「夫にまた手を出したら、二度と容赦しない…」。愛した男の妻から呼び出され、窮地に立たされた女

「夫にまた手を出したら、二度と容赦しない…」。愛した男の妻から呼び出され、窮地に立たされた女

ーまるでお城みたいに、高くて真っ白な塔。私もあそこの住人の、一人になれたなら…。

ずっと遠くから眺めていた、憧れのタワーマンション。柏原奈月・32歳は、ついに念願叶ってそこに住むこととなった。

空に手が届きそうなマイホームで、夫・宏太と二人、幸せな生活を築くはずだったのに。

美しく白い塔の中には、外からは決してわからない複雑な人間関係と、彼らの真っ黒な感情が渦巻いていたー。

憧れのタワマン暮らしを始めた奈月だったが、元不倫相手が同じマンションに住んでいることに加え、差出人不明の黒い手紙の犯人が隣人だと判明し驚きを隠せない。更に、突然元不倫相手の妻から呼び出され…



「お忙しいところ、突然お呼び立てして、申し訳ありません。」

最上階の美しき女帝は、堂々たる態度で奈月の目を見つめる。

喫茶店の一番奥で、奈月は永田の妻と向き合っていた。横に座る永田は、いつになく居心地が悪そうで、奈月にチラリと目をやるが、すぐに顔を伏せてしまった。

「いえ。あの…何か、あったんでしょうか。」

10分ほど前、永田夫人からインターフォン越しに呼び出された奈月は、震える手で鍵だけを掴み、家を出てきたのだ。

居留守を使えばよかったと、地上に向かうエレベーターの中で何度も後悔した。けれど、どのような要件だとしても、夫が家にいる時にチャイムを鳴らされるよりはマシだと思い直した。

1階で待ち構えていた永田夫人は、場所を移して話したいことがあるとだけ告げると、スタスタと一人エントランスを出て行ってしまう。

恭しく頭を下げるコンシェルジュを横目に、夫人の後を永田と奈月がびくびくしながら着いて行き、近所の喫茶店にやってきたのだった。

「主人は、何かの間違いだろうと言うのですが…うちのポストに、こんなものが入っていたものですから。」

戸惑う奈月に向かって、永田夫人が差し出したのは、白い封筒だ。表に永田志帆様と書かれているのを見て、奈月は初めて夫人の名前を知った。

「あ…あの…」

「どうぞ、ご覧になって。」

永田夫人の言葉に、奈月は震える手で封筒を開ける。

ーちょっと、なにコレ…。

封筒の中にあったのは、一枚の写真。

そこには、黒い車を背景に、笑顔の永田と、俯き加減の奈月が写っていたのだ。

それは紛れもなく、数日前、近所で永田から呼び止められたときの様子を捉えた写真であった。


一体、誰がこの写真を撮ったのか…。

「あなたも、随分と驚かれたようね。…ほら、裏もご覧になって。」

呆然とする奈月の目の前で、永田夫人は写真を裏返す。そこには、2001号室:柏原奈月と記されていた。

「私、驚いて主人にすぐこの写真を見せました。…元々お知り合いだったんですってね。”仕事”関係で。」

ね、あなた?と、永田夫人が、横にいる夫に同意を求める。

「…さっきも言った通り、ビジネス上での繋がりだよ。この写真は偶然駅で話をしたときのもので、何でこんなものがお前に送られてくるのか、理解ができない。誰かの嫌がらせだよ。…バカバカしい。」

何度も同じ説明を繰り返しているのか、永田の弁明はスムーズだ。夫人は夫の説明が終わると、「それで」と奈月の方へ身を乗り出した。

「それで、間違いないですか?…やましいことはないと、誓える?」

永田夫人の追求に、奈月は深く頷く。

すると夫人は、しばらく奈月をじっと見つめたあとで、ぱっと笑顔になった。

「だとしたら、私の早とちりで呼び出してしまったことお詫びしなくっちゃ。あ、良かったら今日お食事しません?旦那様もお誘いになって、4人で。」

「おい!…そんな急な話、申し訳ないだろ。」

これ名案とばかりに提案する夫人を、永田が慌てて制止するが、その勢いは止まらない。

「あら、私はもっとお話したいからお誘いしただけよ。ねえ、奈月さん。昔の主人の話を聞かせてくださらない?彼、過去のことはあまり話したがらないの。」

夫人は、美しく完璧な笑顔を浮かべている。しかし、その視線は冷たく、どこか蔑んだように感じる。

「…別件がありますので、申し訳ありません。では、そろそろ…」
「そう?残念ね。お見送りするわ。」

いますぐに、ここを去ってしまいたい。急ぐ奈月と同時に夫人も立ちあがると、スタスタと近寄り、耳に顔を寄せた。

「…次があったら、容赦しませんから。覚悟なさい。」

去り際の夫人の囁きに、奈月の心臓はドクンと跳ね上がった。



「おかえり。どこ行ってたの?」

永田夫人から解放された奈月が家に戻ると、出かけていた夫は既に帰宅していた。

気付けば、時計は18時を大きく回っている。

「あ…ごめん。ちょっと外の空気が吸いたくて…」

咄嗟についた嘘に、宏太は怪訝そうだが、奈月にはそれを気にしている余裕はない。

去り際に永田夫人が呟いた言葉が、頭の中をグルグルと回っている。

あの写真を撮ったのは、一体誰なのか。マンション近くの駅だとはいえ、永田と奈月両方の部屋番号を知る人物はどれくらいいるのだろうか。

部屋番号くらい簡単に調べられるのかもしれないが、そんなことをして何の得があるというのか。そして、その目的は何なのか。奈月には見当もつかない。

今後より一層気を付けるのは当たり前だが、もし次何かあったら、永田夫人は容赦せず、夫と奈月の過去を探ろうとするだろう。

―そしたら宏ちゃんの耳にも入っちゃう。そうなるくらいなら、私からきちんと、先に伝えないと。

「なっちゃん、なんかあった?」

奈月の様子がおかしなことに気付いたのか、宏太が心配そうに顔を覗き込んだ。

「…話したいことがあるの。」


奈月の過去の告白に、宏太は?

奈月は、宏太と向き合い、過去のことを話し始めた。

宏太と出会うずっと前に、付き合っていた人がいたこと。知らず知らずのうちに、自分が不倫をしていたことへの後悔。そして、新居でのまさかの再会をしてしまったこと。

話しているうちにこぼれる涙が、お気に入りのダイニングテーブルを、微かに濡らす。

でも、永田から受け取ったお金のことだけは、どうしても口にできなかった。

二人で手に入れたはずのマイホームの一部が、”元カレからの手切れ金”でできているなんて、夫には屈辱以外の何物でもないだろう。

ーこのことだけは、絶対に秘密にしておこう。

今の幸せを手放さないためにも、奈月はそう心に決めたのだ。

「さっき、奥さんに呼び出されたの。駅で立ち話していたときの写真が届いたって。…もちろん、ただの立ち話だし、向こうが声をかけてきたから振り向いただけよ。でもその瞬間を、誰かに見られてたみたいなの。」

「…なんだよ、それ。」

ずっと黙って話を聞いていた宏太が、声を絞り出すように話し始めた。

「元カレ問題については、奈月が悪くないっていうのはわかった。でもさ、俺からしたらこんな問題になるまで秘密にされてたのが…悔しいし、情けない。

それに、こんなこと考えたくないけど、写真が撮られるってことは、なにかやましいことがあったからなんじゃないの?変な噂でも立ってない限り、ただのご近所さんをわざわざ写真にとって送るようなこと…ないよな。」

そう言ったあと、宏太は頭を抱えた。

「隠していたことは、本当にごめんなさい。でも、何もないことは信じてほしい。でも、もし、宏ちゃんがどうしても気になるっていうなら…」

引っ越しても構わない、と言いかけたが、奈月はぐっと言葉を飲み込む。

夫婦で話し合って決めるべき大きな問題を、軽々しく口にすべきではない。そもそも被害者の立場なのに、なぜ自分達夫婦が出ていかねばならないのか。

こちらには非が無いのだから、堂々としていればいいのだ。そう考え直した奈月に、宏太は冷たく言い放った。

「…ここから出ていくとでも、言うのかよ。勝手すぎるだろ、そんなの」

呟くような小さな声だったが、夫のこんな苛立った顔を見るのは、初めてだった。



「今日は、一緒に居ない方がいいと思う。」

会社の近くに泊まるから。そう言うと、宏太は、出張用バッグに詰め込んだ荷物と共に出て行き、そのまま戻ってこなかった。

ほとんど眠れなかった奈月は、寝不足とショックからか、朝から調子が悪い。出勤しようとなんとか家を出たものの、体調は悪化するばかりで、午後は早退してしまった。

―ほんと、もう最悪…。

自己嫌悪と頭痛に耐えかねて、ベッドに倒れこむ。

こんな日に限って、外は眩いばかりの晴天だ。寝室の窓からはっきり見える富士山が大好きだったのに、今日は涙のせいで滲んで見えた。

目をきつく閉じているうちに、いつの間にか少し眠ってしまっていたのだろう。奈月が目を開けたときは、夕暮れ時に差し掛かっていた。

―今日は、帰ってきてくれるよね。

希望を込めてスマホを覗き込むが、メッセージは来ていない。こちらから送った謝罪のメッセージは既読になっているので、気持ちは届いていると信じたい。

ふと寝室の隅に目を向けると、昨晩、夫が置いて行った通勤鞄に目が留まった。昨晩慌てて荷造りをしていたので、いつもキチンと書斎に置いているはずの鞄を、寝室に置きっぱなしにしてしまったのだろう。

いつもの場所に移動させようと鞄を持ち上げたとき、半開きのファスナーの隙間から、見覚えのない布が目についた。

恐る恐るとりだした肌触りの良いハンカチからは、あの日嗅いだのと同じ、花の香りがした。


▶NEXT:5月30日 木曜更新予定
奈月たち夫婦の間に、冷たい風が吹き荒れる…。



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