「もう1度やり直したいんだ…」3年前に別れた男からの想定外の告白に、30歳女が抱いた違和感

「もう1度やり直したいんだ…」3年前に別れた男からの想定外の告白に、30歳女が抱いた違和感

東京には、全てが揃っている。

やりがいのある仕事、学生時代からの友だち、お洒落なレストランにショップ。

しかし便利で楽しい東京生活が長いと、どんどん身動きがとれなくなる。

社会人5年目、27歳。

結婚・転勤などの人生の転換期になるこの時期に、賢い東京の女たちはどんな決断をするのだろうか。

東京の荒波をスマートに乗りこなしてきたはずの彼女たちも、この変化にうまく対応できなかったりもする――。

最終回の今日は、それぞれの苦悩から3年後、美羽の結婚式で再会した彼女たちを見てみよう。

大学時代、テニス部キャプテンだった貴美子は会社の先輩である誠との結婚を夢見るも別れてしまう。

その後淡々と日々を過ごす貴美子だったが、別れてから3年経ったある日、ある大きな転機が訪れた。



File10:貴美子、30歳の場合


結婚式の二次会も終わり、すっかりお開きとなったタイミングで、杏奈が「少しお茶しない?」と声をかけてくれた。

独身ふたりが囁き合っているのに気づいたのか、有希もアイコンタクトをしてくる。そして3人でもう少し話そうと、『スラッシュカフェ』に向かった。

軽めの前菜をいくつか注文し、オリジナルビールで再度乾杯する。

気付けば、独身はこの3人だけ。既婚者組は披露宴の後すぐ、それぞれの家族の元へと帰って行った。今頃自宅に着いているはずだ。

杏奈は、会社の転勤で行っていた香港から帰国。今は元彼の興した会社の立て直しに必死で、「公私共によきパートナー」なんて悠長なことを言っている状況ではないらしい。

転職エージェントで働く有希は、同じような業界で働く男とはつい張り合いそうになるから、と癒し系の年下男子と付き合いだしたばかりだという。

「それでどうしたの、相談って。貴美子、なんか疲れていない?」

杏奈のくっきりとした眉尻が、心配そうに下がっている。私はここ最近の出来事を話そうと、一口ごくりとビールを飲んだ。


幾つになっても悩みは尽きない。30歳になった貴美子を悩ませていることとは?

3週間前、特に予定のない金曜の夜のことだった。

この日は週明けが楽になるよう、事務仕事を片付けていた。数年前までは予定のない金曜日など考えられなかったけれど、今や慣れっこだ。

誠と別れてから、いい雰囲気になる男性はいたものの、なかなか本気の交際まで発展しないまま、月日が流れた。

仕事は、没頭した分だけ結果を連れてきてくれる。人事企画部に異動し採用の一端を担うようになり、私は日々仕事に邁進していた。

ちょうどスマホが震え、LINEの新着を告げる。その相手に驚き、人もまばらなフロアで思わず「え」と声を出してしまう。

元彼の、誠だった。

―誠:急にごめん。今東京にいるんだ。今夜、会えないかな。店はここ。

急な連絡に戸惑うも、努めて冷静に返事をする。

―貴美子:久しぶり。ほんとに突然だね…笑。わかった、後ほど。

指定された『春秋 ツギハギ 日比谷』のドアを開けると、3年前と全く見劣りしない、32歳の男の姿があった。

「久しぶり。来てくれてありがとう」

日本酒やワインを傾け、海の幸を味わっていると、仙台での日々が蘇る。漁港の近い仙台は、海鮮系の店が充実していた。メニューを覗き込み、あれもこれも食べたい、これは今度真似して家で作ってみようとはしゃいでいたあの頃。

ぎこちなさが少しずつなくなって来たタイミングで、私は姿勢を正して言った。

「それで…」

今日は急にどうしたの、と続きを言う前に、誠も座り直す。



「俺…東京に戻って来たんだ。先週から。色々あって、転職した。今度こそ、転勤はない。ずっと東京にいる」

ええっ、と思わず大きな声を出す。

聞けば、上司と対立したことがきっかけで、シンクタンクに転職したのだと言う。対立の理由は、上司が後輩にミスをなすりつけたのを指摘したことがキッカケだそうだ。

この人は本当に、熱い男だ。熱いことが欠点になるくらい。こういう熱いところ、真直ぐなところが好きだったんだよな。

もし3年前にその状況だったら、じゃあ結婚、という流れになっただろうな、とぼんやりと考える。

でも、3年前と今は違う。

体力や肌の変化は言わずもがな、3年前と比べて変わったのは、意識だ。

27歳の頃は、東京にしがみつく手段の一つくらいに思っていた仕事。それなのに30歳の今になると、もはや「朝起きて働いて帰って寝る」が自分の一部のようになっている。

美味しいレストランもかなり行った。お洒落なショップも数年前ほど刺激的に感じなくなった。働くというリズムさえあれば、極論場所はどこでもいいのだ、とさえ思えてくる。

誠が改まった態度のまま、少し頭を下げて、言った。

「もう一度、やり直したいんだ。俺、大阪で考えていたんだけど、やっぱり貴美子と一緒にいたい。もし…貴美子もそう思ってくれるなら、また連絡くれないかな。結婚を前提にやり直したい。」

東京にはもうこだわらない。それに私だって、私の中の一番はまだずっと誠な気がする。

けれど何かが心の片隅に引っかかっていて、「少し時間をちょうだい」としか、返事ができなかった。



「それでそんなに悩んでるのか…悩み事に真っ向からしか立ち向かえないところ、全然変わらないね、貴美子」

香港生活中にすっかりウイスキーにはまったという杏奈は、パーティーメイクにネイビーのタイトなドレスという女性らしい恰好をしていても、ロックグラスを傾ける仕草が様になっている。

「座ってから気付いたけどさ、ここも結婚式場だよね」

八芳園から賑やかに出てくる同じ年頃の女性たちを横目に、ベージュのドレスに身を包んだ有希が、ビールを勢いよく飲む。へへ、と情けない笑い声が出る。

「それでさ、返事はどうするの。もう3週間も経つんでしょ」

「…まだ決めかねてる」

「その心は?」

「今このタイミングでやり直したら、彼に寄りかかってしまうことになるのかなって。」

ほう、と2人が同時にのけぞる。

「自分に厳しくし過ぎてる。20代で過酷な環境に身を置き過ぎたね、私たち」

「そうだね、完全に。仕事脳になってる」

有希も暮れてゆく東京の空を眺めている。

土曜の夕方。オレンジ色から段々と藍に変わる空に、気付けば自分の年齢を重ね合わせてしまっていた。


20代で足掻き続けた彼女たち。東京暮らしに、何を思うか?

自立するということ


「もしかして私、自分1人の力で立つってことにこだわり過ぎてるのかな」

ややあって、有希が返してくれた。

「うん、その気持ちわかるよ。私もちょっと前までさ、『この人の前では完璧でいなきゃ』『この任務は完璧にこなさなくちゃ』って…平気な顔で自立してなきゃ、自分ひとりの足だけで立ってなきゃって、がんじがらめになってた。

落としちゃいけない重たい荷物何個も持って、嵐に突っ込むみたいな。」

「確かに。でも、今は、得意不得意とか、自分がどんなとき凹むかとかわかってきたかも。それを受け入れられてるだけ、昔よりマシかもなあ」

杏奈が空のグラスを弄んでいる。

自立するということは、自分一人の力だけで立つということではない。一人の力だけでは生きられない自分の弱さを認めること。2人と話していてそんな風に思った。

「私も誠も、弱い人間なんだよなあ…」

どんどん藍に染まって行く空を見上げて、ひとりごとのようにつぶやく。

「ヒデキもだよ」「タイシもだよ」

自分のパートナーらしき男の名を口にし、私たちは沈黙する。



「今晩は私が作るね。この間一緒に見つけたあのレシピ、簡単そうだったし」

「じゃあ明日は俺が適当に。帰り遅くなりそう?」

「うーん、たぶん9時くらい。」

「俺もそれくらい。今日は洗濯したいなー」



最寄駅までの朝の道を急ぎながら、誠とこんな会話を交わすようになって半年。

結婚を前提にやり直すのだったらまず1年間、一緒に暮らしてみませんか、と提案したのは私だ。

「お互い無理はしない。相手にいい顔しない。おかしい、やりづらいと思ったことはきちんと話し合う。それを踏まえた上で一緒に住もう。3年前のあの時は、誠も私もきちんと本音を話していなかったから。

30代の時間は貴重よ。たくさん働いて、たくさん話し合って、変化を乗り越えていきたいの。自分と誠のために」

貴美子、変わったな、と面食らう誠。でも口元は微笑みがあった。

この街は、ひとりぼっちで踏ん張るには、自分を飲み込もうとする誘惑が多すぎるかも知れない。

でもふと周りを見渡せば、必ず自分を知っていてくれる人がいる。気にかけてくれる人がいる。

そして近づいたり離れたりしながら、いつかどこかでまた自分と接点を持ってくれることもある。その接点は、過去にもがいた数だけ増えるかもしれない。

今の私にとって、この街に長く暮らすとは、そういうこと。

「じゃ、また夜に。行ってきます」

「うん、じゃあね。行ってきます」

誠の姿を隠す雑踏を形成する、無数の人々。そんな人ひとりひとりに大切な存在がいるのだ。

だからもがくことはあるかもしれないけど、今日もきっと大丈夫。

見慣れた東京の空から分厚い雲が切れ、隙間から青空が顔を出していた。


Fin.



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