サーブ&ボレーで試合に終止符を打った時、痺れを取り払うように手を振る仕草が、スコアに表れぬ激闘の内実を物語っていた。
 
「マッチポイントでは、彼は粘ってくるだろうから、びっくりするようなポイントを、リスクをとってやってみたら、うまくいったって感じです」
 
 ジョン・ケイン・アリーナに詰めかけた観客の多くは、人工股関節の大手術から奇跡的な復帰を果たしたアンディ・マリーに、情熱的な声援を送る。その声が止むまでサーブの手を止めたダニエル太郎に、主審は「タイムバイオレーション」を与えた。

「音が出ていたから止めたのに、ちょっとアンフェアだ」

 一瞬、心が乱れかけるが、すぐに「抗議しても変えられない。ポイントに集中しよう」と自分を諭す。

 ダニエルが値千金のサーブ&ボレーを決めたのは、その直後のことである。

 マッチポイントに象徴されるように、マリー戦のダニエルのプレーが以前と大きく異なることは、彼のテニスを以前から見てきた者の目には明らかだろう。

 ベースラインから下がらず、コンパクトなスイングでボールを左右に打ち分ける。特にマリー戦で効果的だったのは、フォアのループでカウンターを封じ、浅くなったボールを叩き込むパターンだ。
  今大会、予選も含めて、ループをここまで効果的に使った試合は無かっただろう。その戦術選択の背景には、ジョン・ケイン・アリーナという、コートの特性もあった。

「今大会のコートが速い」とは多くの選手が口にすることだが、アリーナはその限りではないようだ。ダニエルも「スタジアムコートは外のコートより遅いので、ああいうボール(=ループ)を使う時間もある」という。加えて、「マリーは、時間はくれる」という相手のプレースタイルも加味した上で、選んだ戦略がハマった。

 さらにこの試合でダニエルを支えたのは、最速で212キロを計測したサーブだ。それもスピードのみに頼るのではなく、コースと球種、さらには「3球目からの展開」のバリエーションにも長ける。82パーセントのブレークポイント阻止率、そして79%のファーストサーブポイント確率は、いずれも相手を大きく上回る数字だ。
  結果やプレーの変化が見られると、周囲は拙速に理由を求めたがる。
 
 だが、求道者のようにテニスと人生観を結びつけるダニエルは、「全てはプロセス」だと強調し、“転機”などに帰着はしない。

 ポジションを上げ、相手の球威も生かし攻めるテニスを標榜したのは、スベン・グローネフェルトをコートに招いた2019年末から。

「高さを使い、相手のリズムを崩す」武器を習得したのは、スペインを拠点とした10代の頃。そしてサーブはそれこそ、キャリアを通じ、模索し続けてきた命題。個々に磨いてきた心技体が、「練習量を増やした」ことで、今がっちりと噛み合った。
  尊敬するマリーを破ったダニエルだが、「ビッグ・デーだけれど、人生は止まらないので」と、信条にブレはない。

 初めて勝ちあがったグランドスラム3回戦で、ダニエルが挑むのは20歳の俊才ヤニック・シナー。ベースラインからの鋭いストロークを武器とする、今のダニエルと似たタイプの選手でもある。

 試合コートは、またもスタジアムコートのKIAアリーナが用意された。磨きをかける速攻と、スペインで築いた「高さを用いるプレー」を掛け合わせた新スタイルを披露するのに、格好のステージだ。

現地取材・文●内田暁

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