1990年代〜2000年代前半のMLBを熱心に見ていたファンなら、誰でもカート・シリングの凄さを知っているはずだ。特にヤンキースファンはその思いが強いかもしれない。デレク・ジーターやマリアーノ・リベラを中心に絶対的な強さを誇った当時のヤンキースを、シリングはポストシーズンで2度も倒している。

 01年のワールドシリーズではランディ・ジョンソンとのWエースでヤンキース打線を抑え込み、新興球団ダイヤモンドバックスに初の世界一をもたらした。そして04年にレッドソックスへ加入すると、リーグ優勝決定シリーズで再びヤンキースと対戦。第6戦では負傷した足首から血を流しながらの熱投を見せ、“バンビーノの呪い”打破に大きく貢献した。レッドソックスはそのままワールドシリーズにも勝ち、86年ぶりのワールドチャンピオンに輝いた。

 通算216勝を挙げ、3116奪三振は歴代15位。ポストシーズンでは通算11勝2敗、防御率2.23と球史に残る名投手としての地位を確立したシリングが今、多くのファンを嘆かせている。根拠のない陰謀論や憎しみに満ちたデマを撒き散らす“ネトウヨ”と化してしまったからだ。現役時代から歯に衣着せぬ物言いで何度となく物議を醸してきたシリングだが、引退後はさらにエスカレート。特にドナルド・トランプが政治の表舞台に登場してからは目に見えて過激化していった。
  近年のシリングの“炎上案件”を列挙してみよう。

●15年8月、イスラム教徒をナチスになぞらえるツイートで炎上。解説者を務めていたESPNから職務停止処分となったが、この時は「100%自分の責任」とすぐに謝罪した。今思えば、当時はまだ「こちらの世界」に踏みとどまっていた。

●16年4月、LGBT蔑視の画像をフェイスブックに投稿してESPNを解雇。この時もLGBT差別は否定し、「俺の嫁じゃない限り、誰が誰と寝ようと気にしない」といかにも彼らしいコメントもあったが、風当たりが強まるにつれ言動はどんどん先鋭化していく。

●16年11月、「ジャーナリストをリンチして木に吊るしてしまえ」という意味のTシャツを着たトランプ支持者の写真に「最高だ」とコメントをつけて炎上。あとで「皮肉のつもりだった」と弁明したが、焼け石に水だった。
 ●17年5月、当時オリオールズにいたアダム・ジョーンズ(現オリックス)がボストンのフェンウェイ・パークで人種差別的な罵声を浴びせられたと告発した件で、「嘘をついている」「事を大きくしようとしている」と批判。ジョーンズからは「あんたは黒人としてフェンウェイの外野を守ったことがないくせに」と反撃された。

●17年12月、極右メディア『ブライトバート』で始めた自らのラジオ番組に白人至上主義者として知られる人物を招いて意気投合。大きな批判を浴び、放送を収録したポッドキャストは後日、削除された。

●18年2月、フロリダ州パークランドの高校で起きた銃乱射事件の生存者は実は金で雇われた俳優だったとするトンデモ陰謀論に同調。17人もの命が失われた事件を「でっち上げ」扱いし、「ついにここまで来たか……」と多くのファンをドン引きさせた。
 ●21年1月、ここまで来ると何の驚きもないが、ワシントンDCの議事堂に乱入したトランプ支持の暴徒たちを「民主主義と政府の腐敗に対して立ち上がった」と擁護。もちろん、大統領選挙で不正があったと信じてのコメントだ。

 今日発表された殿堂入り投票では、あと16票足りずに落選となったが、こうした過激な言動がマイナスとなったことは火を見るよりも明らかだ。シリング自身、メディアのせいで殿堂入りを逃したと思っているようだが、それは違う。明確な政治信条を持つことと、デマや陰謀論に加担することは次元が違う。「ジャーナリストをリンチしろ」という考えに同意する人間が、他ならぬ記者からの支持を得るのはさすがに難しいだろう。むしろ、70%以上の投票率を得たこと自体が驚きと言えなくもない。

 いつの間にか超えてはいけない一線を超えてしまったシリングが、“ダークサイド”から戻ってくる日は来るのだろうか。

構成●SLUGGER編集部