「既婚者と付き合ってるの?」何も知らない女の質問に、男が伝えた非情な真実

「既婚者と付き合ってるの?」何も知らない女の質問に、男が伝えた非情な真実

騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

そんな二人が出会い、動き出した運命の歯車。

◆これまでのあらすじ

詐欺師・小川の思惑通り、夫と離婚してしまった智。小川と一緒に訪れたアフリカで、二人はついにキスをし、付き合うことになる。



―別れた相手と会うのは、初めてだな。

関係を終わらせた相手とは二度と会わずに、完璧に姿を消す。

貫いてきたセオリーを初めて破ったことに、親太郎はある種の気持ち悪さのようなものを感じながら、富田葉子を待った。

5分程遅れてきた葉子は、親太郎の対面に座りながら、またここに来れて嬉しい、と言った。広尾のフレンチビストロ。この店で会うことを希望したのは葉子で、ここは最初に2人で夕食を食べた、つまり初めてデートをした店だ。

カジュアルな店だがワインリストが素晴らしく、それを目当てに来る人が多い。あの日と同じ席は空いておらず、今日は店の一番奥、半個室になっている小さな2人がけのテーブルだ。

最初にオーダーしたシャンパンは、アンリ・ジローのグラン・クリュで1998年。確かあの時は1999年のものだったけれど、同じ作り手のものを選んだことを、葉子は気がついているだろうか。

「乾杯、っていうのも何か変かな」

親太郎がそう言ってグラスを掲げると、葉子は曖昧に笑い、アフリカはどうだった?と聞いてきた。

神崎智の直属の部下である彼女だから、例えプライベートに近い渡航であっても、スケジュールを共有しているのだろう。

親太郎は当たり障りのない話だけをかいつまんだ。シャンパンを、1口、2口と、口に含みながら相槌を打つ葉子はにこやかで、一通り聞き終わると言った。

「親太郎さんの話の前に…先に、私から話してもいい?」

葉子の返信は『神崎さんのこと?』だったな、と思いながら親太郎が頷くと、葉子は小さな深呼吸をしてから喋り始めた。

「私が、別れたいって言った時のこと覚えてる?」

「もちろん。一言一句覚えてるよ。疑って泣いて、イライラして醜い自分が嫌だから、もう離れたい、耐えられそうにないって言ったよね。片思いに疲れたって。忘れられるわけないよ」

そう言って寂しそうに微笑んだ親太郎に、葉子が答えようと口を開いたそのタイミングで、お通しが運ばれてきた。

キノコと百合根の温かいポタージュ。小さなカップの中身を陽気に説明する店員の間の悪さに、気まずい空気が流れる。葉子は店員が立ち去るのを待ってから続けた。

「私ね、身勝手なことはわかってるんだけど…今日は覚悟を決めてきたの。その…私達が別れることになったのって…本当に些細な喧嘩がきっかけだったじゃない?」


葉子の思わぬ告白。そして親太郎の返事が、また葉子に衝撃を与え…。


「あなたの携帯には女性からの連絡が絶えなかったから、その親しそうなやりとりに気づく度に私はいつもモヤモヤして。不満ばかりぶつけて。

あからさまな好意のLINEを私が見ちゃったりして、浮気を疑って。否定してくれてるのに信じられなくて、グルグルしていたらあなたが初めて怒って喧嘩になって。

親太郎さんの気持ちが私から離れて、他の人に気持ちが動いたんじゃないかって思い始めたら、もう負のスパイラルで。自分のことがどんどん嫌になって耐えられなくなって…」

その耐えられなかった日々のことを思い出したのか、葉子は顔をしかめて、一度言葉を区切った。

「私ね、別れを切り出したことを後悔し続けてる。別れてから尚更あなたのことを考えちゃうようになったし、その、だからもう一度、私と…やり直してもらえないかと…」

途切れ途切れの語尾は小さくなり、葉子は唇をきつく噛み締めた。

「力を抜いて。唇が切れてしまう」

親太郎は腕を伸ばし、葉子の下唇に人差し指で触れた。ビクッと震えたその口元が緩んだのを見届けると、親太郎は申し訳なさそうに言った。

「ごめん」

葉子の表情は、落胆というより、困惑し、事実を受け止めることを拒否するようにも見えた。

惚れさせるより、別れる方が難しい。別れが長引くことは危険を孕むと分かっているから、いつもは二度と会わない、会えない状況を作って消えるのだが、今回親太郎はあえて、その危険を侵している。

「ごめん。実は俺、もう別の人と…」

葉子が、何か小さく反応した。聞こえなかった親太郎が、何?と優しく聞き直すと、絞り出したような声が返ってきた。

「…やっぱり…あの人なの?」

あの人、というのが誰を指すのか聞かずとも分かるけれど、親太郎は黙ったまま答えない。

「やっぱり、神崎さんでしょ?やっぱり…」

力のないその声に、親太郎はもう一度、ごめん、と言ってから続けた。

「葉子にフラれてから…神崎さんといろんなことがあって。付き合うことに…恋人になった。葉子にはきちんと伝えたくて、だから今日…」

「…付き合う…?神崎さんも親太郎さんを好きってこと?でも既婚者と付き合うとか、そんなのダメでしょう?」

葉子の動揺に親太郎は、社長の娘である神崎智が離婚したということが、社内に広がっていないことを知った。この手のゴシップは、隠し通そうとしてもどこからともなく漏れ、噂は広がっていくものだが。

―探る必要があるな。

マサの顔を思い浮かべながら、目の前の葉子に意識を戻した。

「彼女はもう既婚者じゃない」

「……え?」

「離婚してくれたんだ。だからもう、既婚者じゃない」

「嘘…神崎さん、離婚、したの?してくれたって…どういう意味?」

親太郎は、否定も肯定もせず、情報がオープンになっていないのならまだ内緒にして欲しい、と困った顔を作った。

しばらくの沈黙の後、親太郎を睨んだその目には涙が浮かんでいた。

「…悔しい…わかってたけど、悔しい…」

葉子が呟き、涙が落ちた。


葉子の嫉妬が爆発し、智への憧れが憎しみに変わる。

「神崎さんみたいに凛として、仕事ができる女になりたいなって、ずっと目標にしてきた。会社で一番尊敬する人で大好きな上司だった。だからあなたと付き合うようになった時、神崎さんに紹介したいなって思っちゃった。浮かれてたのね、私」

話すというよりは、まるで独り言のように喋りながら、葉子はほとんど口をつけてないシャンパンのグラスのステムをギュッと握った。

今夜は料理をあまり頼まず、バーとして使わせてもらいたいと事前に店に連絡していたけれど、シャンパンもほとんど減っていなかった。

「…私達が別れた後、あなたが連絡をくれたでしょう?うちの会社と取引をすることになったって。自分は神崎さんの海外案件を引き受けたから会社に行く、ランチを一緒にどうかなって。

私、すごく嬉しかったし、期待した。あなたがヨリを戻そうって言ってくれるのかもしれない。そうじゃなくても、もう一回良い関係が築きなおせたりするのかなって期待した。

でも、あなたはランチの間中、神崎さんの話ばかり。イベントを仕切る彼女にカリスマを感じたとか、その後一緒に飲んだ時の話とか。

そして言ったわよね。

『私が紹介する前に実は神崎さんと出会ってたらしい。彼女から聞いて思い出した』

『俺と神崎さんの間には特別な縁がある気がする』

『彼女は今まで会ったどんな女性とも違う、特別な女性だ』

だから彼女との仕事が楽しみで仕方ないって、子供みたいにはしゃいで嬉しそうで、熱量が凄くて。そんなあなたは初めて見たの。自覚してた?自分がすごく興奮してたってこと」

親太郎が首を横に振ると、葉子が顔を歪めて笑った。

「私、呆然としちゃったの。その他大勢の女性たちに嫉妬してもがいてたけど、私が警戒するべきは、神崎さんだったんだって。結局、私もその人たちと同じ、その他大勢だった。

特別な存在だと言われたことも、理性を奪えたこともない。少しの時間を一緒に過ごして、通り過ぎるその他大勢。惨めね。…ねえ、親太郎さん」

少しの間を置いた後、葉子は続ける。

「正直に答えて欲しい。私と別れる前から、神崎さんに惹かれてた?」

「そんなことは絶対にない」



葉子は、返事も頷きもせず、何かを考え込むような様子を見せた。少しの間待った親太郎が、葉子?と声をかけると、そっか、と小さく呟いた。

「そっか、って?」

親太郎の質問には答えず葉子は、今日はもう帰ってもいいか、と言った。送ろうかという親太郎の提案を拒むと立ち上がり、歩き出した。

「…葉子、ごめん」

「…何に対して謝ってるの?…ひどい人…なのに私は…」

振り向いた葉子の言葉は、こみ上げる感情を押さえつけるように詰まったが、弱々しくはなかった。そして足早に立ち去った葉子のヒールが立てた音が、妙な余韻で親太郎の耳に残った。


親太郎の過去の女たちに接触した刑事。しかし意外な反応が…。

警視庁・捜査2課


警視庁捜査2課の福島昭二刑事は、一通り調べ上げた、6人の女性たちの資料ともう一度睨み合っていた。



「それなりに裕福な方々ばかりなので、すぐに本人に行き着くと思いますよ」

密告なのか、別に意図があるのか。田川弁護士の真意はわからないままだが、福島はとりあえず調査を始めた。すると彼の言葉通り、小川親太郎に大金を渡した女性たちの身元はすぐに割れた。

だまされた当時の女性たちの年齢は21歳から84歳まで。亡くなっていたのは、訴えのあった松岡早苗(まつおか さなえ)だけで、そのほかの女性たちは存命。話をすることを拒む人、お金を渡したことを認めない人などもいたが、2人には話が聞けた。

例えば佐久間朋子(さくま ともこ)という女性が、お金を渡した理由は、小川が作ったという負債の肩代わり。しかし小川からは一切お金を請求されたことはなく、あくまでも自分が申し出て、無理に渡したことだから、騙されたわけではない、の一点張りだった。

そして最年少、21歳の三井麻理(みつい まり)は、親の決めた政略結婚が嫌で、恋に落ちた小川が自分と駆け落ちするつもりだったのだという。でも父親に見つかってしまい、その父親が娘と別れる礼として小川に1億円払ったらしい。

「父に知られて、脅迫されたんです。こんなこと刑事さんに言っていいのかわからないですけど…逃げたらどこまでも追って小川さんを抹殺する、と。社会的になのか、本当に殺してしまうのか。父ならやりかねない。

だから、私は小川さんを守るために、家に戻ることを決めました」

三井麻理の父親は不動産業で成功した実業家だが、裏ではかなり黒い噂のある人物だ。 反社会的勢力とのつながりがあるとも言われている。内情を知る娘がそう言うのなら、本当に殺される、ということもあるのかもしれない。

「でもすんなり戻るのは辛いし悔しくて、やるせなくて…耐えられなかった。最後まで私を守ろうとしてくれた小川さんに、どうしても何かお礼がしたくて。危険を顧みず、かけがえのない時間をくれた彼に、私を覚えていて欲しかった。

思いを何か、どうしても形にしたかったんです。

だから父に、家に戻る代わりに小川さんに1億払って、と要求しました。父は割とすんなり承諾してくれたんですが、小川さんは受け取りを拒み続けました。一緒に逃げようって言い続けてくれて…嬉しかった。でも、私は小川さんと別れたんです。彼を守るために」


捜査に行き詰まる、福島刑事の次の作戦とは!?

「お金は父が直接渡したと聞いています。小川さんは、強固に拒んだらしいですが、受け取りを完了させてくれない限り、家には戻らないと父に言ってあったので。父に拝み倒されたのだと思います」

三井麻理は約束通り、家には戻ったが結婚はせずに済んだのだという。

「式の1カ月前になって、結婚相手の素行不良の資料が、実家に匿名で送られてきたんです。大物政治家の息子でしたが、違法薬物や女遊び、ギャンブルにのめり込む写真が。

さすがの父もそれを見て、結婚を取り止めてくれて。私のためというより、そんな相手と結婚させて、もしもバレたら事業や自分の立場が危うくなるのが嫌だったのでしょう」

三井麻理は、写真は小川親太郎からの最後のプレゼントだと思う、と嬉しそうに笑っていた。





「借金の肩代わりとか、駆け落ちとか、殺す、とか…どう考えても怪しいワードが満載なのに、この人達が騙されたって訴えてくれなければ罪に問いづらいんだもんなあ。ムカつくけど、どうすりゃいいんだろ」

捜査部屋として資料を持ち込んだ会議室で、福島と向き合っていた部下の三橋がそう言ったが、まさにその通りで、恋愛詐欺というものは非常に立件が難しいのだ。

騙された人たちが、あれは恋愛だったと信じ通そうとしたり、世間にバレることを恥ずかしがったりするし、借用書がなく口約束が多いため、仮に立件できて裁判になっても、譲渡だと言い張られ、騙されたという証明に手こずる場合もある。

ともかく、まずは被害を成立させなければならないが、 話が聞けた2人は訴える気など皆無。だから福島は作戦を変えることにした。

話が聞けた2人は訴える気など皆無。だから福島は作戦を変えることにした。

「小川が失敗したことがある、って言ってたよな、あの田川とかいう弁護士が。その人物をなんとか探しだそう。それと、小川は近々大金を手に入れると言っていた。現在のターゲットを見つけ出そう。兼六堂界隈にいるだろう」

でも福島さぁん、と部下の三橋が頼りない声を出した。

「やたらとふわふわした案件ですよねえ。小川親太郎が女性たちを騙して、金を奪ってても、彼女達が幸せだったと思ってるんなら、罪に問う必要あります?ホストとかと何が違うんだって感じですよ、今のところ。

こう言っちゃなんですけど、金を渡したどの女性も、1億や2億なんて痛くも痒くもなさそうな人ばっかりだし…なんというかコスパ悪くないですか、この捜査」

刑事としては不謹慎な言い方だが、三橋の言うことも理解できる。だが福島は、この捜査はやめるべきではないと思っていた。小川親太郎の中に、悪の芽のようなものを感じていたからだ。

「人を騙して大金を奪う男は、罪に問われるべきだろ。俺の勘が、アイツを調べろって言ってるんだよ。ほらとっとと動け」

「え、なんの説明にもなってませんし、刑事の勘とか今時流行りませんよー」

真顔でそう言った三橋を蹴り飛ばしたくなったが、グッと堪える。そして福島は、もう一度小川親太郎と田川弁護士の経歴を洗い直すため、ある場所に電話をかけた。


▶NEXT:11月24日 日曜更新予定
捜査が進む中、智と親太郎の関係は深まり、送金が完了。そして葉子の行動が…。



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