バークレーが兄貴分と慕っていた好漢マローン。同世代のマジックやバードとは一線を画した異色のヒーロー【レジェンド列伝・後編】<DUNKSHOOT>

THE DIGEST9/19(木)17:26

バークレーが兄貴分と慕っていた好漢マローン。同世代のマジックやバードとは一線を画した異色のヒーロー【レジェンド列伝・後編】<DUNKSHOOT>

マローンは1982-83シーズンに平均24.5点、15.3リバウンドを奪取。加入1年目から抜群の存在感を放ち、シクサーズを優勝に導いた。(C)Getty Images

■アービングとコンビを組み念願のチャンピオンに輝く

 個人としては頂点を極めたマローンにとって、残る目標はチームとしての勝利だけだった。ロケッツは81年にファイナルに進出したが、レギュラーシーズンは40勝42敗と負け越しており、事実上マローンのワンマンチーム。彼1人の力で勝つには限界があった。

 1982年オフ、制限付きFAとなったマローンはフィラデルフィア・セブンティシクサーズが提示した6年1320万ドルのオファーシートにサインする。ジュリアス・アービングやアンドリュー・トニーらを擁し、前年もファイナルに出ていたシクサーズなら、マローンの夢を叶えるだけの戦力があった。一旦はオファーにマッチしたロケッツも、マローンの移籍の意志が固いと判断して結局はトレードに応じた。

 優秀な選手のひしめくチームに移り、マローンの個人成績は多少ダウンしたが、そんなことを気にするはずもなかった。「金は十分に稼いだ。でも優勝は金じゃ買えない。今欲しいのはそれだけだ」

 それでもなお平均24.5点、4度目のタイトルとなる15.3リバウンドは、3度目のMVPを手にするには十分な数字だった。

 何より、 現役最高のセンターが加わったシクサーズは完璧になった。レギュラーシーズンをリーグ最多の55勝で終え、ポストシーズンの抱負を訊かれたマローンは答えた。「fo’ fo’ fo’」――― 4、4、4、すなわち各ラウンド全勝での優勝宣言だった。
  傲慢とも受け取れるこの予告は、もう少しで実現するところだった。1回戦はニューヨーク・ニックスをスウィープ、カンファレンス決勝でミルウォーキー・バックスに1敗したものの、ファイナルではロサンゼルス・レイカーズに4連勝。平均26点、18リバウンドと大暴れしたマローンが、ファイナルMVPに選ばれたのは当然だった。

■晩年はチームメイトにビッグマンの極意を伝授

 マローンは決して付き合いやすいタイプではなく、チームメイトともコート外では距離を置いていたし、メディアに対する態度もそっけなかった。地元紙の記者がインタビューを申し込んだ時 「300ドルならOKだ」と言ったこともある。金が欲しかったわけではなく、拒絶するのが目的だったのだ。

 だが、84年にシクサーズに入団したチャールズ・バークレーは、誰よりもマローンを兄貴分として慕っていた。「モーゼスはずっと俺を見守り続け、話し相手になってくれた。彼がブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)へトレードされた日は、俺の人生で一番悲しい日だった」とまで言っている。アキーム・オラジュワンもマローンに弟子入りし、センターとしての極意を伝授された。とっつきは悪くても、本質は人間味にあふれていたのだ。
  30代半ばにさしかかる頃には、オラジュワンやロビンソン、パトリック・ユーイングら新世代のセンターたちに押され始めた。控えに格下げされ、得点は1桁にまで落ち込んだ。 それでもなお、マローンはコートに立ち続けた。8年ぶりにシクサーズに戻った93−94シーズンは55試合すべてベンチ出場、プレータイムは10分程度でも、与えられた仕事をこなして元MVPのエゴは微塵も感じさせなかった。最後はサンアントニオ・スパーズに在籍し、1207試合連続ファウルアウトなしの記録を継続したまま、40歳で引退した。

 20年近くも第一線に居続けられたのは、70〜80年代のNBAを蝕んでいた麻薬と無縁だったこともある。

「あの頃はどこへ行ってもクスリがあったけど、絶対に手を出さなかった。タバコさえ吸わなかったのにクスリなんてとんでもない。身長が高いんだから、それ以上“ハイ”にならなくてもいいんだ(笑)」
  マローンの活躍にもかかわらず、その後もNBAでは高卒のスター選手は長い間現われなかった。ケビン・ガーネットが成功して以降、コビー・ブライアントやレブロン・ジェームズが続いたが、元デューク大の名将マイク・シャシェフスキーは「リーグ全体が若くなった今と違って、モーゼスは周囲が大人ばかりの環境に飛び込んでいった点が違う」と指摘している。

 同世代のラリー・バードやマジック・ジョンソンに比べ華やかさには欠けたマローンだが、彼のようなブルーカラータイプのヒーローがいたからこそ、NBAはより多彩で魅力のあるものになったと言えるだろう。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2012年8月号原稿に加筆・修正

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