【名馬列伝】稀代の“貴婦人”ジェンティルドンナ。三冠馬オルフェーヴルに臆さない闘志、有終の美を飾った有馬記念…最強牡馬たちとの激闘譜<後編>

THE DIGEST9/3(火)17:11

【名馬列伝】稀代の“貴婦人”ジェンティルドンナ。三冠馬オルフェーヴルに臆さない闘志、有終の美を飾った有馬記念…最強牡馬たちとの激闘譜<後編>

第32回ジャパンCでオルフェーヴル(左)と激烈な叩き合いをハナ差で制したジェンティルドンナ(右)。写真:産経新聞社

 2012年に史上4頭目の牝馬三冠を達成し、エリザベス女王杯(GⅠ)ではなく、古馬牡馬との対戦となるジャパンカップ(GⅠ)を選んだジェンティルドンナ。フォワ賞(仏・GⅡ)を制し、凱旋門賞(仏・G1)で”あわや”のシーンを作った2011年の三冠馬オルフェーヴル(オッズ2.0倍)、春にクイーン・エリザベスⅡ世カップ(香港・G1)でビッグタイトルを初めて手にしたルーラーシップ(オッズ5.4倍)の2頭にこそ支持率で先んじられたが、それに次ぐ単勝3番人気(オッズ6.6倍)の3番人気に推されて、彼女はゲートに入った。

 このレースが、のちに物議を醸す”激しすぎる戦い”となる。

 逃げを打ったのは春の天皇賞(GⅠ)を制したビートブラックで、向正面からはピッチを上げて大逃げの態勢に持ち込む。ジェンティルドンナは好スタートから離れた2番手を進み、後方で構えていたオルフェーヴルも第3コーナーから徐々に位置を押し上げて3番手で最終コーナーを回る。そして迎えた直線。先に仕掛けたのはオルフェーヴルで、ビートブラックに並びかけていくと、そこへ内からジェンティルドンナも差し争いに加わる。

 しかし、ビートブラックとオルフェーヴルの間が狭くなり、進路がふさがったジェンティルドンナは前の2頭の間に馬体をねじ込むようにして、強引に進路を確保した。そのとき、オルフェーヴルは2度、3度とジェンティルドンナに馬体をぶつけられて体勢を崩しかけたが、こちらも強者。2頭は後続を突き放して150mほど激烈な叩き合いを繰り広げるがお互い譲らず、馬体を併せた状態でゴール。写真判定の末、ハナ差先んじたジェンティルドンナに軍配が上がった。3歳牝馬の優勝はジャパンカップ史上初の快挙となった。
  だがレース後、直線でジェンティルドンナの進路の取り方が審議の対象となり、降着こそなかったものの、手綱をとった岩田康誠は2日間の騎乗停止処分を受けた。オルフェーヴル陣営からは「納得がいかない」という不満の声が聞かれ、ファンからも「あれは降着が妥当だったのでは」という声が多数上がった。

 この件に関する賛否について、筆者は判断する立場にはない。しかし、これだけ激しいレースとなりながら、馬体をぶつけたジェンティルドンナも、ぶつけられたオルフェーヴルも戦意を失わず、2頭が最後まで死闘を演じ切ったことに身震いするような感動を覚えたのは確かだ。

 この年は7戦6勝、「牝馬三冠」「ジャパンカップ」という極めて優秀な成績を収めたジェンティルドンナはJRA賞で最優秀3歳牝馬、年度代表馬のタイトルを手にした。 翌13年、いよいよ”貴婦人”は海外へと打って出る。

 じっくりと休養をとった彼女は、3月末のドバイミーティングに遠征。”ぶっつけ”でドバイシーマクラシック(G1、メイダン・芝2410m)に出走。ブリーダーズカップ・ターフ(米G1)などG1レース4勝の強豪、アイルランドのセントニコラスアビー(St Nicholas Abbey)との争いになり、いったんは並びかけたものの、そこからは一気に突き放されて2着に甘んじた。

 帰国後の宝塚記念(GⅠ、阪神・芝2200m)はゴールドシップの3着、夏の休養を挟んで出走した秋の天皇賞(GⅠ)ではジャスタウェイの2着に敗れたジェンティルドンナ。それまでは岩田康誠を主戦としていたが、連覇がかかるジャパンカップへ臨むにあたって、陣営は短期免許で来日した世界的名手のライアン・ムーアに手綱を託す決断を下した。
  この決断が吉と出る。道中はエイシンフラッシュ、トーセンジョーダン、ヴィルシーナを前に見ながら4番手を進むと、手綱を押さえたまま直線へ。そこからじわじわと脚を伸ばして残り300mで先頭に立ち、外から急襲してきた3歳牝馬のデニムアンドルビーをわずかにハナ差抑えてゴール。ジャパンカップ史上初となる連覇を果たしたのだった。

 この年の勝ち鞍はジャパンカップの一つのみだったが、同レースの連覇が強いインパクトを与えることになり、JRA賞最優秀4歳上牝馬のタイトルを獲得した。 ジェンティルドンナ陣営は、5歳となった2014年もドバイ遠征を敢行することを発表。前回と違うのは、遠征前に日本で”ひと叩き”してから向かうことで、2月の京都記念(GⅡ)に参戦するが、やや余裕残しの仕上げも影響したか6着に終わった。

 しかし、その後のジェンティルドンナは見込み通りの上昇曲線を描き、ドバイでは万全の仕上がりを見せる。ここで再びライアン・ムーアを鞍上に迎えたドバイシーマクラシックでは、逃げるデニムアンドルビーを前に見て、中団のインコースをキープ。ペースが上がった最終コーナー手前から馬群の外へ持ち出す算段を立てていたようだが、周囲をブロックされていたためそれは果たせず、馬群に包まれたまま直線へ入る。

 そして、脚を伸ばしたところで前が詰まる大ピンチを迎えるのだが、ここでムーアは大胆な策に出る。いったん位置を下げて外へ進路を取ったのだ。すると、溜まりに溜まったジェンティルドンナの末脚が爆発。欧州G1戦線を賑わすフランスのトップホース、シリュスデゼーグル(Cirrus des Aigles)とデニムアンドルビーを差し切って、2年越しのリベンジを果たしたのだった。
  帰国後のジェンティルドンナは精彩を欠いた。川田将雅とコンビを組んだ宝塚記念は直線で伸びを欠いて9着に大敗。天皇賞(秋)は先行策からいったんは先頭に躍り出たが、猛追したスピルバーグに3/4馬身差し切られて2着に惜敗。そして、3連覇の偉業を目指したジャパンカップでは三たびライアン・ムーアを鞍上に招いたが、エピファネイア、ジャスタウェイ、スピルバーグの古馬牡馬の壁に阻まれて4着に終わった。

 秋シーズンの前に、石坂調教師はジェンティルドンナは天皇賞とジャパンカップを使って現役を引退するというプランを発表していた。しかし、一部メディアに「ジェンティルドンナは終わった」「衰えた」と報じられたことに対して大いに反発。オーナーサイドと協議の末、シーズン前に発表したプランを撤回して、年末の有馬記念をラストランとすることを決断したのである。 これまでの2年は、ジャパンカップを終えたら有馬記念をパスして休養に入ってきたジェンティルドンナ。そのせいもあって、最後の一戦が未経験の中山。それもトリッキーな2500mコースに挑戦するという意味で、いくらかの不安材料もあった。しかし、石坂調教師は「ジェンティルドンナはコースなど気にしない強さがある」と強気の発言を繰り返した。

 その思いは、またも実る。ゴールドシップ、エピファネイア、ジャスタウェイ、フェノーメノ、デニムアンドルビー、ヴィルシーナという強豪が顔を揃えた大一番。天皇賞(秋)で2着した戸崎圭太に手綱を託し、単勝4番人気で出走したジェンティルドンナは、4番枠という利を生かして早々と3番手をキープする。

 直線へ向くとエピファネイアが先頭に躍り出るが、ジェンティルドンナは外からじわじわと脚を伸ばして、それを交わしてわずかに先頭へ。そこへトゥザワールド、ゴールドシップ、ジャスタウェイらが激しく迫るが、ジェンティルドンナは最後まで粘り通し、2着のトゥザワールドに3/4馬身差をつけて快勝。自らの花道をグランプリ制覇という華やかな勝利で飾った。GⅠレース7勝という記録は当時、父ディープインパクトと並ぶ最多勝利タイ記録だった。

 レース後には引退式が行なわれ、ジェンティルドンナはドバイシーマクラシックを制した際の馬着を付けて、ファンに別れを告げた。そして、2014年度のJRA賞では最優秀4歳上牝馬とともに、2度目となる年度代表馬のタイトルも手にしたのだった。
  ジェンティルドンナの競走生活は、トレセンに入厩したばかりの2歳時に石坂正が感じた「牝馬の枠には収まり切らない馬」というインスピレーションを一つひとつ現実化していくような4年間だった。そのチャレンジと実績の積み上げが歴史的名牝との評価を引き寄せたのである。

 2015年から繁殖入りしたジェンティルドンナは、18年産のジェラルディーナ(父モーリス)が22年にエリザベス女王杯を制し、ついに産駒からGⅠホースが誕生した。15歳にはなったが、まだ彼女の子どもたちから目を離すことができない。

文●三好達彦

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