サヨナラH:“夫婦ごっこ”を終えた、37歳女の孤独な夜。離婚後の傷心を癒した、昔の男との思い出とは

サヨナラH:“夫婦ごっこ”を終えた、37歳女の孤独な夜。離婚後の傷心を癒した、昔の男との思い出とは

一つの時代が、終わりを告げようとしている。

「M T S H  年  月  日」

書類などで、生年月日を記入する欄に書かれている「M T S H」の文字。ここに、もうすぐ新しい文字が加わるのだ。

「H」という、31年と少し続いた時代が終わろうとしている今、東京カレンダーでは「H」を象徴するようなエピソードを振り返ります。

あの日あの時、あなたは何をしていましたか?

初回は、神楽坂に住む美和(37歳)の思い出を紹介します。



もしかしたら、私の人生は後悔ばかりかもしれない。


平成が終わる2019年の今年、私の短かった結婚生活も終わりを迎えた。

4年間の結婚生活は、過ぎてみればあっという間で、「結婚の100倍大変」なんて言われる離婚さえも、簡単にあっけなく終わった。

どちらかに大きな落ち度があるわけでもなく、小さなケンカを繰り返すうちに、二人で一つ屋根の下にいる理由がお互いにわからなくなってしまい、その結果が離婚だったというだけ。

所詮、子供のいない夫婦なんてそんなものなのだろう。恋人同士の延長の、夫婦ごっこのようなものだったのだ。

転職して5年目。私が勤めているIT系の会社のお給料は、女一人が東京でそれなりの生活水準で生きていくのに、困らない程度はもらえている。

また、それなりの蓄えはあり一部は投資に回しているから、老後への不安がゼロとは言えないまでも、「なんとかなるよね」という楽観的な気持ちもある。

だから、離婚をそんなに大ごとには考えていなかった。

けれど実際に元夫との同居を解消すると、多少のダメージを受けている自分に気づくことはあった。


美和が後悔を募らせる理由と、離婚直後の複雑な心境とは?

4年ぶりの一人暮らしは、最初はやっぱり寂しく思う時もあって、そんな時に私は、LINEの「友だち」に入っている「あ行」の人たちから男女問わず誘いまくるようにして食事に行き、一人になる時間をなるべく減らすようにした。

誘いやすい友人たちを一巡した頃にはすっかり一人暮らしの快適さを思い出し、簡単なおつまみを準備してNetflixやAmazonプライムで映画を観ながら、厳選したワインを1本空けるのが週末の楽しみになっていた。

私は、数シーズンにわたって何十話も続くような海外ドラマを見続けることができない性分だから、とにかく映画をたくさん観た。

洋画も邦画も、新しいものから古い作品まで。とにかく家で持て余した時間を埋めたかったのかもしれない。

よく、懐かしい音楽を聴くと、その当時の思い出が蘇るというけど、それは映画も同じだった。

ある映画を観て、私は自分の人生が後悔ばかりのように思えてしまったのだ。

それは、生暖かい雨が降る土曜の夜だった。





朝から続いた雨のせいで出かけるのも億劫になり、Uber Eatsで頼んだ大盛りのサラダと週末用に買っていた白ワインを準備して、テレビの前に座った時。画面上にずらりと並ぶタイトルの中から、タイタニックが目に入ってきた。

いつもだったら2時間半を超える映画にはなかなか手が出ないから、3時間以上もあるタイタニックは選ばないのに、いつも以上に時間を持て余していた私は、この映画を選んだ。

タイタニックは、平成に公開された映画の中で、千と千尋の神隠しに次いで2番目の興行収入だと聞いたことがある。

映画が公開されたのは、1997年の12月。多くの人と同じように、私も映画館に観に行った。

高校生だった私は、当時付き合って間もなかった洋平と、緊張しながら並んでスクリーンに向かっていたことを、今でも鮮明に覚えている。

当時、全席指定じゃなかった映画館には通路に座って観ている人も沢山いて、私たちは座れるよう1回飛ばして、次の回の列にずっと並んだ。あの頃は他愛もない話で、何時間でも喋っていられた。

洋平のコートのポケットには、500mlの飲み物が左右1本ずつ入っていて、お腹のあたりが不自然に膨らんでいる姿がとても面白くて、私は何度も笑っていた。

洋平のコーラと、私のカルピス。

高校生の私たちには映画館の飲み物は高くて買えなかったから、近くの自動販売機で買っておいたものをこっそり忍ばせていたのだ。

それから22年後の今。神楽坂の部屋にある40インチのテレビでタイタニックを観ながら、私は洋平のことを思い出しているのだから不思議だ。

洋平とは名古屋の高校生だった時から付き合い始めたが、大学進学に合わせて私は東京に来て、彼は京都へ行ってしまった。

遠距離になっても私たちの付き合いは続いていたけれど、まだ10代だった二人にとって、東京と京都というのは、果てしなく遠い場所だった。

大学1年生の夏休みに名古屋で会ったのを最後に、洋平との関係は終わりを迎えた。

「大学を卒業したら、結婚しようね」

本気でそんな会話をしていたのに、時間と距離を乗り越えられず、私は東京の部屋で一人、何度も泣いた。

それでも、1年も経つと私はすっかり東京に馴染んでいて、美人と評判の友人に誘われては社会人との食事会に頻繁に顔を出すようになっていた。

最初は怖々と参加していた食事会だったけれど、どんな対応をしていれば男の人が喜ぶのかも、すぐに覚えた。

人が易きに流れるのは簡単で、東京の少し特殊な文化に馴染むのもあっという間だった。


東京に馴染んだ美和が、夫に出会うまで。

これで帰ってねと渡された一万円札を、どうすればいいのかわからず大切にとっておいたのは最初の3回だけ。4回目に一万円札を渡された時には、高校生の時にファストフードで5時間のアルバイトを終えた後と同じ、達成感のようなものを噛み締めていた。

「美和ちゃんは美人で、育ちの良さが滲み出てるよね」

男の人にそう煽てられ、自分でも少し調子に乗っていたとは思う。でも、いつまでもこの快楽的な毎日が続かないことも、私は何となく知っていた。



東京には、若くて美しい女に贅沢させることを生きがいとする男が沢山いる。だから私は、30歳までと決めて、男性から受ける恩恵に目一杯甘えることに決めたのだ。

一流のレストラン、高価なバッグにアクセサリー、芸術品のような靴が私の前に差し出された。レストラン偏差値は、同世代の女の子の中ではかなり高くなっていた思う。

そうして東京に馴染むほどに、洋平のことを忘れていった。

31歳の時に、映像制作会社を経営する元夫と出会い、「この人だ」と一目惚れした私は、すぐに彼と付き合いだして結婚した。

東京に出てきて10年ちょっと。

いろんな経験をして、年上の男の人に甘えて、頃合いを見て卒業。

その時々ではいろんな悩みを抱えてはいたけど、それでも自分はうまくやったと思っていた。東京の楽しい部分を上手に味わった後、自分の理想と現実にきちんと折り合いをつける。夢ばかり見るのはとっくの昔にやめていた。

それなのに、結婚4年で離婚。

やっぱり、私の人生は後悔ばかりだ。恋愛上手になったつもりでいたのに、結局は失敗しているのだから。


平成という時代で、美和が失ったものと、手に入れたものとは?

出航するタイタニック号を見ながら、苦々しい現実を思い出す。そんな気持ちを飲み込もうと、白ワインをひとくち流し込み大きくため息を吐く。

窓を叩く雨音に気を取られないよう、私はしばらくの間、ジャックとローズの馴れ初めに見入る。

ワインをボトルの半分くらい飲んだ頃、テレビ画面には、ジャックの部屋がある三等客室に行ったローズが、ドレスの裾をたくし上げて踊る姿が映っていた。陽気な音楽にダイナミックな映像で、ローズの高揚感がよく描かれている。



22年前、このシーンで、隣に座っていた洋平が音楽に合わせて小さく足でリズムを取っていたのを、今でもよく覚えている。白いコンバースの、規則的な動き。

タイタニックを観てからの22年間、沢山の恋愛をして、「この人」と思った相手と結婚した。それは、ずっと目指していた恋愛のゴール。

でも離婚という現実で、せっかく進めた人生の駒をまた振り出しに戻されたような、そもそも何も進んでいなかったことを痛感させられたような、そんな気分だった。

「ローズが最後に掴まってた板ってさ、ジャックも掴まるスペースあったと思わない?」

これは、タイタニックを観終わった後、近くのマクドナルドに入ってシェイクを飲みながら、洋平が言った言葉。

それに対し私は、映画のロマンチックな雰囲気をぶち壊された気がして「そんなスペースはなかった」と必死で反論した。そして仮にもしジャックが死ななければ、ローズと結婚して幸せな家庭を築いたはずだと、洋平を相手に熱弁をふるったのだ。

でも22年経って現実の厳しさを知った私は、もしジャックが死なずにローズと結婚しても、二人はきっと別れたんだろうなと考える。

22年も経つと、同じ人間が同じ作品を見ても、考えることはこんなにも正反対になってしまう。

そんな風に変わってしまった自分がなんだか可笑しくて、私はまたひとくちワインを含む。

当時は新進気鋭の若手俳優だったディカプリオだって、今ではすっかり渋みを蓄えた中年大御所俳優になってしまった。すべての人が、22年という時間を平等に過ごしてきたのだ。

きっと、平成が終わって次の時代になっても、死ぬまでにもう一度くらいはタイタニックを観る機会があるだろう。その時の私は、ローズとジャックの物語にどんな感想を持つのか。

もしかしたら、今は全く思いつかないような感想を言っているのかもしれない。そう考えると、これからの人生がちょっとだけ楽しみになる。

テレビの中では、タイタニック号が氷山にぶつかる寸前だ。

もう、20代の頃のような若さも、男の人に無邪気に甘えられるようなしたたかさも失ってしまった。

沢山のものを失い、変な器用さを覚えた。

後悔ばかりの人生、と思ってしまうこともある。結婚に失敗したとも思う。この22年間に何度も繰り返してきた恋愛も、全然うまくなってない。

ただ、映画を観ながら一つだけ気づいたこともある。

タイタニックを観たあの頃も、元夫と結婚した頃も。私は、いつも必死で恋をしていた。

それは、後悔なんかではなく。


▶NEXT:3月25日 月曜配信予定
ある女にとって人生の転機となった、2005年の社会現象とは


タイタニックが公開された1997年(平成9年)の、主な出来事

・流行語は「失楽園(する)」
・1997年の漢字は「倒」

◆3月
・フジテレビがお台場の新社屋から放送開始
・ナゴヤドーム完成

◆4月
・消費税が3%から5%に増税
・「ポケットモンスター」が放送開始

◆7月
・映画「もののけ姫」が公開
・フジロックフェスティバルが初開催

◆9月
・PHSの契約者数がピークを迎える

◆11月
・山一證券が破たん

◆12月
・東京湾アクアラインが開通


あなたの1997年(平成9年)は、どんな年でしたか?


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