NBAプレーヤーたるもの、キャリアで1度はチャンピオンになりたいと思うもの。しかし、なかにはチームの勝利に恵まれず、優勝はおろかプレーオフにも進めないまま現役生活を終えた者もいる。ここでは『Hoopshype』が取り上げた通算勝率が低い30選手を紹介する。

 Part.2は15〜1位まで一気に見ていこう。

■『Hoopshype』が発表した通算勝率が低い選手TOP30(*現役選手)
15位:テリー・デイビス(142勝338敗/29.58%)
14位:ジェフ・ハストン(145勝351敗/29.23%)
13位:マーキーズ・クリス*(75勝183敗/29.07%)
12位:ダグ・ウエスト(195勝481敗/28.85%)
11位:アル・ソーントン(85勝211敗/28.72%)
10位:クラーク・ケロッグ(74勝186敗/28.46%)

 現在ウルブズに所属するエドの父テリーは、1989年に創設2年目のヒートに入団。2年間で25勝に終わると、91年に加入したマブズでも1年目に18勝、2年目はわずか10勝(チームは11勝71敗)に。NBAでは10年間プレーしたが、プレーオフ出場は1度もなかった。

 79年のドラフト3巡目でニックスへ入団したレフティーPGのハストンは、マブズに移籍した81年から3年連続アシストでリーグ20以内にランクイン。キャブズ在籍時の82年1月のウォリアーズ戦では27本をマークしたこともあった。ただ、チームを浮上させるほどの力はなかった。
  現役で唯一、ワースト15に入ったのが今季途中までウォリアーズに所属したクリスだ。16年のドラフト1巡目8位でキングスに指名され、当日のトレードでサンズ入りしたビッグマンは、1年目の24勝がキャリア最高成績。2年目以降は移籍もあって毎年20勝以下、今季はケガもあり0勝(2敗)に終わっている。

 ウエストは89年に創設1年目のウルブズに入団。プロ3年目から先発の座を掴み、平均20点近くをマークした年もあったが、チーム成績は振るわず。プレーオフデビューを飾ったのは8年目の97年だった。しかし喜びも束の間、翌年に当時ドアマットチームだったグリズリーズにトレードされた。

 ソーントンは07年のドラフト1巡目14位でクリッパーズに指名。2年目には平均16.8点と好スタッツを残すも、自身の活躍がチーム成績には比例せず、10年2月にウィザーズにトレード。翌年3月に解雇され、NBAから姿を消した。82年のドラフト8位でペイサーズに入団したケロッグはルーキーイヤーに平均20.1点、10.6リバウンドと大活躍。コンバースからシグネチャーモデルが作られるなど将来を嘱望されたが、ヒザのケガに苦しみ25歳の若さで引退した。
 ■『Hoopshype』が発表した通算勝率が低い選手TOP30
9位:リー・メイベリー(139勝357敗/28.02%)
8位:ランディ・ホワイト(78勝203敗/27.76%)
7位:ドンテ・グリーン(70勝183敗/27.67%)
6位:マーカス・ファイザー(78勝211敗/26.99%)
5位:テリス・フランク(71勝193敗/26.89%)
4位:タイロン・ネズビー(66勝189敗/25.88%)
3位:ダグ・スミス(70勝226敗/23.65%)
2位:ブライアント・リーブス(87勝308敗/22.03%)
1位:ホリス・トンプソン(53勝212敗/20.00%)

 メイベリーは90年代に低迷していたバックス、創設時のグリズリーズ、ホワイトは万年最下位だった90年代前半のマブズ、グリーンは2000年代後半のキングスに在籍していたことが要因に。

 アイオワ大時代にオールアメリカンに選出され、2001年に鳴り物入りでブルズに加入したファイザーだったが、在籍4年間でわずか61勝(171敗)。自身もドラフト4位の高い期待に応えられず、27歳でNBAを去り、海外のチームを転々とした。

 5位のフランクは1年目にウォリアーズであげた19勝が自己最多。翌年チームはプレーオフに進出も、自身はロースター外に。その後、創設間もないヒートとウルブズに所属したことで、さらに勝率を落とした。

 ネズビーは99年にクリッパーズと契約し、2年目には自己最多の平均13.3点をあげた。3年目の途中にウィザーズにトレードされ、01−02シーズンにはマイケル・ジョーダンともプレー。だが、プレーオフには出場できず、シーズン終了後にヨーロッパへ。NBAの所属歴は11位のソーントンと同様だった。
  91年のドラフト6位でマブズから指名されたスミスは、2年目に42試合で先発を務め、自己最多の平均10.4点、5.4リバウンドをマークしたが、出場61試合でわずか4勝。逆に欠場時は7勝14敗と成績が伸びる皮肉な結果に。控えに回された94-95シーズンには自己最多の27勝(36敗)をあげたものの、2年目の壊滅的な成績が響いてワースト3位に入った。

“ビッグカントリー”ことリーブスは213センチ・125キロという立派な体躯を生かし、バンクーバーを本拠としていた時代のグリズリーズの中心選手として活躍。一方で1年目は13勝、2年目は14勝、3年目は16勝、4年目の99年はわずか5勝しかできなかった。以降はオーバーウェイトと背中のケガによってパフォーマンスが落ち、27歳で引退。プレーオフとは無縁のキャリアを送った。

 ワースト1位はトンプソン。203センチのスウィングマンは13年から3年半シクサーズに在籍し、256試合で平均7.9点、チーム歴代9位の3ポイント成功率38.6%とまずまずの成績を残したが、チームは戦力不足でまったく勝てなかった。なお、17年に加入したペリカンズでは9試合で3勝6敗だった。

構成●ダンクシュート編集部