林遣都が主演を務める音楽劇『浅草キッド』が、10月8日(日)〜22日(日)に東京・明治座にて上演される。ビートたけしが浅草・フランス座での下積み時代を描いた同名自伝小説を原作とし、“ビートたけし”の誕生と芸人たちの生き様に迫る青春物語だ。映画化・ドラマ化もされた作品が初の舞台化とのことで、主演の林に北野武を演じる意気込みや、過去にドラマ「火花」でも演じた芸人という役どころの魅力、そして芸事に人生を捧げる芸人たち同様、真摯に芝居に向き合う林自身の姿勢について語ってもらった。

■役作りの一環として歌にも向き合っていけそう

──本稽古が始まったところだと伺いましたが(※取材は8月下旬に実施)、現段階での手応えを教えてください。

間違いなく楽しい舞台になると思います。どの年代のお客様にも楽しんで帰ってもらえるものになっていると思います。とにかく音楽がたくさん盛り込まれていて、いろいろなジャンルの素敵な音楽にどっぷり浸かることができるので、お芝居だけの舞台とはまた違ったものをお届けできると思います。

──2019年の舞台『風博士』も、歌を感情を表現するツールの一つとして使う作品でしたが、今回はそのときとはまた違った難しさや楽しさを感じているのでしょうか?

『風博士』のときは歌がお芝居に入ってくるということが初めての経験だったので、ひたすらがむしゃらにやっていて、今振り返ると力不足だったなと思うことばかりでした。その『風博士』のときに歌唱指導という形で入ってくださっていた益田トッシュさんが、今回は音楽監督で、あのときできなかったことを、より時間をかけて指導いただいています。また、脚本・演出の福原(充則)さんが、今回なぜ音楽を入れたかということについて、「『浅草キッド』の登場人物はシャイな人ばかりで、喧嘩したりすぐ人とはぶつかるけど本音はなかなか言えない、素直じゃない人達がたくさん出てくるからこそ、歌で本音の部分を描きたい」というようなことをおっしゃっていたんです。そのお話を聞いて、ちょっと肩の荷が下りたというか、役作りの一環として歌にも向き合っていけそうだなと思いました。

──タップダンスはいかがですか?

タップは楽しいです。舞台では実際に音を鳴らさないといけないのでプレッシャーはありますが、RONxII(ロンロン)さんというタップ界のトップの方に教えていただいているので、信じて頑張りたいと思っています。

■ビートたけしの本質的な部分を、自分の中に落とし込みたい

──今回は若き日の北野武さんを演じられます。武さんにはどのような印象をお持ちですか?

以前、番組でご一緒する機会があり、知らないことがないんじゃないかと思うくらい博学で、すぐにいろいろなトークが生まれて、そこには必ずユーモアがある。トークをしている間もずっとボケていらっしゃって、常に笑いを追求し続けてきている方なんだなと改めて感じました。同時に、演じる上でいろいろな書籍も読んだのですが、いわゆる“世界のキタノ”というイメージではない部分も垣間見えて。自分たちと同じように息苦しさを感じたり、人との出会いによっていろいろな道を切り開いていった方。シャイで繊細な方だと思うんですけど、そこも含めて人のネガティブな部分やマイノリティな部分を、ずっと笑いやユーモアに変えてきた方なんだなと感じました。

──そんな武さんを演じますが、どのようなアプローチで近付けようと考えていますか?

簡潔に言うと、あまり近付こうという意識はないんです。近付けようとしてもちょっとやそっとで近付ける人じゃないと思うので、武さんの生い立ちや生き方に目を向けています。僕も人間関係を築くのが上手な方ではないので、そのあたりに共感する部分があって。あとは自分の感覚に悩んだり、人の目が気になったり、といった部分にも共感できます。武さんはそれでいて、そういう人間にしかできない表現があるということをいろんな場面で言葉にされていて、そこに僕自身が勇気をもらったりもしています。そういった武さんの本質的な部分を自分の中で落とし込んで、人物像を作っていけたらと思っています。

■他者に対するライバル心も自分の原動力に

──林さんはドラマ「火花」でもお笑い芸人を演じられましたが、芸人を演じる面白さや難しさはどのように感じていますか?

役者も芸人さんと近い部分があると思うんです。自分の芸を磨くため、面白い表現をするために、私生活を豊かにしようと意識的に日々生活しているからこそ、刺激的な人生を送っていて、そこに触れられるのが面白いなと思っています。難しさは、「火花」のときに感じたのですが、漫才は数ヶ月で習得できるものじゃないなと。本当に漫才やコントで大成しようとしている方は四六時中そのことを考えていて、そういう姿を見たときに、ちょっとやそっと真似してもできないと思いました。

──芸人さんは賞レースなどもあって、俳優以上に芸人同士での争いのようなものもありますが、林さんは俳優として他の俳優に対してライバル意識を持つことはありますか?

あまり言いたくないんですけど、以前はかなりありました。正解がない分、人と比べて自分がわからなくなることもありましたし、今も多少はありますけど……。でもそんな自分に対して否定的にもなりたくないので、今は、そういう気持ちがあってよかったなと思っていますし、それが原動力になっていることは間違いないとも思っています。

■舞台では初めて、口数の少ない役を演じる

──本作の脚本・演出を手掛けるのは福原充則さん、林さんは以前、福原さんの作品を見て衝撃を受けたそうですが、実際に福原さんの演出を受けてみていかがですか?

たまらないですね。毎日ワクワクしています。すごく印象的だったのが、本読みを始める前に言われた言葉で、「とにかく間違えてください。本を読んでそれぞれ皆さんが感じたことをそのまま自由に出してください」ということをおっしゃったんです。全ての登場人物に対して、深いところまで見たいからって。そういうところから、福原さんはどの俳優にも期待してくださっているんだなと感じました。福原さんとご一緒するこの期間は、自分にとって本当に大事な時間になるんじゃないかなと思っています。

──現時点で、ご自身の新たな引き出しみたいなものが開いている感覚はありますか?

今回、口数の少ない、ナイーブな役どころになっていて、今まで舞台では明るい役が多かったので声を張れたのですが、今回は舞台上で“言葉を届ける”という意味では表現に迷うなと、台本を読んだ時点で思いました。映像で届く表現とは違うものが必要になりそうだなと。でもそれを福原さんに相談したら「相手にさえ届けていたら、相手のリアクションで届くこともある」という新しい考えをくださったんです。もちろんこの先、仕上げていく中で必要なことは出てくると思うんですが、現時点ではまずは相手と会話してもらえればと言っていただいて、なるほどなと思いました。

──北野武さんを演じるということや、映画にもドラマにもなっている「浅草キッド」を舞台化するということに対して、プレッシャーは感じますか?

どの現場に入る前も、稽古初日の1週間前くらいから不安や緊張を感じてすごく憂鬱になるのですが、今回は歌とタップの練習を早い段階からやらせていただいています。しかも福原さんの脚本や、益田トッシュさんが生み出した音楽の数々、RONxIIさんに教わるタップという頼もしい布陣で、「こんなの面白いに決まってるじゃん」と思える要素しかないので、それが自分のプレッシャーをかき消してくれているという感覚です。

■今の自分は「力をつけなきゃいけない時期」

──林さんが演じるビートたけしさんは芸事に魅了された方ですが、林さんはお芝居や俳優という仕事に対してどのような魅力を感じていますか?

自分のお芝居や、関わった作品によって、誰かの人生に影響を与えたり、誰かのためになる可能性を秘めた仕事だと思うんです。そういう瞬間に出会えたり、反応をもらえたときに、すごく誇らしい仕事なんだと感じることができます。

──そんなお芝居を、ドラマや映画、舞台と様々な作品で見せてくださっていますが、ご自身では、俳優としての現在地をどのように捉えていらっしゃいますか?

力をつけなきゃいけない時期なのかなとは感じています。それこそ武さんもそうですけど、どの芸事においても、やり続けることができている方々は、博学だったり、いろいろなスキルを持っている方が多くて、やっぱり自分を磨き続けてないといけない仕事なんですよね。だから20代の頃以上に、日々いろいろなことを経験して、どれだけ日々を大切に過ごせるかだなと思っています。

──キャリアもあって実力もある林さんから「力をつける時期だ」という言葉が出たことに驚きました。ご自身では力不足だと感じる場面もあるのでしょうか?

いつも感じています。100パーセント満足することはなくて、いつでも自分が向上するきっかけになる人に出会いたいし、変化がないところにいてはいけないと思っています。そういう意味では、舞台は映像の現場以上に皆さんと一緒にいる時間が長くて、役者の先輩方や演出家さんなど、皆さんといろいろなお話ができる時間があり、僕はそれがプラスになるので舞台をやっているところもあるんです。そうやってしっかり今の自分を更新していかなければ、ここには居続けられないなと思っています。

──そんな気持ちで挑む音楽劇『浅草キッド』ですが、この作品でどのような成長をしていたいと思っていますか?

ここまで歌ったり踊ったりするのは初めてなので、自分のことを少しでも興味を持って見てくださっている方には、新しい姿を見せられたらと思っていますし、自分もそこを楽しみにしているところがあります。あとは福原さんやトッシュさんといった、自分にはない感性を持っている方達と関わっているだけで、自分自身が変わっていけると思いますし、吸収していきたいです。

■取材・文/小林千絵
撮影/友野雄
ヘアメイク/竹井 温(&’s management)
スタイリスト/菊池陽之介