妻を置き去りにし、夫はホテルで一夜を…。順調だったはずの夫婦に訪れた悲劇とは

妻を置き去りにし、夫はホテルで一夜を…。順調だったはずの夫婦に訪れた悲劇とは

世の中は、弱肉強食の世界だ。

特に、この東京で生きる男たちにとっては。

皆、クールな顔をしながら、心に渦巻くどす黒い感情を押さえつけるのに必死だ。

弁護士としてのキャリアを着実に重ねる氷室徹(34歳)は、パートナー目前。年収は2,000万を超える。圧倒的な勝ち組と言えるだろう。

しかし、順風満帆に見えた彼の人生は、ある同級生との再会を機に狂い始めていく。

◆これまでのあらすじ

堀越が明かした、氷室との衝撃の過去。堀越はかつて、氷室からいじめられていたと言った。思い出そうにも、氷室には心当たりがない。

そんな中、家庭でもトラブルが起ころうとしていた…



「氷室君。彼は、君から暴行を受けていたとのことだよ」

五反田から帰ってきたばかりの上司・大川の個室で、氷室は呆然と立ち尽くしていた。

「…今、何と…?」

聞き間違いだろうか。そう思い、氷室は咄嗟に聞き返してしまった。

15分ほど前、大川が堀越の事務所から戻ってきたときにはすでに、その渋い表情から案件が頓挫したことは悟っていた。

しかし、去ってしまったクライアントの背中を追いかけても仕方がない。別の案件に取り掛かることにしよう、と思っていた矢先、その大川から呼び出されたのだ。

十中八九、堀越との案件の話だろうとは思ったが、もしかすると大川には打開策があるのかもしれない。そんな淡い期待を持って向かった大川の個室で、衝撃的なことを言われたのだ。

大川はもう一度繰り返す。

「堀越さんは、君に暴行を受けていたとのことだよ」

「…は?」

ようやく口から漏れた言葉が、それだった。上司である大川に、無礼な言葉使い・態度であったことは、その瞬間は気に留める余裕がなかった。

それほど氷室にとって、まさしく晴天の霹靂だったのだ。

−堀越に? 暴行? 俺が?

この3つの短いフレーズが、ものすごいスピードで自分の頭の中をぐるぐる駆け回っている。

氷室は、いつもは頼りにしている自分の頭が、この状況を打破するのに有益なものを何も生み出さないことに、苛立っていた。

それだけ“堀越への暴行”とは、氷室には縁のない言葉だったのだ。大川は続ける。

「今回ばかりは“後ろから刺されるわけにはいかない”らしい」

ちくり、と胸のあたりが痛むような感覚を覚えた。しかしそれをすぐにかき消したのは、妻からの着信だった。


失意の氷室にさらなる追い討ちが…。妻からの電話の内容とは?

泣きっ面に蜂


帰路についた氷室は、とてつもない焦燥感に襲われていた。電話口の妻が涙ながらに「早く帰ってきてくれ」と告げたのだ。

理由を尋ねると、どうも一人息子の和真のことで何かトラブルがあったらしい。

大川と話している途中の着信で、氷室は一瞬躊躇した。が、大川はクライアントからの電話かと思ったらしく、電話に出るように促した。

妻は電話口で、堰を切ったように言葉を並べ立て、とにかく早く帰ってくるようにと訴えている。

電話越しに響き渡るほどのヒステリックな声は、大川にも聞こえたらしく、氷室に向かって大仰な手振りで退室してもよいとの合図を出した。

氷室は道すがら、一体何があったのかを思索していた。

妻がこれまでにあれほど取り乱したことがあっただろうか…?万が一、息子が事故や事件に巻き込まれたのであれば、それを端的に伝えることができるくらいには賢い女を選んだつもりだった。

特に当てはまりそうなアイデアが見つからないまま、重い気分で自宅のドアの鍵を開け、ドアノブに手を掛ける。その間にも、どすどすと大きな音を立てて、妻が玄関に近づいてくるのが聞こえた。

−一体全体なんだっていうんだ?

彼女は氷室の手からカバンをひったくるようにして取り上げると、耳元でこう告げた。

「いじめがあったらしいの…。和真に」

がつん、と頭を横から鈍器で殴られたような衝撃だった。

普段だったら、冷静に対処できただろう。

最近は“いじめ”という表現をやめ、きちんと被害届を出して警察による調査を入れ、“犯罪”として裁くべきだという風潮もある。当事者間でうやむやにするのではなく第三者を入れた対応をするなど、弁護士という立場からアドバイスをすることもできたはずだ。

「彼は君に暴行を受けていたとのことだよ」

先ほどの大川の言葉が、耳にまとわりつくかのようにリフレインしている。

しかしさらに衝撃だったのは、妻が放った次の言葉だった。

「先生が言うには、もうだいたい犯人の目星はついてるんですって。加藤君、早川君とそれから…堀越君って子」

−堀越、だと?

氷室の首筋から脂汗が吹き出してくる。

妻はすがるような目を向け「ねえ、どうしようかしら」と言ってくるが、耳を傾ける余裕はなかった。



次の瞬間、気がついたらこんなことを口走っていた。

「何のためにお前を専業主婦にしてやってると思ってるんだ。家庭の問題はお前の仕事だろう。お前が解決してくれよ」

この場から逃れたい一心で、氷室の口をついて出た言葉。自分でもしまったと思ったが、その時には遅かった。

「もういい…!」

妻はその場に膝から崩れ落ちた。しばらく泣きじゃくっていたが、急に金切り声をあげる。

「…出て行って。出て行ってよ!」

氷室は、帰宅した時のままの姿で踵を返し、逃げるようにして自宅を出る。彼女がどんな顔をしていたのかについては、考えないようにした。


妻を置いて、家を飛び出した氷室。そして息子をいじめた同級生の名前が気になるが…?

天網恢恢疎にして漏らさず


“天網恢恢疎にして漏らさず”という言葉がある。

悪事を行えば天罰を逃れることは出来ないという、中国のことわざだ。

この言葉を知ったのは、確か氷室が新人弁護士の時だ。当時、法律事務所の顧問だった初老の弁護士が、新人弁護士を引き止めては話し聞かせていたのだ。

「悪いことをした人間には、必ず天罰が下る。いくら法の裁きを逃れたところで、神は決して見逃さない。それにな、自分が覚えていなくても、神は見ているんだ。

悪いことをすれば、地獄に落ちる。様々な案件を見てきたが、そう思わざるを得ないよ」

−とは言っても、法律で裁かれるわけじゃないだろ。くだらない。

氷室は、これまでこういった類の話は、でたらめだと思っていたのだ。

しかし今回の堀越との一件で、その考えは改めざるを得ないのかもしれなかった。



『ガーブ東京』で、軽く食事を終えた後、氷室は事務所近くのホテルに宿泊することにした。

今日という1日を過ごす中で憑いた悪いものを洗い流すために、熱いシャワーを浴びる。

脱衣場を抜けると、東京駅を見下ろす絶景が広がる。部屋のみならず、浴室からもこの眺望を楽しむことができるのだ。

自分のこれまでの選択は間違っていなかったのだと、このホテルに来るたびに思えた。

シャワーのノズルをひねり、湯を出す。熱めの温度が、疲れた身体に心地よかった。

…それでも、不意に先ほどの妻のセリフが脳裏によぎる。

“堀越君って子”

かなり高い温度のシャワーを浴びている最中にも関わらず、氷室の背中に再び怖気が走り、思わず体を震わせた。

−いや、違う。そんなはずはない。

堀越には配偶者すらいない。それは違う堀越だ。だいたい堀越なんて名字は、珍しくも何ともないじゃないか。

浴室から出た氷室はおもむろにスマホを取り出し、“堀越 名字 人数”と検索してみた。結果は…日本全国で3万人弱。東京にはおよそ4,500人程度。

−意外と少ないな。ありえる、のか。

疑念ばかりが膨らみ続ける中、氷室は眠りにつけないまま朝を迎えた。


▶︎Next:11月20日 水曜更新予定
堀越が氷室の事務所にオファーしなかった本当の理由とは…?



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