでも、多くのリーグやチームでHCを務めてきた経験が糧になり、ステップアップできたのだろう」
  昨ファイナル中、ラプターズのチームリーダー、カイル・ラウリーはナースのことをそう評していた。実際に様々な経験があったからこそ、ナースはNBAでもすぐに能力を発揮できたに違いない。

 すでに優勝を経験し、GリーグとNBA両方で最優秀コーチ賞を受賞した史上初の人物になったが、NBAでの道のりはまだ始まったばかり。この知将を手にしたことで、ラプターズは今後しばらく、リーグを代表する強豪であり続けるだろう。

◆PROFILE
1967年7月24日、アイオワ州キャロル生まれ。89年にノーザン・アイオワ大を卒業するとイギリスに渡り、ダービー・ラムズで選手兼コーチを務めた。翌年にはアイオワ州のグランドビュー大でHCに。その後は、イギリス、イタリア、ベルギー、アメリカのUSBLで指導を続け、2007年にDリーグ(現Gリーグ)のアイオワ・エナジーのHCに就任。11年にチームを優勝に導き、最優秀HCに選出された。同年オフにリオグランデバレー・バイパーズに移籍し、13年には自身2度目のDリーグ優勝を果たす。この実績が評価され、ラプターズHCのドゥエイン・ケイシーからアシスタントコーチに招かれる。ケイシーの解雇に伴い18−19シーズンからHCに昇格すると、1年目でチームを初優勝率に導いた。

文●杉浦大介
※『ダンクシュート』2020年11月号原稿に加筆・修正