最高の相手と結婚したい。誰もがそう思うだろう。

ときめき、安定、相性の良さ…。だけど、あれもこれも欲張って相手を探していると、人生は瞬く間に過ぎていく。

東京に流れる時間は、待ってはくれないのだ。

与田彩菜も、運命の相手を見つけるため、婚活に励む女のうちのひとりだ。彼女には、こんな持論があった。

「婚活は、同時進行が基本でしょ?」

—良くないこととはわかっているけれど、選択肢は多ければ多いほうがいい。…こっそり誰にもバレないように。

そんな主張をする、強欲な女。彼女は、思い通りに幸せを掴めるのか…?

◆これまでのあらすじ

26歳の彩菜は、ひょんなことをきっかけに、3人の男と同時に付き合って天秤にかけて見極め、最良の相手と結婚することを心に誓う。大胆な女の計画は果たしてうまくいくのか…?



彩菜には現在、付き合って3カ月の立石直人という恋人がいる。

5つ年上の31歳、マッチングアプリで知り合った税理士だ。

「年収は、年によってまちまちですが、大体2,500万円前後。貯金は多いとは言えませんが1,000万円弱。その代わりに7,500万円で購入したマンションを持っています。結婚後はパートナーと相談し、買い替えようと思ってます」

会ったその日に、淡々と言われた。自己アピールのつもりだったのだろう。

だが不思議なことに嫌味に聞こえなかった。むしろストレートで、そこが好印象だった。

「こういうことは最初に明かしておいたほうが、のちのち気兼ねして聞けないということもなくなると思いますので」

「えっと、あの…」

戸惑う彩菜に、直人はきっぱりと言う。

「あっ、彩菜さんの年収や資産を聞こうとは思いませんので、大丈夫ですよ」

彩菜は安心した。自分の年収はこれっぽっちも言いたくない。

結婚後は、生活費用はパートナーに出してもらい、自分が稼いだ金は自分だけで使いたいのだ。

「直人さんは、結婚を前提にアプリをしているんですか?」

「逆に彩菜さんは、どうなんですか?」

質問を質問で返されるのは好きではない。でも初対面の相手だ。仕方なく答えた。

「結婚相手と出会えたら良いですが、そう簡単なものではないと分かっているので」

「そうですよね。僕も彩菜さんと同じスタンスです。安心しました。彩菜さんが結婚相手を探しているのかと思って、先走って年収とか言ってしまいましたが、今になって後悔しています。重く感じてしまったら、すみません」

そう言って、直人は頭を下げた。真面目な人なのだろう。

「まずはデートから始めさせてもらえますか?」

直人の申し出に異存はなく、彩菜もにっこりと頷いた。


しかし、直人に物足りなさを感じてしまう彩菜。その原因とは?

直人とは、それから平日に一度、週末に一度の週2ペースでデートを続けて、一カ月後には交際に発展した。

7,500万円で購入したという直人の自宅にも泊まった。一人暮らしとしては贅沢な、しかしファミリーで暮らすなら狭く感じるだろうマンションは、不動前駅から北に歩いて10分のところにある。

祐天寺駅から南に歩いて10分のところにある彩菜とは、生活圏がほぼ一緒だ。

「この辺はとても住みやすいからね」

付き合うとすぐに砕けた口調になった直人は、そう語った。

「そうね。私も、このあたりは住みやすいから好きだな」

彩菜は安心した。彼とは価値観が近いのかもしれない。

「でも結婚したら、鎌倉とか葉山とか、湘南のほうに引っ越したいな。窓の外に大きな海が見えるところがいい」

「ああ、そうだよね…。直人はサーフィンが好きだって言ってたもんね…」

取り繕うように答えたが、心の中では違うことを考えていた。

―ダメだ。前言撤回。価値観は合わない。

直人の収入ならそれらの場所の大きな家に住めるのかもしれないが、周辺の道路は渋滞が起こりやすく、特に土日はひどいと聞く。遊びに行くならいいが、結婚後に住むのは…と、彩菜としては複雑な気持ちだった。

そもそもアウトドアが趣味の直人は、交際開始後、週末は必ずアクティブに出かけていた。最初こそ彩菜は付き添っていたが、しだいに苦痛になった。

―たまには、ゆっくりまったりデートがいい…。

3カ月間付き合ってみてわかったことは、直人はたしかに経済力があり、安定しているということ。だが、趣味も価値観も合わない。

食の好みも合わない。健康を気にしすぎるがあまり、揚げ物を一切食べないというのには引いてしまう。

それに、初めて会った日から一度もときめきを感じたことがない。

彩菜は過去、一緒にいるだけでドキドキする男とたくさん付き合ってきたからこそ、物足りなく感じてしまうのだ。

別れるほどの悪い部分が直人にあるわけではない。だけど、決め手がない。

同時進行の天秤恋愛を始めようと思ったのは、それも理由の一つだ。他の男と比べて直人が良ければ、このまま付き合い続ければいいだけのこと。



「直人には『安定』がある。でも悪いけど、『ときめき』が一切ないし、『相性』もイマイチなんだよね…」

祐天寺のワンルームマンションで、ぬるめの湯船につかりながら、彩菜はひとり呟いた。

安定。ときめき。相性。まさに三大要素だ。

これまで付き合ってきた男性たちに、この三大要素をすべて兼ね備えた男はいなかった。

安定した男と付き合っても物足りなくなり、ときめいた男と付き合うと自分を繕ってうまく出し切れず、相性が良い男とは男女のパートナーというより友達のようになってしまう。

ー結局、幸せな結婚をするために一番大切な要素って何なんだろ。

もちろん3拍子揃った男がいれば、それが一番いいに決まっている。だが現実はそう甘くないことも、これまでの恋愛経験で十分に痛感していた。

ーどうせ完璧な男なんて存在しないんだから…。だからこそ3人いれば、ちょうどいい比較対象になる。つまり直人は、『安定くん』。残り2人は『ときめきくん』と『相性くん』ね…。

お風呂をあがったあと、そんな結論に達した彩菜は、『ときめきくん』と『相性くん』を探そうと決めたのだった。


出会いを重ねる彩菜が辿り着く、答え。

だがそれから、アプリを駆使したり食事会からの派生などで、5人の男とデートしたものの、まったく良い人材に巡り合えなかった。

「それどころか、分かったことがあるんです」

彩菜は代々木公園のそば『ボンダイカフェ ヨヨギビーチパーク』のロコモコを食べながら、葵へ語りかけた。

葵は、彩菜の天秤恋愛計画が気になって仕方ないのだろう。前回のランチからまだ数週間だというのに、もう報告会を求めてきていた。

正直面倒くさいが、世界で唯一、彩菜の天秤恋愛計画を知っているのが葵だ。だから愚痴を話す相手は彼女しかいない。

「分かったことって、なに?」

「私が男を品定めしているのと同じように、向こうもこっちを品定めしてるんです」

「そんなの、当たり前じゃない」

葵はばっさり切り捨てて、クスクス笑った。

離婚したばかりの彼女にとって、他人の不幸は安心するのかもしれない。その気持ち、よく分かるから許してやろう。ただ二度目はないぞ。

「あのね、彩菜ちゃん。こちらが男を覗きこむとき、男もまたこちらを覗きこんでるのよ」

「…なんでしたっけ、それ?」

「元ネタはニーチェ。『深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗き込んでいる』」

忘れたころに葵は、自らが高学歴であることをひけらかす。

「私が男を見定めてるとき、男もまた私を見定めてる…ってことですか?」

「そう。理解が早い」

「でもね、葵さん。私、ある程度は時間をかけて見極めたいんです。一回デートして短時間食事するだけじゃ、相手の本質なんて分からないじゃないですか。なのに、みんな予選脱落してく」

「『予選落ち』かー。まあお試しデートは『予選』とも言えるけど、そのことを『予選』とか上から目線で言っている間は、3マタなんて無理じゃないかな?」

という感じで、そこから葵の説教が始まった。ロコモコを食べ終えた彩菜は、すぐに帰りたくなっていた。

話を適当に受け流していたが、一言だけ、耳に残るものがあった。

「3人と同時に付き合うなら、同じタイプの男3人じゃ意味ないし。ということは、出会う方法も3人それぞれ違うパターンじゃないと。私ならそうするけど?」

私ならそうする…。どうやら葵は同時進行の天秤恋愛を咎めるくせに、それなりにシミュレーションしているようだ。

―うん。なるほど。たしかにそうかもしれない。





手持ちの駒を全て使い果たしてしまった彩菜は、翌日の月曜、ルーティンのデスクワークをこなしながら、残り2人の男たちとどう出会うべきか考えていた。

彩菜は新卒採用として大手通信会社に入り、経理部に配属されて4年目。葵は入社当時の先輩だったが、彼女はすでに転職しており、今はベンチャー系のIT企業に勤めている。

―職場恋愛は、もうないな。

入社後、彩菜は人並みに職場恋愛を経験した。

同期とこっそり付き合い、周囲にバレて、しばらく付き合って別れた。30代の妻子持ちの先輩から言い寄られたこともあったが、職場でのドロ沼は御免だったので、周囲にはバレることなく清算した。

3人同時進行の恋愛をする場合、必然的に3人の男それぞれに隠し事が多くなる。職場恋愛を周囲に隠す以上の疲労が待っているに違いない。

ただでさえ複雑なのだから、職場恋愛はもう懲り懲り。…のつもりだったのだがー。



上司に呼び出されたミーティングスペースで、上司以外にもう一人いた男性社員を見たとき、彩菜の胸は高鳴った。

短期間で5人もの男と連絡を取り、よく吟味したうえで会ったのにピクリとも動かなかった心が、一瞬にして大きく動く。

「はじめまして、服部蓮と言います」

差し出した男の手は、大きくて美しかった。日本人で、名刺の前に握手を求める会社員がいるだろうか。

―もしかして「ときめきくん」が現れた…?

彩菜は、胸の鼓動がさらに早まったことを感じた。


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ときめきくんの登場。2人目の彼氏ゲットなるか?