鬼にされた妹・禰豆子を人間に戻すため、鬼殺隊の剣士となった少年・竈門炭治郎と人喰い鬼との戦いを描く伝記ファンタジー「鬼滅の刃」。待望の第2期「遊郭編」(毎週日曜夜11:15-11:45、フジテレビ系)スタートを前に、9月25日には『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のテレビ初放送が行われた。

劇場でも、そして今回の放送でも多くの人が涙したと思う名エピソードだが、中でも強く焼き付けられたのは若き炎柱・煉獄杏寿郎の生き様だろう。物語中には彼の生き方の原点を知る重要なキーワードとして、“母の教え”があった。それは杏寿郎にとってどんな意味を持つものだったのか、改めて考えてみたい。

※本記事には原作ストーリー及び、映画「無限列車編」に関するネタバレが含まれます。

■杏寿郎の生き方を決めた亡き母の教え

古くから続く鬼狩りの名家・煉獄家に生まれ、今代の炎柱に就く煉獄杏寿郎。柱とは、鬼殺隊員を区分する10の階級のさらに上に立つ、最高位の剣士たちのことを指す。現在は9名の剣士が柱に名を連ね、それぞれが数多の鬼を葬ってきた。柱は全ての鬼殺隊員の目標であるが、下位の隊員にとってはその威圧感から畏怖の対象にもなっている。杏寿郎もその例に漏れずの存在だが、彼には他の柱とは決定的に異なる点が1つある。それは、負の感情とも言える、暗さや棘のような感情を一切感じさせないことだ(恋柱・甘露寺蜜璃も違う意味で同様だが)。

杏寿郎はつねに覇気と生気にあふれ、強き者として立つ威風堂々とした姿を見せる。そして人を愛し、言葉に宿るのは、人を守るという鬼殺隊としての曇りなき使命感だ。鬼殺隊員の大勢にあるような、恨みや憎しみではない。杏寿郎が鬼と戦う理由は、弱き人たちを守るためである。そんな彼の信念の形成には、亡き母が残した言葉が大きく影響している。杏寿郎の母・瑠火は体が弱く、しかし、凛として心は強い人だった。杏寿郎がまだ幼い頃、瑠火は「なぜ自分が人よりも強く生まれたのか わかりますか」と問うている。

「弱き人を助けるためです 生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は その力を世のため人のために使わねばなりません」
「弱き人を助けることは 強く生まれた者の責務です 責任を持って果たさなければならない使命なのです 決して忘れることなきように」

最後に、「母はもう長く生きられません」「あとは頼みます」と杏寿郎を強く抱きしめながら涙する。死期を悟った母が送る最後の教えであり、杏寿郎に託された使命と約束だった。

母の死後、杏寿郎の目標であり、当時の炎柱であった父・槇寿郎は酒におぼれ、剣を捨て、杏寿郎に見向きもしなくなる。それでも杏寿郎は母との約束のために、幼い弟・千寿郎のためにも強くならねば、強い自分でいなければならなかった。指南書のみを頼りに1人修練を積み、柱にまで登り詰めるのは厳しく、さびしい道のりであったに違いない。そんな杏寿郎の心の支えとなったのは、間違いなくこのときの母の言葉だろう。

■ただ1人、幸せな夢を見なかった杏寿郎

無限列車内で炭治郎、善逸、伊之助とともに魘夢の夢に囚われたとき、杏寿郎はただ1人、幸せな夢を見ない。杏寿郎の夢は夢でありながら、父に罵倒される過去のさびしい現実の記憶であった。炭治郎が家族との平穏な日常を夢見たように、魘夢が見せた夢は相手が望む幸せな世界のはずだ。

ではなぜ、杏寿郎は幸せな夢を見なかったのか? それは見なかったのではなく、“見られなかった”からなのかもしれない。あのとき、家を離れてしまった自分への後悔しかない炭治郎と違い、杏寿郎は母の死を“人の生”として受け止めている。これはその後に現れる猗窩座との対峙から分かることだ。

「老いることも 死ぬことも 人間という儚い生き物の美しさだ 老いるからこそ 死ぬからこそ 堪らなく愛おしく 尊いのだ」

人間の老いをさげすみ、不死の鬼になれと誘う猗窩座に対して、杏寿郎はこうはね付けている。母の死は悲しいものであったが、生を全うしたものだ。あのときに託された使命があり、今の自分がいる。致命傷を負った死の淵で脳裏に蘇るのも、先の母の言葉であった。もし母が生きていたら…。そんなありもしない夢想で母の死を否定し、あの日の約束、今日まで進んできた道をなかったことにすることを無意識に拒んだ結果が、あの夢だったのではないだろうか。

■母の言葉に支えられ、母の言葉に救われた杏寿郎

「俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!」

窮地に立ちながら、なお衰えぬ闘志で戦い抜き、炭治郎たちをはじめ無限列車の乗客200名全員を守り切った杏寿郎。弱き者、人を守るためだった彼の戦いは鬼殺隊の柱であること以前に、母から託された煉獄家の男としての責務だったのだ。

戦いを終えて、杏寿郎は亡き母と再会する。「母上 俺はちゃんとやれただろうか やるべきこと 果たすべきことを全うできましたか?」と不安げに問う杏寿郎に、母は「立派にできましたよ」と微笑みかける。母の言葉に支えられ、母の言葉に救われた杏寿郎は、穏やかな笑顔を見せてこの世を去った。

なお、「無限列車編」のことではないため蛇足かもしれないが、父・槇寿郎については映画公開時、先行入場特典で配布された「煉獄零巻」から触れておきたいことがある。詳細は控えるが、この零巻収録のエピソードで、父が自分たちに急に冷たくなったのは、「死なせたくないから」なのかもしれないと考える杏寿郎の胸中がある。「無限列車編」後の原作では杏寿郎の訃報に人知れず涙する槇寿郎の姿が描かれており、零巻でのことを知ったあとに見るとただの悲しさではなく、悔しさも伝わる絵となっている。愛情の裏返しである父の突き放した冷たい態度。仮にそうだとして、それに気付いていた杏寿郎にとっては、もしかしたら過去の夢は決してさびしいだけの記憶ではなかったのかもしれない。