ダラス・マーベリックスは、今年のプレーオフのファーストラウンドでロサンゼルス・クリッパーズ、カンファレンス・セミファイナルでオクラホマシティ・サンダーをそれぞれ4勝2敗で退けてカンファレンス・ファイナルへ駒を進めた。

 ミネソタ・ティンバーウルブズとのカンファレンス決勝では3連勝を飾り、早々に王手をかけて迎えた5月28日(日本時間29日)の第4戦。マブズはホームのアメリカンエアラインズ・センターで100−105と惜敗し、決着は30日(同31日)の第5戦以降にお預けとなった。

 とはいえ、圧倒的に優位な状況は変わらない。NBAのプレーオフで0勝3敗から4連勝でシリーズを制したチームは皆無。イースタン・カンファレンス決勝でインディアナ・ペイサーズ相手に4連勝で突破したボストン・セルティックスと対戦するのは、マブズというのが大方の予想だ。
  今年のマブズはルカ・ドンチッチ、カイリー・アービングによる歴代屈指のオフェンシブデュオが中心。その周囲をウイング陣(PJ・ワシントン、デリック・ジョーンズJr.、ジョシュ・グリーン)、ダニエル・ギャフォード、デレック・ライブリー二世、マキシ・クリーバー、ドワイト・パウエルらビッグマンが支えている。

 そんななか、28日にジェイソン・キッドHC(ヘッドコーチ)が、2011年の優勝チームと今年のチームの比較という難しい質問に対して、次のように語っている。

「2011年チームの方が良かったと言っておこう。あのチームには私がいた。それにダークがいた。彼をイラつかせたくはないしね(笑)」

 キッドHCが語った“ダーク”とはもちろん、マブズ一筋21シーズンをプレーしたダーク・ノビツキーのこと。

 213cmのビッグマンは当時キャリア13年目の32歳。レギュラーシーズンは平均23.0点をあげてオールNBA2ndチームに選ばれると、プレーオフでは21試合で平均27.7点、8.1リバウンド、2.5アシストにフィールドゴール成功率48.5%、3ポイント成功率46.0%(平均1.1本成功)、フリースロー成功率94.1%と大暴れ。チームを初優勝に導きファイナルMVPに輝いた。 2011年のマブズは、レギュラーシーズンで57勝をあげてウエストの第3シードを獲得。ポートランド・トレイルブレイザーズとのファーストラウンドを4勝2敗で突破すると、コビー・ブライアント率いる2連覇中のロサンゼルス・レイカーズをセミファイナルでスウィープ、カンファレンス・ファイナルではケビン・デュラント(現フェニックス・サンズ)、ラッセル・ウエストブルック(現クリッパーズ)擁するサンダーを4勝1敗で退けた。

 ファイナルではマイアミ・ヒート相手に1勝2敗の劣勢から3連勝で巻き返し、4勝2敗でシリーズ制覇。この年のヒートはレブロン・ジェームズ(現レイカーズ)、ドゥエイン・ウェイド、クリス・ボッシュによる“スリーキングス”結成初年度で、下馬評はヒート有利の展開ながら絶妙なケミストリーで大方の予想を覆してみせた。

 当時のマブズにはノビツキーの周りにスコアラー兼ハンドラーのジェイソン・テリー(当時33歳)、万能ディフェンダーのショーン・マリオン(同33歳)、リムプロテクターのタイソン・チャンドラー(同28歳)、リーダーとして攻守両面でいぶし銀の働きが光ったキッド(同38歳)など、経験豊富な役者が揃っていた。

 4月11日に米メディア『Clutch Points』で公開された記事の中で、キッドHCは今年と2011年のチームについてこうも分析している。
 「最も重要なのは、チームだということ。我々はルカとカイ(アービングの愛称)のことについてたくさん話している。だがその周りに数多くのピースがあってこそなんだ。その点は、2011年のチームにすごくよく似ている。

 あの時はダークとテリーについて話されていたが、チームには相手の注意をあまり引かないベテラン陣がたくさんいた。彼らがそれぞれの役割を把握し、ハイレベルで仕事をこなしていたんだ。すべては勝つためにね」

 当時のキッドはキャリア晩年で、チーム最年長としてプレーオフを迎えたが、全21試合に先発出場し、平均35.4分間プレー。平均9.3点、4.5リバウンド、7.3アシスト、1.90スティールに3ポイント成功率37.4%(平均2.0本成功)をマーク。アシスト数(153本)とスティール数(40本)、3ポイント成功数(43本)は、同年のプレーオフでリーグ最多を誇った。

 2024年と2011年のマブズ。両メンバーを誰よりも知るキッドがそう語るのだから、この2チームには似通っている部分があるのだろう。

 とはいえ、今年のマブズが当時の優勝チームに肩を並べるためには、ウエスト決勝を突破し、ファイナルで球団史上2度目のリーグ制覇を達成することが条件となる。

「誰もスタッツなんて気にしていなかった。あのチームの中で何人かはアウォードを勝ち獲る可能性もあった。だが最終的に、全員がチームのこと、お互いのことしか気にかけていなかったんだ」

 そう当時を振り返るキッドHCが、2011年に味わった経験を、ドンチッチやアービングをはじめとする今の選手たちへ伝達し、再び頂上決戦に舞い戻るか。第5戦以降も引き続き注目だ。

文●秋山裕之(フリーライター)

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