多くのメジャー・リーグの投手たちが、粘着性の物質をボールに塗りつけてより回転数を高め、成績向上に結びつけている。ゲリット・コール(ニューヨーク・ヤンキース)やトレバー・バウアー(ロサンゼルス・ドジャース)らトップクラスの投手も例外ではなく、一大スキャンダルになっている。

 MLB機構も規制に乗り出す決定したこうした行為は、フェアプレーの観点からは褒められたものではない、というのは論を待たない。しかし、近年ではアストロズのサイン盗み騒動もあったように、その創成期からMLBでは常に不正行為が存在した。「ズルをしないのは勝とうとしていない証拠」という格言すらあるくらいなのだ。

 投手がボールに細工を加え、変化を与える不正投球は、昔から厳密にはルール違反であったものの、ほぼ合法と言っていいほど見過ごされてきた。最も一般的なのは唾をつけるスピットボール(スピッター)。20世紀初頭は多くの名投手が使っていたポピュラーな球で、彼らは唾が湧きやすいようニレの木の枝を口に含ませていた。
  他に異物を付着させる球としては、マッドボール(土)やグリースボール(潤滑油)がある。ボールに傷をつける系統では、シャインボール(ユニフォームなどで擦って表面を摩耗させる)、そしてエメリーボール。1910年にヤンキースの投手だったラス・フォードが編み出したこのボールは、サンドペーパーで傷をつけるもので、あまりにも効果絶大だったことから、他の不正投球に先駆けて15年に禁止された。

 20年にこうした投球はすべて違反となったが、それまでに使用していた者に限り使用が特別に許可され、17名の投手がスピットボールを投げ続けた。だが、彼らの引退後も隠れて投げる者は後を絶たず、ヤンキースで通算236勝を挙げたホワイティ・フォードや、ドジャースなどで通算324勝のドン・サットンら殿堂入り投手がのちに使用を告白したり、疑惑の目を向けられたりした。

 特に有名なのは60年代から70年代後半にかけて活躍したゲイロード・ペリーで、長年スピッターを使っていることを公言しつつも、最晩年の82年まで一度も現場を押さえられたことがない。通算314勝を挙げ、史上初めて両リーグでサイ・ヤング賞にも輝き、91年には殿堂入りもしている。

 日本的な感覚では、このような投手に最高の栄誉が与えられるのは理解しがたいが、同じく殿堂入り投手のボブ・ギブソンも「ルールがあろうとなかろうと、生き残るために投手はスピッターを投げるだろう」と言っているのは、弱肉強食のメジャーリーグならではだろう。

 比較的近いところでは、14年にヤンキースのマイケル・ピネイダ(現ツインズ)が、松ヤニの不正使用で10日間の出場停止になっている。今、MLBで問題になっているものも、松ヤニに日焼け止めなどを混ぜ合わせたものだ。

 そもそも今回の騒動には、MLBの公式球が非常に滑りやすい代物だという根本的な原因もあり、ニューヨーク・メッツの主砲ピート・アロンソも、しっかりコントロールされた球を投げてくれないと打者が危険だという理由で「どんな滑り止めを使ったっていい」と述べている。
  このように正面からの擁護ではなくとも、あまり表だって打者は不満を唱えてはいないのは、不正行為に関しては同じ穴の狢と言えなくもない……という面もありそうだ。アストロズのように投球サインを盗むのもその一つだが、飛距離を増そうとしてバット自体を改造する試みも古くから繰り返されていた。メジャー・リーグの誕生以前、1860年代からそうした記録が残っているほどである。

 違法バットで最もよく知られているのが「コルクバット」。バットに穴を開け、空洞部にコルクやゴムなど軽い物質を詰め込むと軽くなり、スウィングスピードが速くなるという原理だ。逆に鉛のような金属を埋め込むと、反発力が増すと考えられている。

 だが、ベーブ・ルースが重いバットを振り回して長打を連発するようになると、軽いバットでは飛距離が出ないとの考えから、軽量化を目的とした加工は流行らなくなった。大事なのはバットの重さではなくスウィングスピードだと、打者が気づくまでには長い時間がかかったが、60年代以降はノーム・キャッシュ、グレイグ・ネトルズら、違反バットを使う選手が散見されはじめた。
  70年代半ばまでは違反バットを使ってもただ没収されるだけだったが、やがて出場停止などの厳罰が科せられるようになり、90年代以降はメジャーを代表するスラッガーだったアルバート・ベルやサミー・ソーサの使用が発覚した際には大きな話題になった。

 もっとも、実際にはコルクバットの効果は疑問視されている。イェール大学の研究によれば「400フィート(122メートル)あたり1ヤード(0.9メートル)ほど飛距離が落ちる」ので、「普通に軽いバットを使った方がいい」らしい。

 コルクバット以外にも、溝を掘って蠟を流し込んだり、釘を打ちこんで強化したりといった工夫も試みられたが、打者の場合、どれだけバットに手を加えてもボールに当たらなければ意味がない。発覚のリスクを冒してまで試す価値のあるものではなさそうだ。

 野球には、他の競技に比べて不正が介在しやすい要素が多い。一つのボールを対戦相手も使うサッカーやバスケットボール、バレーボールでは、ボールに細工をしても意味がない。その点野球では、3アウトを奪うまでボールは守備側の手中にあって、攻撃側は関与できない。

 バットを使う点にも不正の余地が生じる。バスケットやバレーは素手だし、フットボール系の競技もシューズを加工して得られる効果は微々たるものだろう。だが野球では、木製と金属の例を見ても分かるように、使うバットによって飛距離に明らかな差が生じる。

 だからこそコルクバットのように、「飛ぶバット」を作る工夫がなされるのだ。サイン盗みが成立するのも、1球ごとにプレーが止まってサインが出る野球ならではの特徴であり、戦術が複雑なだけに、サインを盗む動機も強くなる。つまり、野球という競技の奥深さが、これらのさまざま不正を生み出してきたとも言えるのだ。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。