「彼といると、自分がコントロールできない」。2人の女を翻弄する、男の巧みな話術とは

「彼といると、自分がコントロールできない」。2人の女を翻弄する、男の巧みな話術とは

騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

そんな二人が出会い、動き出した運命の歯車。

200億を賭けて、男と女の欲望がむき出しになるマネーゲームはやがて、日本有数の大企業を揺るがす、大スキャンダルへと発展していく。

詐欺師の男が最初の駒に選んだのは、令嬢の部下だった。そして男の計画通り…部下は自分でも気がつかぬうちに、令嬢を追い詰めはじめた。



「親太郎さんといると…私、すごく嫌な女になっちゃうんです」

泣いてしまったことへの照れ隠しなのか、富田は涙声のまま笑ったけれど、またうつむき、黙り込んでしまった。

私は、彼女に気づかれぬように、チラリと腕時計を見る。この部屋に入ってくるなり泣き出してしまった彼女を座らせ、話を聞くと伝えたは良いものの、次の打ち合わせまであと15分しかない。それまでに彼女を落ち着かせなければ。

「…何があったの?」

私の質問に、うつむいたままの富田が、小さな、吐き出すような声を出した。

「彼、女の人からの連絡がたえなくて。私の前でも平気で女性からの電話に出ちゃうんですけど、それが下の名前で呼ぶような間柄の子たちで。彼の会社の前で待ち合わせしてた時も、女の人が彼の腕を掴んで出てきて。しかも彼が、女性の頭を優しく撫でたりするのも見ちゃって、もう…」

ーなんだ、そんなこと?

もっと重大な告白をされると思っていた私は、正直拍子抜けしてしまった。これなら打ち合わせに間に合いそうだと安心し、急いた気持ちで思ったままを伝える。

「でもあなたの前で堂々と電話するってことは、その女性たちとの関係がやましいものじゃないからでしょう?それに彼、コロンビアのロースクールを出てるんだし、ファーストネームで相手を呼ぶのも、頭を撫でるコミュニケーションも学生時代の名残りじゃ…」

ないかしら、と結ぼうとしたタイミングで、赤い目をした富田が不思議そうに、あれ?と首を傾げて続けた。

「神崎さんも…親太郎さんが、コロンビアのロースクールにいたこと、ご存知なんでしたっけ?」


うっかり口にした令嬢のミスが…思わぬ事態を引き起こしてしまう!

―しまった。

キョトンとした富田の顔に他意はなさそうだが、確かにあの食事会で彼は『ニューヨークの資格を持っていて、そちらの仕事をする』と言っただけで、学歴について何も話してはいないし、私も敢えて聞かなかった。

探偵からの情報をうっかり喋ってしまったことに焦るのは、私が富田の能力をよく知っているからだ。

彼女は記憶力がいい。

一度会った人の顔と名前、肩書きを忘れないし、会食でのたわいもない話も覚えていて、次に相手にお土産を持っていく時など彼女の意見はとても役に立つ。私と違って人が好きで、他人に興味がある彼女ゆえの能力に、随分助けられてきたのだけど。

「彼、確かそう言っていたと思うけど。あなたがお手洗いとかで席を外した時だったかしら」

誤魔化すつもり…というよりはその場しのぎの私の言葉に、富田は疑うこともなく、そうでしたか、と答えて話題を戻した。

「…本当に神崎さんが仰る通りだし、私も何度も自分に言い聞かせてはいるんです。彼、本当に優しくて。私、自分が守られている気分になったのが初めてなんです。すごく大切にされてるなって本当に思うし、それが本当に幸せで、幸せで。

なのに彼が私以外の女の人に、電話で相談に乗ったり頭をクシャクシャって撫でてるのを見ると…。もう、胸がグーってなっちゃって。頭に血も登るし、私、自分の心臓がうるさいって思ったの初めてです。ドクドク暴れて飛び出しそうで」

「…心臓がうるさい?」

今度は、私が不思議そうな顔をしたのだろう。富田が笑って、いい歳をしておかしいのはわかってるんですけど、と続けた。

「親太郎さんと付き合い始めてから、私ってこんな女だったんだって初めて知ることが沢山あって。嬉しい部分もあるんですけど、嫌な感情も引き出されちゃってるし、自分がコントロールできないのが怖くなったんです。このままだとどうなっちゃうのって。

別に親太郎さんの浮気を突きつけられたとかでもないくせに、勝手な妄想で疑ってる自分が情けなくて、神崎さんの顔みたら、なんか…もう…」

「…少しはスッキリした?」

「はい。もう嫌だなぁ、私。恋愛が久しぶりすぎるから、加減が分からなくなっちゃってるというか…そのせいで彼の前でも泣き出しちゃって。しかも道端でなんて、冷静に考えると死にたいくらい恥ずかしい…。

彼は、俺の好きな人なんだからちゃんと自信を持って、っていつも言ってくれるんですけど…。くだらないことで、神崎さんを煩わせてしまって本当に申し訳ありませんでした」

そう言って頭を下げた富田を見ながら、“1分半ほどの抱擁”という探偵の報告書を思い出した。

あのスラリとした長身の、長い腕に包まれ、泣きじゃくる富田。富田の頭は、丁度彼の胸の位置に収まるだろう。

富田の髪に優しいキスを落とす、彼の形の良い唇。

その唇から紡がれた、俺の好きな人なんだから、という言葉は、どんな音で富田の耳に響いたのだろうか。


令嬢を待ち伏せた詐欺師。令嬢が言うことを聞いてしまう…驚きの手口とは!?

「…神崎さん?」

富田の声に私は、頭の中にリアルに浮かんでいた2人の映像をかき消す。そして誤魔化すように言った。

「富田さんは、本当に彼が好きなのね」

「はい。大好きです」

迷いなく答えて、まるで大輪の花火が弾けたように笑った富田の笑顔は、とても眩しかった。

そして。

彼が私を訪ねてきたのは、その数日後のことだった。




丸の内 兼六堂本社前 19時21分


「神崎さん」

会社の正面玄関を出て、数メートル歩いたところで声をかけられ振り返ると、小川親太郎が立っていた。

「…小川さん。こんばんは。富田さんなら、今日はまだ残業中ですけど」

まだあと1時間はかかると思いますよ、と距離を保ったまま言った私に、彼が歩みよりながら言った。

「それは…僕にとってはラッキーだったのかな。賭けをしていたんです。もし、葉子が先に出てきたら、迎えにきたと言って一緒に帰る。でももしあなたが先に出てきたら…少しお話しする時間をいただこうかと」

この男性のために涙をこぼし、大好きだと言って笑った富田の、あの情熱を思い出すと、自然と私の体はこわばってしまう。

「…私と話を?どんな話でしょう」

そんなに警戒しないでください、と彼は困ったように笑った。私は自分の言い方がきつくなったことを謝って、妥協策を提示する。

「駅まで…地下鉄の駅まで歩く間で大丈夫ですか?家族と夕食の約束をしていますので」

そう言いながら、彼の答えを待たずに歩き出した私の横、車道側に彼の長身のシルエットが並ぶ。歩き続ける私を気にする様子はなない。

「ここから駅までなんて、3分もないでしょう。お願いします。1時間だけ、お時間もらえませんか。神崎さんに聞きたいことがあるんです」

「ならば、日を改めて頂けませんか? 先程も言いましたが今夜は家族と…」

「僕のこと、調べましたよね?」

思わず足を止めてしまったことが答えになった、と気づいた時には、もう遅かった。

―なぜ…。

私がそう思った瞬間、フッ、と笑い声が降ってきて、私は彼を見上げる。

「意外に顔に出やすいですよね、神崎さんって。なぜ僕がそのことに気がついたか気になります?正直に話しますから、これから1時間だけ、僕にください。そして僕にも、なぜあなたが僕を調べたのか…教えてください」





「知り合いの店なんです」

小川親太郎に連れてこられたのは、銀座の路地裏、地下に潜ったバーだった。

2年前にできたのだという小さな店。カウンター8席のみの店内に見えるが、奥に秘密の個室があるのだと、聞いてもいないのに小川親太郎が教えてくれた。

客は私たちだけ。知り合いだという店主も、沈黙を続ける私達に気を使ってか、端に座った私たちから離れた所で氷を削っている。

一枚板のカウンターは、けやきかヒノキか。品良く照明を受けて光る様子から、手入れが行き届いていることがわかる。

そして、私と彼の目の前にそれぞれの飲み物が置かれると、彼が苦笑いで口を開いた。


カウンターで2人きりに。密かに調べたことを見抜かれたと諦めた令嬢は…?

「ここに来てお茶を頼む人を初めてみました。でもここは、お茶も美味しいですよ。確かそれは、岩茶(がんちゃ)の大紅袍(だいこうほう)というもので、岩の上で育つらしくて。中国茶のロマネコンティって言われているらしいです」

だったよね、と店長に確認する彼の、ゆったりした口調に苛立ってしまう。私は、お茶には手をつけないまま本題に入った。

「どうして、私があなたを調べたと分かったのですか?」

「調べていない、と嘘はつかないのですね。潔さというのかな、そういうのも」

そう言うと、彼はシングルモルトのロックを一口、口に含んだ後こちらを見て笑った。

「昨日、葉子から聞きました。食事会の時に、あなたが僕から、コロンビアのロースクールを出た話を聞いていたと。で、僕の女性への接し方がフレンドリーなのは他意はないと諭してくれたんですよね?

彼女はあなたのことが大好きだから…僕たちの間で、あなたの話題はよく上がります」

その時の富田の顔や口調を思い出したのか、表情がさらに柔らかくなった。

「でも神崎さん。僕はあなたに、コロンビア大学を出たことを話していないですよね?僕は、基本的に聞かれない限り自分から学歴を言うことはないので、よく覚えているんです。

まあ、事務所のホームページには書いてありますし、あなたが部下の恋人の経歴を気にして検索したってこともあるでしょう。でも…検索して知ったとしたらそう言えば良いのに、あなたは葉子に、僕から聞いたと嘘をついた。なぜですか?」

質問をしたくせに、返事を待たずに彼は続けた。

「あなたが葉子に嘘をついただけなら、こんなに気にしなかったかもしれない。

でも違和感は、僕があなたにお会いした日から…もう一つあったんですよ。あなたと食事した後あたりから、事務所や裁判所の近くで、同じ男性を見かけるようになったんです。

彼は毎回印象を変えていましたが、僕は人につけられることに敏感なんです。昔、ストーカー被害を受けた経験があって、その時に尾行を見抜く方法を、警察の方から教えてもらいましたからね。

でも一体誰が、何のためにそんなことをしているのか、全く心当たりがなかったんです。最近は裁判で揉めた記憶もないですし。でも昨日、葉子と話して、あれ、って思っちゃって」

まるで、法廷に立たされているような気分になってしまうのは、彼の弁護士然としたその口調のせいだろうか。

「でね、あなたが僕に探偵をつけて尾行させたとしたら?という仮説を元に、考えてみたんです。そしたら、全部がしっくりいってしまった。

食事会の後、なんらかの理由であなたは探偵を雇い僕を調べさせた。その探偵が、ぼくの経歴の裏どりをして、あなたに報告した。それを…あなたが何故かうっかり葉子に喋ってしまい、葉子に追求されて嘘をついてごまかした。

そりゃあ、部下の恋人を勝手に調べたとは言いづらいですよね。でも分からないのは、なぜ僕を、探偵を使ってまで調べる必要があったのかということです。それを教えて欲しくて、今日はあなたを待ちぶせしたというわけです」

彼は仮説と言うが、もう完全に論破されている。ここまで見破られてしまえば、もう嘘も言い訳も無意味だろう。それに私のこの嘘がきっかけで、万が一にも富田と彼がこじれるようなことがあってはならない。

私は彼に気づかれぬよう、こっそりと呼吸を整えてから言った。


言葉巧みに令嬢を追い詰めていく男。そして、ついに…。


「ごめんなさい。あなたのことを疑っていたんです。それも富田さんの恋人としてではなくて。私や私の会社に害を及ぼす可能性を探っていました」

「…あなたの会社に?僕が、害を?僕が?なんで…」

さっきまでの冷静さは消え、戸惑いしかない彼の表情に、私は自分が酷く自意識過剰な防御をしていたのだと思い知らされた気がして恥ずかしくなった。

「私たち実は、初対面じゃないんです。富田さんに紹介される前、本当に初めて会った時、私が随分失礼なことをしてあなたを怒らせました。それなのに富田さんから紹介された時あなたは私に、初めまして、と言いました。

あんな出来事を忘れたふりをするなんて…と私はあなたを怪しんで…何か目的があるはずだ、弁護士だというのも嘘じゃないかと」

そこまで言って、言葉に詰まった。改めて考えてみれば、彼が忘れていた可能性だって、ないわけじゃない。

私はあの時、地味な色のスーツを着ていたし、それでなくとも特徴にかける、ごくごく普通の平凡なルックスの女だ。

私は彼の横顔に見惚れたけれど、彼は私の顔など、まともに見ていなかったかもしれないし、大して興味もなかっただろう。それに彼はお酒を飲んでいたし、酔っ払っていたとしたら?

考えれば考えるほど、自分を正当化する理由は失われていく。言葉をなくした私に、大丈夫ですか、と心配そうな声が上から降ってきて、私は自分が俯いていたことに気がついた。

見上げた彼の瞳は、優しかった。

「僕は、神崎さんを責めたかったわけではありません。ただ、なぜなのか理由が知りたかっただけで、責めたてたように聞こえてしまったなら、職業病だと、許してもらえないでしょうか?」

彼が謝る必要は、何一つない。私は首を横に振り、言った。

「富田さんが、あんなに幸せそうに紹介してくれた恋人を、私や私の会社に害を及ぼす人かもしれない、と調べてしまう私の神経が異常なのです。それを指摘してくださったあなたには、むしろ感謝すべきで…」

言い切る前に、カウンターに置いていた私の手に、彼の手がそっと重なった。何が起こったのか、状況を飲み込めない私は彼を見つめたまま言葉を失う。その沈黙を補うように彼は穏やかに言った。

「あなたのような立場の人が、人を疑う…いや、疑わなければならないその気持ちも、切なさも十分に分かります。きっとあなたは誰よりも孤独なのに…自分は傷だらけでも戦いを放棄しない。それって、すごいことです。

僕は臆病な人間だから、神崎さんみたいな勇敢な人を尊敬します。…ああ、そんな顔を…悲しい顔をしないでください」

―悲しい顔?

私は、今どんな顔をしているというのだろう。

そう思った瞬間、私の肩に強い力が触れ、気がついた時には、彼に抱きしめられていた。

肩に触れたのが彼の大きな手で、その長い腕に引き寄せられたのだと理解するまで、しばらくの時間がかかったはずだった。

けれどその間なぜか…私は抗う気も起きず、頰に伝わる彼の胸の温もりと、その鼓動を感じていた。


▶NEXT:7月28日 日曜更新予定
ついに令嬢陥落!?心の隙間に忍び込むことに成功した、男の次の手は!?



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