「もちろん批判も受けたよ。でも、振り返ってみると、あそこで成功の糸口を見つけることができなかったら、私のキャリアは早々に終わっていたかもしれない」

 去る11月22日、MLB公式サイト『MLB.com』で、元阪神タイガースのマット・マートンは、日本での6年間をそう振り返った。2011年に、イチロー氏が1994年に記録した210安打を塗り替える214安打を放つなど通算1020安打をマークした名助っ人にとって、日本での挑戦は間違いなく転換期だった。

 マートンの稀有なキャリアは脚光を浴び続けている。古巣でもあるシカゴ・カブスの専門メディア『Cubbies Crib』は、「2004年にノマー・ガルシアパーラを含めた大型トレードの一部としてレッドソックスからシングルA(4軍)クラスの外野手だった彼は、その後に移籍したロッキーズでも成功できずに日本へ渡り、すぐさま大きな成功を手にした」と回顧し、東洋の島国での飛躍ぶりを称えた。

「日本への移籍が正しいと確信させてくれた妻の存在もあって、阪神でプレーしたマートン。移籍当初の彼は周囲から活躍に疑念を抱かれながらも、決して惑わされることもなく、粘り強く戦い続け、最終的に日本の野球ファンから『阪神という人気球団で影響力をもたらした数少ない外国人』として認められた」
  2015年シーズンに惜しまれながら退団したマートンは、マイナーでのプレーを経て2018年1月に引退。現在は、カブスでフロントオフィス業に従事しながら、ナッシュビルにあるグレースクリスチャンアカデミーで後進の育成にも励んでいるという。

 そんな異国で活躍を遂げたマートンを「歴史的な海外での成功者」と称えた同メディアは、最後に本人のコメントを紹介した。

「日本行きは文化的にも非常にユニークで、多くを学ぶことができるチャンスだった。何よりも本当にクールな体験であったし、そうした経験ができる可能性を私は閉ざしたくなかったんだ」

 いまだ日本への愛を感じさせるマートン。「現場に関わっていきたい」と語る40歳は、いつの日にか、日本球界に貢献する日が訪れるだろうか。

構成●THE DIGEST編集部