―愛情か、それとも執着か?

幼い頃から、聖母マリアのような妻になりたいと願っていた、秋吉紗奈32歳。

しかし、彼女の運命の歯車は、航平からプロポーズを受け取ったときから狂いはじめる。

少しずつ蝕まれていく彼女の心。愛は時に凶器となり得る。

繰り返される心理戦、前代未聞の惨劇が今、はじまる。

♦これまでのあらすじ

会社の後輩・東航平(29)からプロポーズされ結婚式の準備を進める紗奈(32)。途中で同僚の今井美雪(26)と航平が浮気していることに気付くが、そのまま紗奈は結婚式当日を迎えた。ところが、2次会のビデオメッセージの中に、美雪の策略で、航平と美雪のツーショット写真が差し込まれてた。ショックを受け紗奈は美雪への復讐を誓った・・・



「まだ熱があるの? わかった、今日も休みだね。仕事の方は任せてくれて大丈夫だから、ゆっくり休んで」

結婚式を終えた翌週、5月中旬の木曜日の朝、紗奈は咳き込みながら上司に体調不良で休むと連絡をしていた。

「すみません、明日には治ると思うので・・・。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

そう付け加えて、紗奈は電話を切り、風邪薬を何錠か口に含んだ。

航平はもう出勤したので家にはいない。リビングには引っ越し後に片付けられていない段ボールが、まだいくつか残っている。

「はぁ、結婚しても何も変わらないな。結婚さえすれば、なんとかなる、そう思っていたのに・・・」

紗奈は思わず溜息をつく。

結婚式が終わってから、紗奈はずっと体調を崩している。体はもちろんだが精神的にもかなり追い詰められていた。

それもそのはず。二次会の幹事だった美雪の仕業でメッセージムービーの中に美雪と航平のツーショット写真が1枚紛れていたから。

「どこで撮った写真なの?」と航平に聞いても彼は「みんなで飲みに行ったときの写真」と答えるだけだった。嘘であることは明らかなのに。

航平が美雪と浮気していることは結婚前から勘付いていたが、これまで2人は紗奈に気付かれないようにこっそり会っていた。

しかし、二次会のムービーに紛れ込んでいた「あの写真」。あれは間違いなく美雪からの戦線布告だった。「結婚したって幸せにはさせない」という。

それに対し、紗奈はこう心に誓ったのだ。

―結婚式を台無しにたあの女のことを、絶対に絶対に、許さない。復讐してやる……。

そう意気込んだものの、会社に行けば美雪がいる。

同じフロアではないとはいえ、ひとつ上の階では航平と美雪が同じチームで働いていると思うと、とても会社に行く気分にはなれなかった。

紗奈は、もはや以前のような穏やかな状態を保てなくなっており、ちょっとしたことでイライラするようになった。そしてその感情の矛先が完全に美雪に向かっていた。

―普通に浮気を追求して別れさせても、あの2人はその後も一緒に仕事をし続ける。そんなの許せない。美雪を徹底的に排除するためにやるべきことをやらなきゃ・・・。

紗奈はスマホで、ひとつのホームページを検索する。そしてそこに表示された番号に電話をかけた。

「お電話ありがとうございます、松本探偵事務所です」

電話口から聞こえる女性の明るい声が、まるで女神のように紗奈には感じたのだった。


結婚式が終了後、徐々に神経が蝕まれていく紗奈。美雪に復讐するために、彼女が考えた作戦とは?

電話を切ったあと、どっと疲れが押し寄せて紗奈はソファーに倒れ込んだ。とりあえず1度探偵事務所の方に相談に来てください、ということを伝えられ、来週相談に行くことになった。

紗奈の計画はこうだ。

探偵をつかい航平の浮気の証拠を押さえて、その証拠をもとに美雪に対して慰謝料を請求する。そうなれば、きっと2人は別れるはずだし、美雪は会社にいられなくなるだろう。

浮気調査にかかる費用は平均50万円程度だという。

―金額は気にしない。こうなったら罠を仕掛けて、美雪をおびき寄せて浮気の証拠をつかんでやるから。

とりあえず、探偵事務所の人と話して落ち着いたからなのか、風邪薬が効いてきたのかわからなかったが、急に眠気が襲ってきた。意識が遠のいていくような感覚がしてそのまま紗奈は目を閉じた。

僅かなスマホの振動を感じて目覚めた時には、窓の外はすっかり暗くなっていた。カーテンを閉めきった真っ暗な部屋の中、スマホのメッセージを確認する。

「紗奈、体調大丈夫? ごめん、今日帰るの遅くなりそう」

航平からのLINEだった。紗奈はじっとそのメッセージに見入ると、次の瞬間、壁に向かって自分のスマホを投げつけた。



「全部嘘!!!!!嘘嘘嘘嘘!!!!!!」

そう叫んでから、紗奈はハッとして床に転がったスマホを拾った。

―よかった、スマホ壊れてない。私、どうしてこんなこと・・・。

頭がキリキリして、少しでも動くと気持ち悪くなりそうだった。ここ最近紗奈は、自分の感情が抑えられなくなっていた。

そんな自分に嫌気がさし、涙が溢れそうになる。

航平は体調を気遣ってくれているのはわかる。でもどこか取ってつけた言葉のように感じてしまう。それに、一緒に暮らし始めてから、帰りが遅くなる頻度が増えたような気がする。

「どうして早く帰って来てくれないの?」

衝動的にそう入力して送信した。すぐに既読がついたのに、返事はない。待ちきれずに、紗奈の手は勝手に動いていた。

「どうして?」

「どうして?」

「どうして?」

「どうして?」

そう連打したあと、暗闇の中、ひたすら返事を待った。しかし、しばらくして謝っているキャラクターのスタンプがひとつ、送られてきただけだった。


「残業で遅くなる」とLINEした航平は、その頃・・・




夜10時過ぎのオフィス。



「やだ、こわーい。紗奈さん怒ってるんじゃないですか?」

ほぼ人のいなくなった会社のフロアに、美雪の楽し気な声が響いていた。明日までに仕上げないといけない会議資料がまだ完成していないという理由で残業をしていた。

「なんか、最近紗奈が怖くてさ。こういうLINEが送られてきた日は、本当に帰りたくなくなるんだよね」

航平は紗奈から来たLINEを美雪に見せたあと、再びパソコンを叩きはじめる。

その言葉に、美雪は嬉しそうにニコニコしながら、航平の顔を覗き込んだ。

結婚式2次会のビデオメッセージに2人の写真を内緒で差し入れたことは、後で航平から多少怒られはしたものの、会社で誰かから突っ込まれたりはしなかった。

そもそも同じチームで働いているのだから、2人の写真があっても不思議ではないと周囲は思っているに違いない。そのギリギリを攻めることが、美雪にとっては楽しくて仕方なかった。

「今夜はもう帰らないことにしたんですか?」

「そういうわけにいかないでしょ。体調も悪いみたいだし、何か買って帰るよ」

「じゃあ私にも何か買ってください」

そう頬を膨らませた美雪に、航平はやれやれと首を振るがどこかまんざらでもなさそうな様子を、美雪は真っすぐに見つめる。

「今日、やっぱり帰っちゃうんですか?」

「帰りたくないけど帰るよ。それより仕事終わりそう? 大丈夫?」

美雪はため息をついて、パソコンを閉じた。

「もう終わったんで大丈夫です。じゃあ今度、どこか連れてってくださいよ。仕事じゃなくて、2人きりでゆっくり温泉でもいきたいです!」

航平は帰り支度をはじめながら、うーんと唸った。

「考えておくよ・・・」

この時はまだ2人は、この関係がもうすぐ終わりを迎えることになるとは、想像もしていなかった。


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追いつめられていく紗奈の復讐が、いよいよはじまる・・・!