サヨナラH:普通の女が“モテ女”に変貌した理由。金銭感覚が麻痺した彼女の、危うい私生活とは

サヨナラH:普通の女が“モテ女”に変貌した理由。金銭感覚が麻痺した彼女の、危うい私生活とは

一つの時代が、終わりを告げようとしている。

「M T S H  年  月  日」

書類などで、生年月日を記入する欄に書かれている「M T S H」の文字。ここに、もうすぐ新しい文字が加わるのだ。

「H」という、31年と少し続いた時代が終わろうとしている今、東京カレンダーでは「H」を象徴するようなエピソードを振り返ります。

あの日あの時、あなたは何をしていましたか?

今回は、経営者の夫・10歳の娘とともに南青山の低層マンションでリッチに暮らす友里恵(37歳)が主人公。

彼女の人生を変えたOL時代・2005年に起きた、ある出来事とは?



いつの世も変わらぬ女たち


ヘアサロンからの帰り道。

骨董通りを歩く私は、吸い込まれるようにして『LADUREE青山店』に足を踏み入れた。

−ほんと、見ているだけで幸せ。

芸術的に美しいケーキたちをうっとりと眺め、どれにしようかと迷っていると、背後の客席から若い女性の声が聞こえてきた。

「聞いて。私、お金ないのにまた爆買いしちゃって。カードの請求がマジで恐ろしい」

「私もなんだけど。っていうか、女ってほんとお金かかる。20万そこそこのお給料で足りるわけがないよ」

振り返ると、世知辛い会話とは似つかない華やかな女の子たちだった。年は20代前半、だろうか。

手入れされた髪、メイクも丁寧で、ファッションもそれなりの物を身につけている。「綺麗になりたい」という熱意が、その外見からひしひしと伝わってくる。

…思わず、大きく頷いてしまいそうになった。まるで昔の自分を見ているかのようで。

20代前半。私も彼女たちとまったく同じ状況だった。いや、もっとどうしようもなかったかもしれない。

精一杯背伸びをして、見栄を張って。可愛くなりたい、愛されたいと願っていた。

そのためには、“身の丈”になど合わせていられなかったのだ。


“ある女性”の存在が、友里恵の人生を変えた。2005年を象徴する社会現象とは

あれは私が23歳の時だから…2005年、今から14年前のこと。

都内の女子大を卒業した私は、美容系サプリメントを開発・販売する会社に就職した。

いわゆるベンチャーに就職を決めたのは、単純に大手に受からなかったから。私たちの世代は就職氷河期で、名の知れた人気企業への就職は狭き門だったのだ。

営業だけは絶対嫌だと思っていたら、広報部というちょっとばかり華やかな部署に配属が決まってそれだけが救いだった。

しかしその程度で仕事に対するモチベーションは上がらない。毎朝、満員電車に揺られながら、私はいつも同じことばかり考えていた。

−こんな毎日、いつまで続くんだろう−

地味で、平凡で、特別なことなど起こりようもない日々。そこに一筋の光が差し込んだのは、本当に突然のことだった。



「花谷です。よろしくお願いします」

会議室で名刺を差し出した花谷という男に、私は一瞬で心を奪われた。

一目惚れ、というのはまた違う。言葉にするのが難しいが、目と目が合った瞬間の胸の高鳴りが、彼が特別な存在であることを私に教えていた。

花谷は、某大手広告代理店の新営業担当。前任が異動になり担当が変わったらしい。30歳だというが、年齢よりかなり若く見えた。

これまで打ち合わせに来ていた担当者はもっとおじさんで、やたらと肌艶の良いギラギラした男だった。今日もその人が相手だとばかり思っていたから…ああ、メイク直しもしてこなかった。まったく、私のおバカ。

その日の打ち合わせは、恥ずかしながらまるで内容を理解しないまま終わってしまったことを覚えている。

花谷の知的でスマートな物言いに感心したり、時折見せる甘い笑顔にキュンとしたりするのに忙しかったのだ。


それから間もないある日のこと。

打ち合わせの際、メンバーが揃うのを待っている時、花谷が「そういえば」と雑談を始めた。

「この間、とある撮影で“エビちゃん”に会ったんですよ。いやー可愛かった。あまりに可愛くて、仕事だってことも忘れて興奮しちゃいました。あんな彼女のためなら、なんでもしてあげたくなりますね」

そう語る彼の表情は高揚し、実に嬉しそうだ。

−花谷さん、エビちゃんみたいな女性が好きなのか。

エビちゃんとは、某赤文字系雑誌の専属モデルの一人だ。

2005年当時のエビちゃん人気は凄まじく、誌面で彼女が着用したアイテムはどれもこれも即完売。“エビ売れ”などという言葉まで生まれたほど。

巷にはエビちゃんに憧れ、ファッションはもちろんヘアスタイルや仕草に至るまでを完コピするOLが急増。彼女たちは“エビちゃんOL”と呼ばれ、一種の社会現象にまでなっていた。

全方位に愛されるモテ・ファッションで、“可愛い”を全身で表現する。それが“エビちゃんOL”の基本姿勢。

私も彼女の人気はもちろん知っており、可愛いなぁとは思っていた。奇しくも名前が一文字違いという共通点があり、勝手に親近感も覚えていた。

ただ…パステルカラーのツインニットに白のふんわりスカート、とかパフスリーブのギンガムブラウスに白カプリ、とか。「見てみて。私って可愛いでしょ♡」と言わんばかりのファッションを自分がするのは、なんだかこっ恥ずかしい。

…しかし花谷が好きだと言うなら話は別だ。彼に好かれるためなら、ミーハーと呼ばれようが量産型と言われようが構わない。

私はその日、帰り道に雑誌を買って帰り、エビちゃんが出ているページを熟読した。

花谷が好きだというエビちゃんに少しでも近づきたい。可愛くなりたい。愛されたい。

まるで高校生のような乙女心が、私の外見を、中身を、どんどん変えていった。


エビちゃんOLを目指す友里恵。しかしその裏には、涙ぐましい努力があった

まるで狂気の沙汰…“エビ売れ”の実態


「お取り置きしたいので、店舗につないでいただけますか?」

毎月23日のお昼休み。慌ててオフィスを飛び出した私が電話をかけるのは、エビちゃんOL御用達ブランドが揃う伊勢丹新宿店である。

代表電話から店舗に取り次いでもらい、私がすることはもちろん目当てのアイテムの取り置きだ。

「あの…今月号でエビちゃんが着ている」

しかしそこまで言ったところで、テンション高めのショップスタッフに遮られた。

「198ページのコットンワンピですよねー?そちら、つい先ほど取り置き分で完売してしまってぇ…」

最悪だ。一足遅かった。しかし諦めきれない私は、ダメ押しで粘る。

「今日の閉店までに必ず伺うので、もしキャンセルが出たら私の分を取り置きしていただけますか!」

ダメ元で念押して、泣く泣く電話を切った。そしてすぐにもう一度代表電話にかけ直す。次は“prideglide(プライドグライド)”でビジュー付ちびパーカーを取り置きしてもらうのだ。

…事情を知らぬ人には狂気の沙汰に思われるかもしれない。

しかし大げさではなく、雑誌でエビちゃんが着用したアイテムはここまでしないと手に入れられなかった。そしてこの“レア感”に、購買意欲をさらに掻き立てられるのだ。

当然、私は毎月末、カードの引き落としに怯えなくてはならなくなった。

23歳のOLが、美容系ベンチャーで稼げる金額など知れている。しかも私は三軒茶屋で一人暮らしをしていたから、家賃・光熱費・通信費などを支払ってしまったら、そもそも残るお金なんてなかったのだ。

しかし、可愛くなるにはお金がかかる。洋服だけじゃない。おしゃれにはバッグも靴も必要で、カード返済に充てるはずのボーナスもルイ・ヴィトンのリードPM“ペルル”を買うために使ってしまった。

...このままではいけない。困り果てた私は、ある策にたどり着いた。

それは、雑誌の発売日にエビちゃんが着用したアイテムを購入し、1ヶ月間着た後、翌月号が発売される前にオークションで売ってしまう、という策である。

何をバカなことを、うまくいくわけがないと思われるだろう。

しかしこれは意外にも名案だった。エビちゃん着用アイテムは即完売してしまうので、中古品だろうがオークションでは高値で取引されていたのだ。

そんな涙ぐましい努力の甲斐があり、私は次第に「エビちゃんに似ている」と言われはじめた。

さらには「あれ…私、もしかしてモテてる?」と感じるようにもなったのだ。


エビちゃんOLを完コピしたら、突如モテだした。そしてついに、憧れの彼からも声が…!


いわゆる“モテ服”を着るようになったら、知らず知らず仕草や言動も変わっていたのだろう。

会社の先輩から何人にも「付き合って」と告白されたり、お食事会に参加すれば必ず複数から「すっごく好み」だと連絡先を聞かれる。そしてついに、憧れだった花谷さんからも食事に誘われたのだ。

一緒にスチール撮影の立会いをした日。予定より時間が押して遅くなってしまったので、「さくっとごはん行きません?」と声をかけられた。

適当に入ったビストロで、2時間弱の短い時間だった。しかし私の中でその夜の記憶は今も色褪せない。緊張してはいたが、温かな空気感を覚えている。なんだかとても自分らしくいられた。

それから自然と個人的な連絡をとるようになり、確か5回目のデートの帰り道。

…恐れていた事態が起きた。

「友里恵ちゃんの家に行ってみたい」

花谷にそう言われ、私は慌てて「ダメ!」と叫んだ。

彼を家にあげるのが嫌なのではない。関係を進めることに抵抗などなかった。

家に来られたくない理由は…小さな部屋を占領するオークション出品物やテーブルに置きっぱなしの請求書の山、水しか入っていない冷蔵庫などを知られてはならないから。

花谷さんに好かれたくてエビちゃんOLを目指し、モテ女に変貌を遂げたというのに、現実を知られて嫌われてしまっては元も子もない。

「そっか」と小さく呟く彼の表情を見て、私はしまったと後悔をした。傷つけるつもりなどなかったのに…。

「あの…今度、ちゃんと部屋を片付けてある日に来て欲しいな」

そんな風にフォローしてはみたが、結局その日はなんとなく気まずいまま別れることになってしまったのだった。

そして、ひとり三軒茶屋の自宅に戻った私は、悪いことは重なるものだとため息をついた。

鍵を開けて家に入り、玄関のスイッチを押す。カチカチ…あれ?点かない。何度試しても明るくならない。…そう、支払いを後回しにしていたために電気を止められていたのだ。

「…最悪」

思わずそう声に出し、携帯の灯りでバスタオルと下着をバッグに入れる。仕方なく銭湯にでも行こうともう一度外に出て、私は顔面蒼白で立ち止まった。


私生活を知られるわけにいかない。しかし家を出た友里恵が見たものとは…?


目に映るのは、信じがたい光景だった。先ほど別れたはずの花谷さんが、どういうわけか目の前にいるのだ。

「なんで…どうして、ここに?」

絞り出すようにして呟く私に、しかし花谷さんは逆に質問をかぶせた。

「どうしたの?何か困ったことがあるなら、俺に言って」

言い逃れを許してくれない、強いその言い方は、まるで私の“事情”を知っているかのよう。

…言いたくはない。しかし俯いた目に、バッグに投げ込んだバスタオルと下着が見えたとき。私は自分が情けなくて、惨めで、耐えられなくなってしまった。


結局、私は全てを彼に話した。

花谷さんに振り向いて欲しくて、エビちゃんみたいになりたいと思ったこと。可愛くなりたい、愛されたいという願いが止められなくなり、身の丈以上の金額を散財していたこと。そして今夜は電気を止められてしまい、銭湯に行こうとしていたことも。

これ以上の恥などない。呆れられ、絶対に嫌われると思った。花谷さんとの関係も、今夜限りで終わり。それ以外ないと思った。

しかし驚いたことに、彼は私にひとこと「良かった」と言ったのだ。


「…軽蔑しないの?」

意外すぎる花谷さんの反応に、私は間の抜けた声を出した。

「いや…友里恵ちゃんを見ていれば大体わかっていたというか。一人暮らしだと聞いていたし、君のお給料でそんなに次々新しいものを買えるわけがない。だから心配だったんだ。その…誰かからお金を貰っているんじゃないかとか、夜の仕事に手を出しているんじゃないかとか。それで後をつけた。ストーカーみたいなことして、ごめん」

何と答えて良いかわからず黙ったままの私に、彼は言葉を続ける。

「だけどそうじゃなかった。女を使うこともできたのに、普通にお金に困ってた。世間的にはどうか知らないけど、俺にとってはその方が全然マシ。無理をしてでも上を目指したい、見栄を張りたいって気持ちは理解できるし、俺はそういう友里恵ちゃんのこといじらしいっていうか、可愛いと思う」

まさか、そんな風に言ってもらえるなんて。こんな私を肯定してくれるなんて思いもしなかった。

「俺もそんなにお金に余裕があるわけじゃないけど…友里恵ちゃんひとり面倒見るくらいはできる。良かったら一緒に住まない?このまま一人にしておくのは、心配だからさ」

さながら救世主のような彼の申し出を、もちろん私が断る理由などなかった。



14年が経ち、何不自由のない生活ができるようになった今はもう笑い話だ。

夫とは、24歳の誕生日にプロポーズされ結婚。彼は結婚と同時に代理店を辞め、PRコンサルの会社を作って独立した。3年後には待望の娘も授かり、結婚13年が経った今も家族3人幸せに暮らしている。


あの時、夫はなぜこんな私を選んだのか。実は結婚後に尋ねてみたことがある。

「友里恵が可愛かったからだよ」などと最初は誤魔化していたが、最後にポロリと本音を漏らしてくれた。

「俺は当時から独立するつもりだったから。いつだって上を見て、なんとかしてみせようとする逞しい女性にそばにいて欲しかったんだ」

わかっている。こんなにもよき理解者に巡り合えた私は、ただ運が良かっただけ。

しかし「可愛くなりたい」「愛されたい」と背伸びをしたことも、散財したことも、何も後悔していない。

あの時“身の丈”に合わせていたら彼に愛されることもなかった。今の私は、いなかったはずだから。


▶NEXT:4月1日 月曜更新予定
次回は2004年にサービスを開始、一世を風靡したSNSにまつわる話。


エビちゃん旋風が巻き起こっていた2005年(平成17年)の、主な出来事

・流行語は「小泉劇場」「想定内」
・2005年の漢字は「愛」

◆3月
・2005年日本国際博覧会(愛知万博)「愛・地球博」が開幕

◆4月
・個人情報保護法全面施行
・JR福知山線脱線事故

◆9月
・第3次小泉内閣発足

◆10月
・武豊騎手騎乗のディープインパクトが菊花賞に勝利。クラシック三冠制覇を達成。



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