「今更奥さんとなんて、勘弁してよ」暴言に傷つく人妻を救った、若い男の行動とは

「今更奥さんとなんて、勘弁してよ」暴言に傷つく人妻を救った、若い男の行動とは

―病める時も、健やかなる時も。これを愛し、これを敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?―

かつて揺るぎない言葉で永遠の愛を誓い、夫婦となった男女。

しかし…妻が“女”を怠けてしまった場合でも、そこに注がれる愛はあるのだろうか?

結婚後に8kg太った栗山美月。 太っていたって愛されていると信じていたが、ついに夫の誠司から夫婦生活を断られてしまう。

親友の桐乃にも呆れられた美月は、誠司の無理解に悩まされながらもダイエットを決意。

だが、無茶な食事制限のため仕事も失敗し、ボルダリングジムで倒れてしまうのだった。



あたたかく逞しい腕が、崩れ落ちそうな体を抱き支える。

「あぶないよ」

男性インストラクターがそう言った途端、美月のすぐそばで、ドスン!という大きな落下音が聞こえた。

たった今美月がうずくまろうとしたその場所に、男性利用者が飛び降りてきたのだ。

「佐々木さん!飛び降りる時はもっと下に降りてからですよ!」

「へへ、甲斐くんゴメンゴメン」

男性インストラクターの名前は、どうやら甲斐というらしい。

甲斐が手を引いてくれなければ今ごろ美月は、勢いよく落ちてきた男性の下敷きとなっていただろう。

間一髪の状況に、今更ながらヒヤリとさせられる。だが、呆然と立ち尽くす美月に向かって甲斐は、色素の薄い目を心配そうに細めながら冷静に呟くのだった。

「とりあえず…体調悪いなら、座って休んだ方がいいっすよ」

そう言われてはじめて美月は、自分の体がまだ甲斐にもたれかかったままだったことに気がついた。

途端に、自分の肩に添えられた甲斐の腕のあたたかさが、リアルな感触を主張しだす。

「ごっ…ごめんなさい!!」

ゴツゴツと骨っぽい誠司とは全く違う、甲斐の引き締まった体。

我に返った美月は顔を真っ赤にしながら慌てて飛び退いたが、その瞬間、思いもよらなかった事態が美月を襲った。


ググ、ギュウ〜グルグルググゥ〜…


と、甲斐にも聞こえるくらいの大きな音量で、お腹の虫の音が鳴り響いたのだ。


あまりの恥ずかしさに消えたくなる美月。だが、その時甲斐がとった行動は…

ただでさえ上気していた美月の顔が、さらに赤くなる。

「ご…ごめんなさい…。多分、お腹が空いてるだけです…」

消え入りそうな声でそう弁明するものの、恥ずかしさのあまり甲斐の顔を直視することができない。

だが、うつむきながらもチラッと甲斐の顔をうかがうと、さっきまで心配そうに美月を見つめていた甲斐も同じように下を向いているのだった。

細かく小刻みに震える肩。よく見てみると甲斐は、口元に手を当てて必死に笑いをこらえている。

「すいません、帰ります!」

いてもたってもいられずにその場から逃げ出そうとした美月だったが、そんな美月の腕を次の瞬間、再び甲斐の腕が捕まえた。

甲斐は、笑いを噛み殺しながら美月に囁く。

「ちょ…ちょっと待って…。いいものあるから、良かったらバックヤードまで来てくださいよ」



「えーっと、栗山…美月さんだっけ。コレ、一箱あげます」

カーテンで仕切られた四畳半ほどのバックヤードで甲斐が取り出したのは、『銀座 鳥繁』のお土産の焼き鳥だった。

「えっ!ここ、テイクアウトできるんですか?『鳥繁』、すっごく美味しいですよね!」

そう目を輝かせて驚く美月に、甲斐はニヤリと笑って頷く。

「できないのもありますけどね。つくねとか手羽先とかは予約すれば持ち帰れるんですよ。夜食用にと思って買ってきたんだけど、ちょっと張り切って買いすぎちゃったから。一緒に食べましょう」

渡された箱からは、ふわっと鼻腔をくすぐる香ばしいタレの香りが漂ってくる。

突然与えられた大好物にためらう美月だったが、すでにかしわ焼きにかじり付き始めている甲斐に箱を突き返すことは、かえって不躾なことのように思えた。

「じゃ、じゃあ…。お言葉に甘えて…」

ゴクリ、と喉がなる。

誠司との夕食では高カロリーなメインをごく少量にして、サラダや煮物などの野菜ばかり。1人の時は酵素ドリンクばかりだった美月にとって、目の前の肉肉しい焼き鳥はあまりにも魅力的すぎた。

小さな声で「いただきます」と言いながら、おそるおそるつくねを一つ頬張る。

濃厚な鶏肉のうまみ。
甘く深いタレの風味。
弾力と柔らかさが同居する食感…。

口の中に広がる郷愁的ともいえる幸福に、美月は思わずしみじみと唸らざるを得なかった。

「んんん〜、おいしい…!」

美味の快楽にどっぷりと浸る美月を見て、甲斐は嬉しそうにうなずく。

「焼きたても最高に美味いけど、冷めてるのもこれはこれで美味いすよね。ほら、もっと食べて食べて」

「はい!」

一度火がついてしまった食欲は止められそうにない。ましてや、ずっと我慢していたお肉となればなおさらだ。

美月はいつのまにか目の前に初対面の男性がいることなどすっかり忘れて、ただひたすらに焼き鳥の美味しさを噛みしめていた。

だが、5本入りのお土産を全て食べ終わろうとしたその時。

ふと、考え込むような顔をした甲斐がこちらをじっと見つめていることに気がついたのだ。


美月を見つめる甲斐の真剣な眼差し...その理由は、思いがけないものだった。

美月の顔をまじまじと見つめていた甲斐は、突然ハッと何かに気がついたように背筋を伸ばした。

「美月さんさ…もしかして、土曜の夜に恵比寿の『kintan』によく来たりしません?」

「あ、はい。土曜は隔週で友達と通ってました。最近はちょっと控えてるんですけど…」

それを聞いた甲斐は嬉しそうに、座っていたオフィスチェアごとくるりと1回転する。

「やっぱり!俺、土曜はよくここのジムに入るから、その前によく焼肉行くんですよ。美月さん、多分何回か見かけてる。すげー美味そうに食べる人がいるなぁって印象に残ってたんだけど、今焼き鳥食べてる顔見て完全に思い出した」

難問を解いたかのようにスッキリした顔で笑う甲斐だったが、はた、と椅子の回転を止めると美月に問いかけた。

「でも、なんで控えてるんですか?焼肉」

美月は、手に持っていた5本目の焼き鳥を口に入れる寸前で止めた。2週間前に桐乃に「食べ過ぎ」と言われたことを急に思い出したのだ。

「私、今ダイエット中で…。お肉とかお菓子とか、太りそうなものは避けてるんです。だから…」

焼き鳥で復活していた美月の気分はみるみる落ち込んでいく。

結局今日は、昼にはラーメンを。今は夜の8時過ぎだというのに、焼き鳥を4本も食べてしまったのだ。

意志を貫くことができない自分に、ほとほと嫌気がさす。だがそんな美月を見て甲斐は、キョトンとしながら言い放つのだった。

「ダイエット中なのに肉控えてるってこと?逆でしょ逆。タンパク質はなるべくとらないと。お菓子はまあ、やめたほうがいいかもだけど」

「え?そうなんですか?」

だが、美月が詳しく話を聞こうとしたその時。

カーテンを一枚隔てたジムの方から、男性3人が激しく盛り上がっている大声が響き渡った。



「いや〜、佐々木さん。それは鬼畜っすよ!」

「ヤバいって、もうそれ浮気じゃなくて本気じゃない。奥さん可哀想だよ〜」

どうやら、先ほど壁の高いところから飛び降りてきた佐々木という男が、女遊びの武勇伝を披露しているらしい。

なるべく聞かないでおこう…。そう思った美月は、すぐに甲斐との会話に戻ろうとする。

だが次の瞬間、佐々木がヘラヘラと言い放った言葉によって、美月の体は氷のように冷たく凍てついてしまったのだった。

「だってさぁ、今更奥さんとは無理でしょ!奥さんは家族だよ?家族!家族とセックスなんて勘弁してよ〜」

佐々木の下劣な発言に、またしても爆笑が巻き起こる。男性3人が大声で猥談にふける声は、美月の頭の中である種の暴力のようにガンガンと鳴り響いた。

食欲が再び失われていく。

美月は1本だけ残した焼き鳥を箱にそっとしまうと、気を取り直し、俯いていた顔を上げて甲斐に話しかけた。

「なんか、すごい話してますね…」

だが気がつけば、甲斐の姿はそこにはない。あれ?と思ったその矢先。揺れるカーテンの向こうから甲斐の冷たい声が聞こえた。

「すいません。そういう話、ジムでするのやめてもらっていいですか?正直、聞かされる側はめちゃくちゃ不快なんで」

ジム内に広がる、水を打ったような静寂。

「ご、ごめんごめん。そんなに怒らないでよ甲斐くん。気をつけるからさ…」

佐々木の弱腰な返事に、「はい。よろしくです」という甲斐の声が返される。そして、少しの間をおいて勢いよくカーテンが開かれた。

「まったく、女の子もいるのにあんな話…。すいません。悪い人たちじゃないんだけど」

そう小さな声で呟きながら、甲斐は再び椅子に腰を下ろす。だが、美月の顔を見るなり、甲斐は驚愕の表情を浮かべるのだった。

「ちょっと、どうしました!?」


心無い男性客達の会話。心をかき乱された美月は、つい我を忘れてしまう。

美月の目からは、とめどなく涙が溢れていた。

「すいません…」

そう言ったつもりだったが、美月の喉からしぼりだされたのは嗚咽だけだった。

抑えようと思ってもどうにもならない。自分でも、どうしてなのか分からない。

ただひたすら美月の心の中には、佐々木の言い放った「奥さんとなんて勘弁してよ」という言葉がぐるぐると渦巻いていた。



ただならぬ美月の様子に、甲斐がオフィスチェアを滑らせて美月の側に寄り添う。そして、背中を優しくさすりながら繰り返した。

「大丈夫、大丈夫…」

甲斐の低い声は、カサカサに乾いた心に染み込むようだ。

不思議と美月は、こうして誰かに優しくされることがひどく久しぶりのことのように感じていた。

…いつだって誠司は、美月を優しく愛してくれているはずなのに。

だんだんと落ち着いてきた美月は、甲斐に差し出されたティッシュで思い切り鼻をかむ。

そして、顔を上げるやいなや甲斐の顔を見て口を開いた。

「私、ダイエットしてるんです。主人に、太ってる私は女として見られないって言われたんです。だから私、絶対痩せなきゃいけないんです!」

なぜ突然、甲斐にこんなことを打ち明けたのだろう。だが今の美月は誰かに向かって宣言しなければ、弱った心を奮い立たせられそうになかった。

甲斐はそんな美月の言葉を笑うことなく、正面から受け止めてくれている。そして、何度も頷きながら言った。

「そっか…。それで、食事を抜いて、肉を絶って、フラフラになりながらも頑張ってボルダリングしてるんですね」

そう相槌を打ってくれる甲斐だったが、しばらく押し黙ったかと思うと、急に厳しい表情を美月に向けた。

「でもね、美月さん。はっきり言ってそんな計画じゃ痩せるわけないですよ。あまりにも無茶だし、やり方が間違ってる。絶対に続かない。続いたとしても、痩せる前に体を壊して終わりですね」

「!…」

甲斐の優しさに甘えて吐露した、ダイエットへの想い。そんな想いを正面からへし折られた気持ちになり、美月の目は再び潤み始めた。

だが甲斐は、美月の様子など意に介す様子もない。突然立ち上がりカーテンを開けたかと思うと、ジムへと出てくるように美月を促した。

トボトボとバックヤードから出てきた美月の前に広がるのは、一面にホールドが散りばめられた高い壁だ。

甲斐は美月の隣に立って目線を揃えると、天井付近を指差す。

「見て。あの、一番高い場所にある真っ青なゴールホールド。美月さんは、反対側の壁からあのゴールまでたどり着ける?床から4メートルジャンプしてあのゴールにタッチできる?」

「まさか、そんなこと。できるわけないじゃないですか」

そう答えた美月に向かって、甲斐は深く頷く。

「そう。できるわけない。目指すゴールに届きたければ、正しいルートを一歩一歩登らなきゃいけないんです。一気に結果を出そうなんて思っても、方法が間違っていたら絶対にうまくいかない。ダイエットだって同じですよ」

美月は思わず絶句する。この2週間必死で取り組んできたダイエットが、4メートルジャンプするほど無茶で間違っていた方法だったなんて…信じたくなかったのだ。

―でも、でも。じゃあ一体どうすれば…?

混乱の中で呆然と立ちすくむ美月の前に、甲斐が一歩近づいてくる。そして、お尻のポケットから小さな紙片を取り出すと、ニヤリと笑いながら差し出した。

「ご主人のために、本気で痩せたい?その気があるなら、正しいルートを案内しますよ」

美月は訝しみながらも、差し出された紙片をそっと受け取る。手にして見るとそれは、小さな真四角の形をした名刺だった。

そしてその名刺には、指し示されたゴールホールドのように真っ青な色で、こう記してあったのだ。

Be The Best Version of Yourself(最高の自分になろう)
パーソナルトレーナー
甲斐 陽介

と。


▶NEXT:10月28日 月曜更新予定
「本気で痩せたいなら、あるものを持ってきて」甲斐が指示した意外な物とは


▶明日10月22日(火)は、人気連載『夫の反乱』

夫から溺愛され、好き放題にやってきた美人妻・めぐみ。最近夫の様子がおかしいことに気づき…。夫を大切にすることを忘れた妻の行く末は?続きは、明日の連載をお楽しみに!













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