最高の相手と結婚したい。誰もがそう思うだろう。

ときめき、安定、相性の良さ…。だけど、あれもこれも欲張って相手を探していると、人生は瞬く間に過ぎていく。

東京に流れる時間は、待ってはくれないのだ。

与田彩菜も、運命の相手を見つけるため、婚活に励む女のうちのひとりだ。彼女には、こんな持論があった。

「婚活は、同時進行が基本でしょ?」

—良くないこととはわかっているけれど、選択肢は多ければ多いほうがいい。…こっそり誰にもバレないように。

そんな主張をする、強欲な女。彼女は、思い通りに幸せを掴めるのか…?



大人になってから「実は血液型が違っていた」という話は、たまに聞く。

与田彩菜は、実際にそういう先輩を知っている。

幼少時にB型だと教えられ、ずっとB型らしくふるまっていたのに、初めての婦人検診の結果、本当はA型だと判明し、人生を見つめ直した先輩だ。

ーだけど、A型らしいとかB型らしいという考えが好きじゃないわ。血液型占いも星座占いも、当てにならないし。

彩菜はそんな風に斜に構えていたが、あるとき、彼女の考えを覆すような意外な出来事が起こったのである。



「え、私って…天秤座だったの!?」

本屋の雑誌コーナーで、彩菜は思わず声を上げた。

26年生きてきて、星占いをチェックしたことはもちろんある。だが今年の仕事運も、今月の恋愛運も、今日のラッキーアイテムも、当たったためしがない。

というわけで彩菜は、星占いを全く信じていなかった。

だが、デートの待ち合わせまで時間に余裕ができて入った本屋で、偶然見かけた雑誌。何気なく手に取り、パラパラとページをめくっていたところ、星占いの特集が目に飛び込んできたのだ。

11月1日生まれの彩奈は、本来さそり座だ。だがその占いによると、11月1日生まれは、天秤座だとハッキリ書かれている。

ーえ??なんで?そんなはずないし…。

血液型ならともかく、大人になってから「星座が違っていた」という話は初めて聞いたし、ありえないだろう。

怪訝に思いながら特集の見出しをよくよく見ると、「13星座占い」と書かれていた。

13星座占いとは、さそり座と射手座の間に“へびつかい座”が存在しているという説で、11月1日生まれはさそり座でなく、天秤座になる。正確にはそこでは「新天秤座」と呼ばれていた。

さらに占いは、ウソのように彩菜の人間性や人生の出来事を言い当てている。

『2月に恋が終わり、9月に恋が始まる』

ーウソでしょ…。大正解…。前彼と別れたのが今年の2月。今彼と付き合い始めたのが9月。

まさにドンピシャだ。

しかも彩菜の心に寄り添ったようなアドバイスまで書かれているので、気づけば、本屋で涙を流していた。遅れてやってきた彼氏もギョッとしていた。

ーダメよ。私は占いに翻弄されるような人間じゃないのよ。

周りを見渡せば、あらゆる女子が占いに頼っているが、その結果幸せを掴んだ人を一人も知らない。自分はそんなバカな女じゃない。そう思っているけれど…。

「私は天秤座だった」

その事実は、ふんぎりのつかなかった彩菜の背中を押してくれる。

ずっと心の中だけで温めてきた"ある計画"を「実行に移すがよい」と神様が言ってくれている気がした。

ー天秤座の女だからこそ、あの計画をやってもいいのかも…。


平凡な恋愛人生が変わり始める…。

今日は、5歳年上の先輩・工藤葵と、1カ月ぶりにランチの約束をしている。

彼女は、大人になって血液型がB型でなくA型だったとわかり、人生を見つめ直したという張本人だ。

葵に会ったら、これから天秤座として生きていくことにした、と報告するつもりだ。彼女の驚く顔が目に浮かぶ。

ところが、待ち合わせの『クリスクロス』に遅れて到着した葵は、彩菜が話しかけることを躊躇してしまうほどに、暗く落ちこんでいた。



「私、離婚したんだよね」

「えっ…」

現在31歳の葵は、1年前に結婚したばかりだ。21歳から付き合っていた大学の同級生と、交際9年目のときに結婚した。

だが1周年の結婚記念日を迎える前に離婚した、という知らせは、彩菜にとって寝耳に水だった。

原因はどちらかの浮気ではなく、性格の不一致だという。

「9年間も付き合って、そのうち3年は同棲していたのに、結婚したらたった1年で別れるなんて…。自分でもこんなことあるのかって思ってる…」

いつもは快活な葵の声も、今日は信じられないほど小さくて、彩菜はどんな言葉をかけていいかわからない。

「10年間も一緒にいたのに、見極めが足りなかったのかな…」

見極め。そう、見極めが大事なのだ、と彩菜は思った。

ー葵さんは、一途すぎたのよ。もっと器用に、うまくやればよかったのに。

他の男に目移りしたことぐらい私だってあるよ、と口では言いつつも、実際は彼女に浮気経験がないことを彩菜は知っている。

でもそれが不運だった。

10年間、同じ男といたから、他の男を知ることができなかった。見極めるにも選択肢が乏しかったのだ。

「彩菜ちゃんは、私みたいになっちゃダメよ」

葵はそう言って、精一杯笑ってみせる。

―はい。葵さんみたいには絶対なりません。

心の中だけで彩菜は答え、表向きは曖昧な笑顔で「そんなこと言わないでくださいよ」と返した。

「本当に、見極めが足りなかった…」

ランチ中、葵は何度もつぶやいていた。

その言葉もまた、ふんぎりのつかなかった彩菜の背中を押した。ずっと心の中だけで温めてきた計画を、やはり決行するときがきたのだ。

「彩菜ちゃんは、結婚相手は慎重に選ぶのよ。これは、失敗した私だからこそ言えるアドバイス…って、聞いてる?」

ついぼんやりと考え事をしていた彩菜は、葵の言葉にハッと我に返る。咄嗟に、本音が口をついて出た。

「大丈夫ですよ。私は絶対にうまくやってみせますから」

「え?どういうこと?」

少し苛立ちを帯びた顔で葵に尋ねられ、この際だから正直に話してしまおうと決めた。

「あの、今から言うことは、葵さんだからこそ話すんですけど…」

"あなただからこそ…"という、嫌われることなく味方を作りたい時に使う常套句。それを前置きに使い、彩菜は、温めてきた計画を初めて他人に話すことにした。


彩菜が温めてきた計画とは…。

「正直に言うと、私これまで、恋愛で苦労したことがほとんどないんです」

彩菜に初めて彼氏ができたのは、高校2年生のとき。それからは面白いほどモテまくり、大学卒業までに最初の彼氏を含めて8人の男と付き合った。周りを見ても、その数は多いだろう。

「だよね。彩菜ちゃん、超美人だし、モテるもんね」

相槌を打つ葵の方を見ると、いつのまにか笑顔が戻っている。その言葉には嫌味も込められているのだろうが、彩菜は気にしない。

大学を卒業して社会人になるときに、20代のうちには結婚しておきたいと漠然と考えていた。この美貌と若さが有効なうちに、その武器を最大限に生かして、最高のパートナーを選ぶべきだと思ったからだ。

彩菜は、卒業以来さらに5人の男と付き合ったが、一度も恋人が途切れたことはない。1年以上付き合った男もいれば、3カ月もたずに別れた男もいて、交際期間の長短はさまざまだった。ごく短期間ながら“被った”相手もいる。

「だけど、結婚相手にはいまだに巡り合えていません」

つまり26歳になるまで、13人もの男と付き合ってきたわけだが、いずれも「結婚したい」と思えるような運命の相手ではなかったのだ。

「20代のうちに、つまり29歳までに結婚するとして、あと3年の間にベストパートナーを見つけないといけないんです。でも、付き合い始めてから、見極める時間も必要ですよね」

「私は10年いても見極められなかったけど、たしかに、それでも最低1年…ううん、2年くらいは交際期間が必要かも…」

「葵さんの言うように、最低2年付き合わないとその相手がアリかナシか判断できないなら、20代のうちに結婚するにはあと3年だから…私は1人しか付き合えないことになりますね」

強引な計算だけどたしかにそうね、と葵は笑う。

彩菜は淡々と説明を続けた。

「だから私、同時に複数の男と付き合うことに決めたんです」

「え?今なんて言った?…二股ってこと!?」

「いえ、二人とは限りません。なんなら、三人でも」

口をぽかんと開けている葵に、彩菜はにっこりと頷いた。



次に付き合う相手とは、絶対に結婚したいと思っているのだ。

だが今すぐにひとりには絞れない。

これまで付き合ってきた男たちは、全員が最終的には、彩菜から不合格の烙印を押してきた。13人もの男と付き合っても、生涯のパートナーは見つからなかった。

単なる交際と違って、結婚相手を見極めるというのはやはり簡単ではないということだろう。

時間は一秒たりとも無駄にできない。ならば同時に複数と付き合うしかないではないか。

「でも…」

葵が急に声のボリュームを落として、耳打ちするように言った。

「同時に複数って、4人とか5人と付き合ってもいいってこと?…その、なんていうか、体がもたないんじゃない?」

「私、器用な方なので、うまくやってみせますよ。でもとりあえずは、3人くらいが目標かな」

彩菜がさらりと答えると、次の瞬間、葵は大笑いする。

「私、やっぱ彩菜ちゃん、好きだわ〜。相変わらず変わってるわよね。離婚して落ち込んでたけど、彩菜ちゃんと会って元気が出た〜」

葵の言っていることは、本音ではないだろう。それぐらい彩菜は気づいている。

もしかするとムカつかれているかもしれない。いや、ムカついているだろう。離婚直後の相手に話すようなことではないのはわかっている。

この後輩女はバカだな。ムカつくな。そう思いながら、また前向きに動き出してもらえばいい。

ー私は私で、やるべきことをやるから。

「ということは今、彩菜ちゃんは彼氏が3人いるわけ?」

「いえ、今はゼロです」

「えっ、じゃ、これから作るの?」

葵先輩はまた大笑いした。

ーこの場はこう言っておけばいい。

実際、彩菜はすでにひとり彼氏がいる。待ち合わせ時間の直前に突然「1時間遅れそう」と言ってくる男だ。

おかげで本屋に入り、13星座占いに出会うことになったのだが…。

その彼とは、付き合ってまだ3カ月。もちろん運命の相手かどうかなど判断できない。

しかし2年後は28歳だ。その時に「こいつじゃない!」となった場合、フリダシに戻りたくはない。そのためには、あと二人ほど同時進行の検討材料が必要なのだ。

「彩菜ちゃん、昔からそんなこと考えてたの?」

「考えたんですけど、実行に移すつもりじゃなかったんです。でも最近、あることが起きて心境の変化があって、背中を押された気になったんです」

「あることって?」

彩菜は13星座占いと新天秤座のことを話した。

「さそり座だと思ってたときは星座ってなんだかピンとこなかったのに、天秤座だって言われたらしっくりきたんです。大げさかもしれないけど、生まれ変わったような感覚というか、本来の自分を取り戻したような気分です」

彩菜は力強く宣言する。

「だから生まれ変わった気持ちで、今まで実行に移せなかったことも思い切ってやってみることにします」

「彩菜ちゃんって、とんでもない子ね。こんなこと言い出す子、初めてだわ」

クスクス笑いながら葵がつぶやく。彩菜は心の中で毒づいた。

ー婚活は同時進行が基本。賢い女だったら、みんなやってることよ。人には言わないだけ。

一方で、誠実に一人の男を愛し、結果さんざんな目にあってきた女性も多く見てきた。…現に、目の前にいる葵もそのうちのひとりではないか。

「でも…あんまり悪いことしてると、バチが当たるんじゃないかなあ」

葵は急に真顔になり、咎めるような視線で見つめてくる。

ー葵さんったら、そんな風に正直に生きた結果が、コレでしょ。なんて言われようと、私は私の方法で幸せを掴んでみせる。

男に選ばれる人生なんて、まっぴらごめん。そんなことは、自分のような女がすべきことではないのだ。

"男を天秤にかけてでも、最高の相手を選び抜く。"

それが、天秤座の女として再スタートを切った彩菜の決意だった。これから、数々の苦難が彼女を待ち受けているとも知らずにー。


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彩菜が天秤をかける男たちとは、どんな人物なのか?