「もうこれ以上、隠し通せない…」。赤の他人に暴露された、元夫婦の過去

「もうこれ以上、隠し通せない…」。赤の他人に暴露された、元夫婦の過去

“夫婦”

それは、病めるときも健やかなるときも…死が二人を分かつまで、愛し合うと神に誓った男女。

かつては永遠の愛を誓ったはずなのに、別れを選んだ瞬間、最も遠い存在になる。

10年前に離婚した園山美月(35)は、過去を振り切るように、仕事に没頭していた。

もう2度とあの人に会う事はないと、思っていたのに―

念願だったモデルプロダクションを立ち上げ、長年の夢をようやく掴みかけていたそのとき。

元夫との思わぬ再会に、美月は辛い過去を思い出し、苦しんでいた。

“元夫の子供”という複雑な関係ではあるが、小春を一流モデルに育てる決意をした矢先、美月に不吉な電話が掛かってきて…。



「飛行機に間に合わないって、どういうこと!?」

まるで夫婦だったころの待ち合わせのような口ぶりで、裕一郎は電話越しに「後から追いかける」と、言い出した。

「そんな簡単に言うけど、飛行機、1日に何本もないのよ?だいたい小春はどうしたのよ。彼女がいないと撮影は…。」

「いや、すまん。今小春連れて病院に来てるんだよ。夜中に急に高熱出して、点滴打たせてたんだ」

「え!?大丈夫なの?」

「もう熱は下がった。遠足前の子供と一緒だよ。よっぽど今日を楽しみにしていたんだろうな。血液検査もレントゲンも異常なし。すっかり元気だし、撮影に行くって大泣きして大変だよ」

無理しないで、お休みしてと言うことができないのがこの仕事のつらいところだ。小春の代わりはいないのだ。

心苦しくもあるが、体調に十分配慮してフォローしながら進めて行くしかない。

「この仕事に穴を開けられないのはわかるよ。今日のところは撮影ないんだろう?俺が新幹線で連れて行くから、夕方までには着く。」

「わかった。気をつけて。…あの、裕一郎、ありがとう。助かったわ。」

「ああ。じゃあまた。」

電話を切ってから、美月は大きく深呼吸をした。そして心を落ち着かせようと、ベンチに座り、タンブラーのコーヒーに口を付ける。

美月が社長としてこなす初めての大型案件であり、初めてのトラブルだ。

小春の体調が何よりも心配だが、裕一郎の言葉どおりなら、無事に快方に向かっているはず。

幸い、早朝の便で現地に向かい、現地で打ち合わせや準備にあたるつもりだった。

小春はスタッフとの簡単な顔合わせ以外、今日稼働する予定はない。夕方に着くならすべてが予定通りにいくはずだ。

裕一郎のフォローには感謝してもしきれない。こんな風に話しが通じる相手でなければ、成り立たなかっただろう。

―ありがとう、裕一郎。

美月は、現地で2人を待つと決め、飛行機に乗り込んだ。


ロケ先で思いがけない人物と再会。衝撃の一言に、その場が凍りつく。

到着したグランピング施設は、すでに開業から1年。口コミで話題も広がり、予約が取りづらいことでも有名だ。

完全な高級志向のグランピングのコテージ。系列のリゾートホテルも併設しているが、コテージの方が割高になる。

美月は仕事で来ているにも関わらず、到着するやいなや思わず歓声を上げてしまった。

雄大な自然の美しさと、広々としたおしゃれなコテージ。備品一つとってもすべてセンスが良い。こんな素晴らしい施設のイメージモデルに小春が起用されたことを、心から誇らしく思う。

美月は、小春が遅れて到着をすることを告げながら、すでに現地入りしているスタッフたちに挨拶をした。

今回、海外展開に向けて外資の広告代理店も参入している。海外で活躍しているカメラマンやデザイナーを呼び寄せた、盛大なプロジェクトだ。

美月は今回のディレクターに、来日チームを紹介された。



「今日からよろしくお願いします。小春のマネージメントをしております、園山です」

「もしかして、美月さんですよね?」

「そうですが…」

美月の名刺を受け取った女性が、驚きの表情で顔を上げた。

「森野です。ニューヨークではご主人にもずいぶんお世話になりました」

「えっ、森野さん!?」

森野亜紀は、裕一郎の同僚だった女性だ。2人が離婚する前には会社を退職し、聞けば広告業界に入っていたのだと言う。

裕一郎と同世代で、美月より一つ上の世代のアラフォー。しかし亜紀はヘルシーな若々しさを身にまとい、ニューヨーカーらしくファッションも洗練されている。

アメリカでキャリアを築いているというだけあって、堂々とした佇まいが眩しい。

思いがけない知人との再会に驚いた美月は、慌てて笑顔を作ろうとしたが、どうしてもぎこちなくなってしまう。

これまでニューヨーク時代に関わった人を、徹底的に避けてきたのだ。再会の嬉しさより、戸惑いの方が大きかった。

「美月さん、旦那さんはお元気ですか?」

「え?」

「乾さん、まだ変わらずお勤めですか?もう日本に戻られてますよね?」

森野の勘違いに、思わず絶句してしまう。美月はとっさに否定の言葉も出せず、苦笑いすることしかできない。

そのときだった。美月はスタッフから声を掛けられる。

「美月さん。小春さん入りました!」

振り返ると、小春と裕一郎がスタッフに促されてこちらに向かっていた。

「小春、大丈夫!?」

美月が慌てて駆け寄ると、小春は目を潤ませながら美月に飛びついて来た。

「美月さん、ご迷惑かけてごめんなさい。もう大丈夫です」

「元気になってよかったわ。無理しないように進めましょうね」

隣にいた裕一郎に目配せし、ありがとうという思いを伝える。

裕一郎もそれを受けて、小さく頷いた。

いくら大きな仕事とはいえ、家族が手放しに賛成しているわけではないのだ。とくに母親の猛反対を押し切って、小春はモデル活動をしている。

そんな中、新幹線と在来線を乗り継いで小春を現場まで連れてきてくれたことに、美月は本当に感謝していた。

幸い土曜日で会社は休みだったものの、裕一郎も疲れただろう。状況を知っているスタッフが、裕一郎のための部屋も用意してくれていた。

「ねえ。裕一郎、疲れたでしょう。休んで行って」

美月がねぎらいの言葉をかけたその時だった。やたらと明るい声が背後から聞こえてきたのだ。

「乾さん!来てたの?!」

「森野!?何やってるんだよ、久しぶりだな」

思いがけない再会に笑顔を見せていた裕一郎だったが、次の瞬間、亜紀から飛び出した言葉に絶句する。

「美月さんと、ご夫婦でプロダクションをやっているんですか?」

そんな亜紀の悪気ない思い違いに、否定の言葉を探しているのか、裕一郎はあたふたと生返事を繰り返す。

美月がまずい、と感じたときにはすでに手遅れだった。その場を取り繕おうと慌てて小春に「部屋に荷物を…」と話しかけるが、反応はない。

―早く伝えないといけなかったのに…。

そもそも小春はどこまで知っているのだろうか。

父親が再婚ということも、自分が連れ子だということさえ知らなかったとしたら…。

こんなことになる前に、裕一郎としっかり話し合うべきだったのだ。

美月は考えあぐねたが、今、小春にかけるべき言葉は、とても見つからなかった。


ついに真実を耳にしてしまった小春。裕一郎の登場は美月の心に波紋を広げていく。

幸い、と言えるのか、その後も関係者への挨拶や説明事項が途絶えず、美月と小春が2人きりになる時間はなかなか訪れない。

結局落ち着くタイミングを得ないままホテルのレストランでの会食になり、和気あいあいとした時間が過ぎてゆくのだった。

会食の途中で、美月は亜紀に耳打ちされる。

「美月さん、ごめんなさい。あの、私、本当に何も知らなくて。乾さんから説明されて…」

「いえ。こちらこそすみません。驚かせてしまいましたね。こんな展開になってしまい、自分でもびっくりなんですが。そういえば…」

ふと裕一郎の姿が見えない事に気付いた美月は、あたりを見回す。すると亜紀が、察したように声をかけた。

「あ、乾さんですか?部屋で少し休んでから帰るって言っていました」

「そうですか」

病み上がりの小春のこともそろそろ部屋に戻そうと、挨拶をしてからレストランを出た。

全てを話すタイミングは今しかない。

「あのね、小春」

美月は意を決して呼びかけたのだが、それに対する小春の反応は意外なものだった。

「はぁ。今日はもう疲れちゃった。昨日もほとんど寝てなかったし。明日も早いし、すぐに寝ますね。おやすみなさい」

小春は、唐突に笑顔を見せ手を振ると、そそくさとコテージに入った。美月は「おやすみなさい」と返すことしかできず、再び頭を抱える。

―あの反応、どういうことなの?

しかし、彼女は病み上がりで、とにかく今日のところは早く休ませた方が良いのは確かだ。

美月は一息つこうと、夜空を見上げた。



いつの間にか、満点の星空が広がっている。

「きれい…」

思わず呟いた。

都会では決して見ることができない圧巻の風景。

あまりの迫力に息を飲む。その美しさに、なぜか涙が出そうになった。

でも、なぜだろう。キラキラと輝く眩い星空を見ていると、マンハッタンの夜景を思い出してしまうのだ。

心の琴線に触れる出来事に遭遇すると、結局あの頃のイメージとつながってしまう。

美月にとって一番輝かしく、希望に満ちていた時代。

憧れのニューヨークでの新婚生活は束の間だったけれど、たしかに幸せだったのだ。

裕一郎の不倫から離婚までの日々があまりにも壮絶で、幸せだった日々のことなど、すっかり忘れてしまっていた。

星空を眺めながら、ガーデンデッキに腰を下ろす。

―私はかつて幸せだったし、そしてそれを失った。

言葉にするとそれはとてもシンプルなこと。

それを恥じることも、無理に消し去る必要もないのだ。

「美月」

ふいに後ろから話しかけられる。

懐かしい声を、自然と受け入れる。

振り返るとそこには、かつての夫が立っていた。


満点の星空の下、ついに2人きりになる美月と裕一郎。意味深に視線が絡み合う。

「裕一郎、どうしたの?帰ったと思ってた」

「寝過ごした。もう最終の新幹線がないんだよ。参ったな」

そう言って困り果てた顔で頭を掻く姿に、美月は思わず笑ってしまった。

「ほんと、相変わらずね。どうするつもりなのよ」

「どうするもこうするも…」

「よかったわね。ここがホテルで。撮影終わるまでその部屋には滞在できるわ」

裕一郎はしばし黙り込むと、急にコテージに戻っていった。覚悟を決めて再び寝るのだろうか。相変わらずのマイペースっぷりだ。

しかし、すぐに裕一郎は缶ビールを二つ持って再び現れたのだ。そして、美月の隣に腰を下ろす。



「なに? どういうつもり?」

「ビールを飲むんだよ。いらないのか?」

「…もらうけど。そんなことより、どうするつもり?小春にちゃんと話さないと」

「ああ。まさかあんな形でバレるとはな。森野には参ったよ」

「参ったじゃないわよ。あなたがモタモタしているからでしょう」

真剣に話し合うつもりが、軽口をたたき合うような雰囲気になる。こうして並んで座ると、昔の距離感が蘇ってしまうのだ。

缶を開ける小さな音が響くほど、あたりは静寂に包まれている。軽く乾杯をして、2人は一瞬目を合わせた。

ビールを一口飲むと、裕一郎は、すごい星だな、と独り言のようにぽつりとつぶやき、夜空を見上げている。

「裕一郎、老けたわね」

「なんだよいきなり。失礼なやつだな」

本当は、変わらないねと声をかけたかったけど、なんだか、照れ臭くてわざと悪態を吐いた。

「美月は変わらないな。…いや、変わったのかな。立派になったな」

「親戚のおじさんみたいな言い方ね」

「似たようなもんだよ。家族だったんだから」

裕一郎はそう言うと、ビールをあおる。同時に美月の缶も空になった。

夫婦だったころからお酒を飲むペースが一緒で、そこが心地よかった。そんなことを懐かしく思い出す程度には、ロマンチックな夜空なのだ。

「ワインを取ってくるわ」

美月が、小春が眠るコテージへ向かおうとしたその時、後ろから裕一郎が「ちょっと待ってくれ」と呼び止める。

「小春、起きてるかな。もし起きてたら、俺から話すよ」

「わかったわ。そうしましょう」

美月は心のどこかで小春が寝ていることを祈りつつ、扉を開けた。


▶NEXT:6月26日 水曜更新予定
ロマンチックな星空の下で昔を懐かしむ二人。しかし、ついに因縁のあの人が現れ、事態は急展開する。



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