投手としてリーグ1位の90奪三振、同9位の防御率2.91。打者としても12本塁打は6位(いずれも5月29日現在)と、大谷翔平(エンジェルス)は今季も活躍を続けている。だが、彼がもしこれほどの成績を収めていなかったら、このような声が渦巻いていただろう。「開幕前にWBCに出場した影響に違いない」と――。

 毎回、シーズン開幕前の3月に開催されているWBCだが、出場者はそのために例年より早いペースで調整し、いつもなら肩慣らしの時期に全力でプレーしなければならない。怪我や不調の要因となりかねないから、開催時期を見直すべきだとの意見は少なからず聞かれる。

 日本では村上宗隆(ヤクルト)の不調がWBCの後遺症と言われていたが、メジャーでもそのような選手はいる。アメリカが優勝していればMVP間違いなしだったトレイ・ターナー(フィリーズ)は、開幕44試合時点で4本塁打、10打点。WBC6試合での5本塁打、11打点に届いていないと話題になり「ブーイングされるのも理解できる」と自分でも認めていたほど。ピークを3月に合わせてしまったせいでは、と言われても仕方ない。

 一方、WBCでの不調をシーズンにも持ち越している選手もいる。フリオ・ウリアス(メキシコ代表/ドジャース)はWBCでは9回を投げて7失点、開幕後も防御率4.39。昨年2.16で1位だった面影がない。
  不調ならまだいい方で、エドウィン・ディアス(プエルトリコ代表/メッツ)はWBC期間中の怪我でシーズン絶望となった。メジャー最高の年俸総額を誇りながら、勝率5割前後をうろつくメッツのバック・ショーウォルター監督は「我々はクローザーを失った。主力選手たちも長期間キャンプを離れた」と、低迷の原因をWBCに帰している。

 ベネズエラ代表のホゼ・アルトゥーベ(アストロズ)も準々決勝のアメリカ戦で死球を受けて骨折し、復帰したのは5月中旬。この2人は明白にWBCでの実害があった選手になる。アストロズはローテーション投手のルイス・ガルシア(ベネズエラ代表)、ホゼ・ウルキディ(メキシコ代表)も開幕後に相次いで離脱した。ガルシアに至ってはトミー・ジョン手術を受け、すでに今季絶望が決まっている。

 こうした例をみると、3月開催はマイナス面が大きく、改善が不可欠のようにも思える。だが、実際には大谷やマイク・トラウト(アメリカ代表/エンジェルス)などWBCでの疲れを微塵も感じさせない選手のほうが多い。日本でも話題となったランディ・アロザレーナ(メキシコ代表/レイズ)はア・リーグ4位のOPS.936、ルイス・ロバート(キューバ代表/ホワイトソックス)も4位の13本塁打。ルイス・アライズ(ベネズエラ代表/マーリンズ)は打率.376でナ・リーグ首位を独走中だ。レッドソックスに加入した吉田正尚も、開幕直後はいまひとつだったがすぐ調子は上向いた。 また、WBCでは14打数0安打だったジオ・アーシェラ(コロンビア代表/エンジェルス)は、開幕後は打率.318。ベネズエラ代表として18打数4安打に終わったロナルド・アクーニャ(ブレーブス)はナ・リーグ1位のOPS.986、22盗塁でMVP候補の筆頭に挙げられている。そもそもWBCの数試合で調子がどうこう言うのもおかしな話ではあるが、いずれにしてもシーズンへの影響は皆無だった。

 カルロス・コレア(ツインズ)、ホゼ・アブレイユ(アストロズ)、ロビー・レイ(マリナーズ)のように、WBCは不参加でも不調や故障に見舞われている選手も多い。当たり前のことだが、故障者はキャンプやオープン戦でも必ず発生する。ドジャース期待の若手ギャビン・ラックスはオープン戦で走塁中にヒザを痛め、手術を受けて今季全休となった。確かに“本気度”の違いからWBCの影響があった選手もいるだろうが、出場しなかった選手と比べて明らかに多いとまでは言えないだろう。 となれば、「3月開催見直し派」の主張も根拠は弱くなる。シーズン終了後(選手たちが疲れ切っている)やシーズン中(ペナントレースが長期間中断する)の開催にも問題はあって、むしろ開幕前の方が不都合は少ないくらいだ。

 どう配慮しても、怪我はつきもの。ディアズを失ったメッツファンには気の毒だが、運が悪かったと思ってあきらめるしかない。次回のWBCも「完璧ではないがおそらく最適」(ロブ・マンフレッド・コミッショナー)である3月に行われ、また同じような議論が蒸し返されるのだろう。

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。