動画配信サービスParaviにて、今の時代を牽引する若きスターたちに密着取材したドキュメンタリー番組「Real Folder」Season3の独占配信が開始された。Season3の記念すべき第1回目はピアニスト・角野隼斗への密着取材だ。

■「ピアノという音の美しさを伝えなければならない」

クラシックを軸にジャズ、ポップス、ロック、ゲーム音楽などジャンルを超えて取り込みコラボレーションする角野はもはや“ピアニスト”という肩書きだけには留まらない活躍ぶりだ。

角野と言えばピアノと鍵盤ハーモニカを同時に演奏しアニメソングなどをアレンジして見せるYouTube動画の印象もあるが、演奏だけでなく動画撮影・編集の全てを本人が担っており、原曲や作品の世界観を壊すことなく、ピアノだからこそ表現できる繊細さや華やかさを加えた美しいアレンジも見事だ。

そこには「ピアノという音の美しさを伝えなければならない」という思いがあるようで、角野はずっと自分が楽しそうにピアノの音色と戯れるところを見せることで、ピアノについて、あるいは少し敷居が高く感じられるかもしれないクラシック音楽についてもっと知りたい、仲良くなりたいと思う人を増やそうとしてくれているようにも見える。

そのためにもちろん「クラシック音楽」の本質的な変えてはいけない部分は守りつつ、圧倒的に“変えることができそうな部分”をずっと探り続けているようだ。そうすることで自身にも周囲にも変化を促し、ずっと拡張し続けるより自由で幅広い音楽表現を獲得しているように思える。

■「唯一になりたい」

「ビッグドリームを語らないのはパーフェクショニストだから」とした上で「唯一になりたい」と話す角野は、自身がやりたいことやオリジナリティを追求しつつも、自分の音を守るというような閉じたものや頑なさ、排他的な硬さがあるわけではなく、常に外部に対しても開けていて、周囲と相互に及ぼし合う影響やその場で生まれる生のライブ感こそを全身に浴び楽しんでいるように見える。

コンサート本番にリハーサルとは異なるアドリブを披露することで他の演奏者と楽屋で会話が生まれることを楽しみ、アップライトピアノの演奏動画では、録音済みの音源ではなくその場での生演奏を要望し偶発的なリアルをより好む。ドラマのメインテーマのレコーディング現場ではクリック(ガイド音)に支配されたくないと、音楽が予定調和に支配されてしまうことを何より敬遠しているようだった。

■「社会に役に立っている実感が欲しい」

公私共に親しいという音楽家・鈴木優人は、角野のラジオ番組の最終回ゲストとして招かれた際にも彼の「瞬間瞬間でクリエイトしていくスピリット」について触れていた。角野自身もインタビューで「誰も発見していないことを誰もが面白いと思う形で作品にできたら楽しいでしょうね」と答えていたが、自分がやりたいことと周囲の反応、どちらも置いてけぼりにしないバランス感覚や、どちらも楽しめてこその本質を追求しようとする姿が滲む。

自己満に終わってしまうのではなく、限られた人の理解だけを求めるのでもなく「好きなことはやってたいんですけど社会に役に立っている実感が欲しいんですよ」という角野のモットーとそれを本気で体現しようとしていることこそが、彼を既に唯一無二たらしめているのだろう。

そんな角野が新たな挑戦を詰め込んで臨んだのが自身最大規模の全国ツアー“Reimagine”。「300年前の作品と現代の作品を並列に捉えることで、クラシック音楽を生きた音楽としてシームレスに捉え直す」というクラシックコンサートとしては異例の新旧音楽を交互に弾くという試み。またそこでアップライトピアノを取り入れるだけでなく、その音色を変化させるために調律師と相談し皮やフェルトを用いて一緒に新しい音を作っていく。パイプオルガンのサプライズ演出など豊富な演奏シーンが観られるのもこのドキュメンタリーの嬉しいところだ。

■「毎回怖い。怖さと楽しさ」

軽々と新たな取り組みに着手しているかに見えて「毎回怖い。怖さと楽しさ。結局楽しさが勝つから辞められない」という本音も覗く。後日談だがこのアップライトピアノは「子どもたちに音楽をつなぐ」というコンセプトの下、全国を旅するプロジェクトも始動しているようだ。

ピアノを愛しているからこその知的好奇心や探究心、ピアノと自分自身への期待、そして日々の鍛錬やセッションの賜物である領域を超え縦断無尽に行き来できるような表現の幅や瞬発力が彼の自由な発想や捉え方を可能にしているのだろう。

密着中も「日本を離れなきゃなって」とこぼしていた角野はSNSによると4月にはニューヨークに拠点を移していた。全てが有言実行だ。「唯一であること」を「世界的に見ても自分でしかできない何かがある」と言い換えた角野。偶発性を面白がれる彼にしか発見できない何かが誰もが面白いと思える形に昇華された作品に立ち合わせてもらえる日を今から楽しみにしたい。

文:佳香(かこ)