●種目の壁を作らない選手

 昨シーズンの田中希実(のぞみ。豊田自動織機TC)は種目の壁をなくすことで、タイムを大きく引き上げることに成功した。7月に3000mで8分41秒35、8月には1500mで4分05秒27と2種目で日本記録を更新。分離開催にはなったが、日本選手権は1500m(10月)と5000m(12月)の2冠を達成した。この2種目の同一年度優勝は1997年の市川良子(JAL・AC)以来23年ぶりの快挙で、五輪参加標準記録を突破していた5000mは東京五輪代表に内定している。

 しかし、いともたやすく多種目を走れたわけではない。12月の日本選手権後には「5000mの距離への不安が結構ありました」とコメントしている。1500mと3000mの日本新はどちらも、前半から先頭に立って自分のペースで走り切った。それに対し日本選手権5000mは、廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)の後ろに付く展開になり、最後の周回でなんとか先行できた。フィニッシュ直後は「意識が朦朧とした」ほどだ。

「1500m、3000mまでは1人でも行けるというか、逆に人がいない方が走れるんです。5000mは少し別ものですね。中だるみが出てくるので、いかに中だるみをなくすかが課題ですが、今の私にはきつく感じられる部分です」
  日本選手権では廣中が前を走ったことに助けられたところもあったが、田中は残り3000m、8分50秒で、廣中の3000mの自己記録(8分52秒80)を上回るほど好調だった。田中が勝つことができたのは、3000mと1500mの力が20年シーズンで大幅にアップしていたからだろう。3000mの記録(8分41秒35=日本記録)で廣中を上回り、1500mの日本記録を目指す練習によって5000mにもつながる“スピード持久力”を研いていた。

 田中と廣中の後半のスピードに対応できたのは、3000m・5000mの日本記録を出していた頃の福士加代子(ワコール)しかいないように思う。
 ●800mから10000mまで、それぞれの種目への思い

 それぞれの種目における自身の現状認識を田中が、1月21日のアスレティック・アワード優秀選手賞受賞の際に話してくれた。種目ごとの実績と一緒に紹介していきたい。

 3000mは18年のU20世界陸上で金メダルを獲得した種目で、「一番の得意種目」と自身では感じている。

「レース中の力の調節がしやすい距離なんです。頭も使いながらレースをコントロールできて、ラストスパートも5000mよりその感覚を得やすい種目ですね」

 1500mは中学3年時(14年)の全日本中学選手権で優勝し、自身初の全国タイトルを取った種目である。田中と同じ兵庫県小野市出身で、以前から親交のあった小林祐梨子が日本記録を持っていたこともあり、日本記録更新への思いも強かった。

「結構好きな種目です。5000mで世界と戦う上でも、速いスピードやレース中の揺さぶりに対応するための“スピード持久力”をつけることができます」

 800mは中学1年で全国大会を初めて経験した種目(ジュニアオリンピック6位)。その後は徐々に1500m、3000mが中心になっていくが、この種目でも昨年7月に2分04秒66の兵庫県記録をマークした。10月の日本選手権でも2分04秒76の4位。7月は3000m日本新の4日後で、10月は1500m日本選手権優勝の2日後という強行スケジュールのなかで走っている。

「800mは絶対スピードを上げることができる種目です。スピード持久力を発揮する局面で、そのスピードを楽に出すことができますし、維持することも楽になります」

 5000mは19年ドーハ世界陸上で14位(15分00秒01=当時日本歴代2位)となり、先月の日本選手権で東京五輪代表も決めた種目。廣中に苦戦したとはいえ、世界のトップに最も近づいている。

「世界に一番近いというか、もっと戦っていけるようになりたい種目です」
  そして10000mだが、今月17日の京都女子駅伝中・長距離競技会に31分59秒89で優勝した。2年ぶり2度目の10000m出場で、日本選手権参加標準記録を突破。今年5月の五輪選考レースへの出場資格を得た。

 だが記録的には、昨年の日本リスト10位にも入らない。田中本人も「脚の持久力というより、精神的な持久力をつけることにはなりましたが、5000mにつながるスタミナになっているかは疑問です」と自己評価は低い。

 以上のように、田中は多くの種目で過去の実績があり、強い思いをそれぞれの種目に対して持っている。そして父親である田中健智コーチがその思いを理解し、次の試合のための練習を行ないながらも、その先に出場する種目も意識した練習メニューを組んでいる。

 また以前の取材では「かつて戦っていた種目で弱くなっていると、その種目の選手たちに思われたくないんです」と話していた。中高生の頃の「負けたくない」という純粋な気持ちを持ち続けた結果、一度に多くの種目に挑戦する選手が誕生した。
 ●1500mで五輪代表になったときは…

 種目毎の実績からもわかるように、田中に国際大会や外国人選手に対する苦手意識はまったくない。

 世界大会を集団で走ると、アフリカ勢特有のペースの上げ下げに対応できないと考え、U20世界陸上では前半から先頭に立って自分のペースで走った。メンタル面が弱い選手が先頭を走ると、力みが出て後半の失速につながることが多いのだが、U20世界陸上の田中はエチオピア選手に追い上げられながらもしっかり逃げ切っている。

 19年のドーハ世界陸上も、シニア参戦1年目でその時点の力は出し切っていた。日本人選手が持ってしまいがちな外国選手への心理的な壁は、最初から持たずに走ってきた。

 それができた一因に田中の家庭環境がある。母親の千洋さんは北海道マラソンに2度優勝するなど、世界的に活躍した市民ランナーだ。3歳でホノルルマラソンに同行し、小学生のときにゴールドコースト(豪州)で優勝したキッズレースが、自身も長距離を走り始めるキッカケだった。そうした小さい頃の経験が、国際大会を普通の感覚で走ることにつながっているのかもしれない。

 10000mでも選考競技会の日本選手権(5月)に出場し、31分25秒00の五輪標準記録を破れば代表入りの可能性がある。だが「5000mの次に代表に近いのは1500m」と田中自身は思っている。この女子1500m、五輪種目になったのが1972年ミュンヘン五輪から。歴史が浅いこともあり、日本人選手が一度も出場したことがない。
  東京五輪の競技日程は1500mと5000mが重なり、両種目への出場は難しいのだが、1500mで史上初の代表となることの価値は大きい。田中コーチは1500mで日本新を出した昨年8月も、1500mに優勝した10月の日本選手権も、12月の日本選手権5000mで勝つことを意識したメニューを組んでいた。しかし今年6月の日本選手権は、これまで多種目に挑戦し、練習を行なってきた経験をもとに、1500mに絞ったメニューを組むと田中コーチは明かしている。

 標準記録(4分04秒20)を破れば日本人初の女子1500m代表が誕生し、その過程で培った“スピード持久力”が五輪本番の5000mで威力を発揮する。8位入賞の望みは十分ある。

取材・文●寺田辰朗

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