今季からDeNAに加わったメジャー通算83勝のトレバー・バウアーは、かつてこう言ったことがある。

「僕は生まれついてのアスリートじゃなかった」

 2020年にサイ・ヤング賞に輝いた男にしては弱気な発言だが、裏付けがないわけではない。バウアーは身長185cm、体重92kg。UCLAの同期で、現在はヤンキースのエースとして活躍するゲリット・コールは193cm、99kgであることを思えば、確かにやや小柄だ。そんなバウアーがなぜ、MLBで最高の投手に贈られる賞を受賞するほどの一流投手に上り詰めることができたのか?

 2019年に刊行された『The MVP Machine』(邦題『アメリカン・ベースボール革命』/科学同人刊)において、バウアーは「僕は作られたんだ」と述べている。もちろん、右腕が機械でできているとか、ドーピングで実力を上げたということではない。天性の才能ではなく、自分で考え、試行錯誤しながらトレーニングを積んで研鑽し続けてきた、という意味だ。
  高校時代、バウアーはコーチから炎天下のブルペンで投球動作中に右足だけで静止してバランスを取るという練習を命じられた。アメリカの高校野球では伝統的な練習方法なのだが、バウアーは少し取り組んだだけで拒否。「別に人の話を一切聞かないわけじゃない。悪いアドバイスは拒絶しているだけだ」と平然と言ってのけた。

 その代わり、バウアーは自ら開発したロングトスの練習を当時からずっと続けている。登板前の30分ほどの時間を、外野に出て遠投に費やす。大学時代には、この独自スタイルの練習を「投手として結果が出ている限り放任する」と監督に認めさせた。2011年ドラフト全体3位指名でプロ入りしてからも、ロングトスに苦言を呈するコーチや先輩捕手が後を絶たなかったがか、それでもバウアーはやめようとはしなかった。

『The MVP Machine』で、バウアーは実質的な主人公として扱われている。何しろ、プロローグの書き出しからしてバウアーの名前から始まるのだ。プロ入り後も、独自の研鑽に取り組んできた彼にとって飛躍の転機となったのが、最先端トレーニング施設『ドライブライン・ベースボール』との出会いだった。
  ドライブラインでは、重さの異なる6種類のボールを用いたピッチング練習や、モーションキャプチャーによる動作解析などを行っていた。そうした独自の科学トレーニング法に、バウアーは夢中になった。12年の創設当初から毎年通い詰め、1秒で最大5000コマ以上の撮影が可能なエッジャートロニックカメラを自ら持ち込んでさらにトレーニングの幅を広げた。

 ドライブラインでの取り組みを通して、バウアーはボールの球速だけでなく、回転軸や回転数、回転方向や変化量などを詳細にデータ化し、どのような指のかかり方や腕の角度であれば、より効果的な球種が投げられるのかを探求した。この過程を、バウアーは「ピッチデザイン」と名付けた。
  これによってバウアーの投球は大きく進化し、ついにはサイ・ヤング賞を獲得するまでに至った。そして、この「ピッチデザイン」の考え方は、他の投手にも大きな影響を与えた。2000年代前半のマネー・ボール革命以降、データ分析をチーム作りに活用することは当たり前になっていたが、選手育成における有効なデータの活用法はそれまで見出されていなかった。

 バウアーの成功によって、単に「ファストボールのスピードを上げる」「変化球の曲がり幅を大きくする」といった曖昧な目標ではなく、自分の感覚とデータの具体的な数値を組み合わせてピッチングを向上させる道が他の投手にも開けたと言っても過言ではない。

 今や、プロ・アマ問わず年間500人以上の選手がドライブラインを訪れ、データ分析によって自身の才能を開花させようとしている。その中には、日本プロ野球で活躍する多くの投手も含まれる。20年オフには、大谷翔平(エンジェルス)も受講して飛躍につなげている。バウアーは、道なき道を切り拓いたパイオニアと言ってもいい存在なのだ。

 ここまで4試合に先発して防御率6.86とNPBへの適応に苦しんでいるバウアー。だが、自分の課題を分析し、成績向上のための目標を具体的に設定してクリアする能力にかけては折り紙付きだ。今後どのようにピッチングを修正してくるのか楽しみだ。

構成●SLUGGER編集部