騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

◆これまでのあらすじ

詐欺師・小川と智は恋人関係になり数億の金が動き出した。

なぜ小川親太郎は女を騙すようになったのか?今回は、小川の過去を知る、悪友・田川の話。



「田川さーん。ご飯いつ連れて行ってくれるんですかぁ。今度、今度、ってだいぶはぐらかされている気がするんですけどぉ」

「あーごめんね、親太郎が忙しくて、予定がなかなか組めないのよ。オレだけならいつでもウェルカムなんだけど、佐藤さんがご飯行きたいのは、オレじゃなくて親太郎でしょ?あ、これ、今日来た人たちの名刺ね。ファイリングよろしくぅー」

「田川さん!」

「オレ、ちょっと仮眠とるから。電話とかも一切取り継がないでねー」

自分の部屋に滑り込み、強引にドアを閉めた。

―佐藤さんも諦めないなあ。

自信がある女の子からのあからさまなアプローチは大好物。でもそれは、自分に向かってくる時だけであって、相手の目的が自分ではないことが分かっていてセッティングする程、暇でもお人好しでもない。

「オレ、親ちゃんと比べられなければ、モテるんですけどね」

ネクタイを緩め、来客用のソファーに寝転がりながら、誰に言うともなく声が出た。

33歳という若さで法律事務所の代表で、ルックスは中の上と自己分析できる。コミニケーション能力は化け物といわれるレベルだし、女の子にだって超優しい。

吹聴したことはないが実家は裕福で、俗に言われる育ちの良さ的な要素もあると言われるし、こと女性の扱いにおいて敵わないな、と思った男はいなかった。

親太郎と出会うまでは。



田川と親太郎との出会いは、約20年程前。

田川は親の勧める高校に特に反発することもなく入学した。男子校で、比較的裕福な家の子どもが多い進学校。

親太郎とは1年の時から同じクラスだったが、当時は特に目立つような容姿ではなかった彼が注目を集めたのは、毎朝、とびきりの美女に送迎されてくるから、だった。


田川と親太郎の出会い。2人が近づいたのは、放課後に「ある場面」を目撃してからだった。


毎朝送迎しているのは親太郎の実の母親だった、と、のちに本人から教えてもらうのだが、母親というには若すぎるように見えたその美貌と色気に、思春期の男子学生たちは浮き足立った。

噂は下世話なものも多かった。あれは父親の愛人で、親太郎とは血が繋がっていないのではないか、とか、若い後妻なのか、とか。でも親太郎本人は飄々としたもので、揶揄してくる同級生たちを、笑顔で交わすだけ。

今でこそおそらく185cmを超えるかもしれない長身の親太郎だが、あの頃は身長も平均値を抜けていなかったと思う。野暮ったいメガネをかけ、華奢な色白の少年。

誰ともつるむことはなく、かと言って誰とも揉めることもなく。成績でも目立ったところがない。むしろ自分の存在を消すように、目立たぬように振る舞っているかに見えた。

けれど、1年生が終わるころ。部活終わりに教科書を忘れたことに気がついて、教室に戻った田川は見てしまった。泣いている女性を抱きしめ、慰めている親太郎を。

親太郎は田川に気がつくと少し微笑み、女性を抱きしめたまま、無言で人差し指を立てた。

抱きしめられている女性が、誰なのかわからないまま、田川は廊下で身を潜めた。そしてしばらくすると、パタパタと教室を出ていく足音が聞こえ、近くで声がした。

「ごめんね。もう大丈夫だよ」

メガネのない親太郎の顔を見るのは初めてだったが、その顔が、こんなに整っていたのかと同性なのにドギマギしてしまい、かろうじて返事をする。

「…い、いや」

田川にも、その頃彼女はいたし、キスだって経験済みだった。でも何というか、親太郎とさっきの女性の間に流れていた空気は、女性の背中に回された手は、もっと艶めかしくて…。

ドギマギしている自分が恥ずかしくなり、平気なフリで田川は聞いた。

「さっきの、だれ?何があったの?大丈夫?」

ここは男子校だ。状況がまったくわからないまま、質問ばかりが口をでた。

「なんていうか…。ただ求められることに、答えたつもりだったんだけど。なんか…泣かれちゃったな。女の人って難しいよね…パターンが多すぎる。まあそこが可愛いんだけどさ」

さらりとそう言った親太郎は、言葉が出ない田川を気にせず、じゃあね、と立ち去った。親太郎が抱きしめていたのが、23歳の英語教師だったということに気がついたのは、その数日後。

それ以来、田川はなにかと親太郎に興味を持ってつきまとうようになり、親太郎も田川を受け入れたのだ。


親太郎の何かが壊れた日。弱い母親を守るため手放したもの。

親太郎は2年になると、ぐんぐんと背が伸び、眼鏡をかけていてもその美貌を隠せなくなっていた。とはいえ本人は無頓着なまま。

他の同級生と違って落ち着いて大人びた親太郎との時間は、田川にとっても心地よく、何かとつるむようになった。2人で夜の街に出かけて、女の子に声をかけ、お互いバラバラに夜の街に消える。そんなこともするようになった。



でも親太郎は、家の事を多くは語らなかった。派手に遊ぶ金があるところをみても、生活に困るような家だとは思えなかったが、何となく話したくなさそうな空気に、田川も無理に詮索しなかった。

兄弟はいないということと、あの美貌の女性が実母だということ以外、聞いたことはなかったが、事態が変わったのは、高校2年生の冬だった。

親太郎が、突如学校を欠席し始め、田川が電話をしても出なくなったのだ。それが2週間程続いた深夜、ようやく親太郎から電話があり、すぐに会う約束をして、24時間営業のファストフード店で待ち合わせした。

「…オレの、価値って5,000万円なんだって。どう思う?」

そう言って親太郎は笑った。その笑った顔のなんとも言えない寂しさを、田川は未だに忘れられない。

「俺、5,000万円で父親に売られるんだって。さんざん俺だけしかいない、俺がいなくなったら死ぬって大騒ぎしてた人が…俺、彼女の精神安定のためにずっと頑張ってきたし、いい息子だったと思うけどなぁ」

「…彼女って…親ちゃん、自分の母親のことを言ってんの?」

親太郎は答えることなくストローをくわえ、コーラをズズっと吸い込んだ。そんな飲み方をしている親太郎を見たことはなく、初めて年相応の同級生らしさのようなものを感じて、こんな時なのに、胸がジワリとした。

親太郎は、状況を問う田川に簡単に説明してくれた。

両親の結婚生活は、親太郎が幼い時に破綻し別居。親権は母親が持っていたのだが、親太郎が18歳になることをきっかけに、正式な離婚と共に、親太郎のことを引き取りたいと父親が申し出た。すると母が手放す代わりに、5,000万円という金額を打ち出したらしい。

「…結構あっさりだったんだよ。ほんっと、女の人ってよく分からないよねぇ」

女の人。あの儚げな美貌の女性の白い顔が、田川の脳裏に浮かんだ。

「でもさ、18歳になるんだから、どっちに行くか、どっちも選ばないか、親ちゃんの好きに選べるでしょ」

「…まあ、そうなんだけどね。あの人、弱いから…せめてお金くらいないとさ。狂っちゃうよね、きっと」

ずっと自分が守るべき存在だと思っていた弱い母親。憎いと思っても、酷いことをされても、無下にできない親太郎の気持ちは、田川にもなんとなく分かる気がしたが、だからこそ腹が立った。

「…親ちゃんが5,000万とか、安すぎでしょ。…せめて億にしろよ。キリが悪いよ、激安セールかよ」

何といえば良いのか、途切れ途切れにしか吐き出せなかったけれど、親太郎の表情が少し緩んで、小さく「ありがとな、マサ」と言った。

クリスマスが迫り、陽気な音楽が流れるファストフード店で、気の利いた慰めの言葉も、はげましの言葉も出せなかった夜。早く大人になりたいと苛立った、この17歳の冬の夜のことは、それ以来ずっと、田川の脳裏から消えなかった。


大学卒業間近に久しぶりの再会…果たして親太郎の目的は?

それでも、親太郎はその翌日から登校してくるようになった。

「賢い大人になって、親たちを見返そうぜ」

今思えば、随分青臭いことを言ったものだと、田川は思い出すだけで恥ずかしくなる。

でも田川にも、正義感が強くまっすぐな兄と比べられ続け、両親になかなか認めてもらない葛藤はあったし、同情というより純粋に同志の気持ちだった。そして受験勉強を始めた親太郎の成績は、メキメキと上がっていった。

両親の離婚や、自分がおかれていた状況から、法に興味を持ったせいなのか、それとも別にどんな学部でもよかったのか、親太郎は田川と同じ法学部を受けることになった。

親太郎の父は、中小企業をいくつか抱える経営者で、息子の希望学部についてとやかく言っている様子はなかった。親太郎は父親の元から高校に通うようになっていたが、その後きちんと母親に5,000万が払われたかどうかは、田川は知らない。

田川は両親の希望通り、両親の出身大学に合格。東京を離れた。親太郎は東京の大学に進んだので、定期的に連絡は取り合いながらも、頻繁に会うことはなくなっていった。そして2人の関係が大きく変わったのは、大学4年生の冬。22歳のときだった。

久しぶりにかかってきた電話で、親太郎は言った。

「マサ、今夜飲めるか?」

お互いに司法試験に合格した、という情報は交換していたが、その後の進路はどうするつもりなのか、親太郎の希望を知らなかったため、田川はそんな話ができることも楽しみに、指定された待ち合わせのバーに出向いた



ドアを開けると、薄暗い店内でも、すぐに親太郎を見つけられた。相変わらず人目を引く容姿。それに…なんというか驚く程、色気を増した気がする。

「1年ぶりくらい?親ちゃん、またイケメン度増しててムカつくわ」

その軽口に、なにいってんだよ、と、親太郎は田川が知らない顔で笑った。田川は自分でも嫌になるほど勘がいい。ジンリッキーを注文した後、間髪を入れずに言った。

「なんかトラブル?」

「さすが」

「女?」

「正確にいうと、女の相手だな」

「まあ、聞きましょうか」

久しぶりの乾杯のグラスを合わせた後、親太郎は語り始めた。

親太郎は、ある裕福な年上の女性と偶然出会い、ライトに関係を持った。彼女に夫がいることはのちにわかったけれど、彼女は、完全に別居中だから気にしないで、と言った。

「けど…それは嘘だったんだ」

親太郎がその嘘に気がついたのは、彼女の体に、数カ所の青痣を発見したことだった。問い詰めると、彼女は夫と別居できていないことを告白。その夫に離婚を切り出したら、暴力を振るわれたのだという。

もう自宅に帰ってはいけない、と親太郎は言ったが、帰らないともっと酷いことをされるし、あなたにも被害が加えられるかも、と怯えた彼女が、親太郎が眠った隙に自宅に戻ってしまった。

DVの被害者が、その恐怖から加害者に支配され、マインドコントロールされることは少なくないが…彼女とは一切、連絡が取れなくなったらしい。

「彼女が心配なんだ。俺が動くことも考えたけど、もし夫が俺の存在を知っていたら、また逆上させてしまうかもしれない。法的な解決で、彼女を危険にさらさない方法を、マサに相談したくて」

「…法的な解決ってことは離婚調停に持ち込むか、暴行容疑での告訴だろうが、証拠はあるのか?第三者が訴える手もあるが、浮気相手だったお前が証言者になるわけにはいかないだろう」

「俺の名前で訴えられなくても、彼女の傷の写真は撮ってある。どんな時に激昂され、殴られたか…その傷痕に合わせた証言はかなりリアルだし、家の中にも探せばその時にできたヒビや傷が残っているははずだ。

それに夫は有名人だから、事を荒立てるのは嫌がるだろうし、そのあたりを攻めることもできるかもしれないんだけど…」

名前を聞くと、夫は参議院議員だった。田川はため息をついて、もう一度親太郎の顔を見た。聞きたいことは、まだ山ほどある。だが。


田川が両親を動かしたが…親太郎の本当の狙いに田川が気がつく…?

「…分かった。俺が動いてみる」

うかつに既婚者に手を出すから、厄介事に巻き込まれるんだぞ、と散々説教してから、親太郎と別れた田川は、悩んだ挙句、エリート検事の両親を頼った。政治家の妻がDVの被害にあっているという情報を匿名の筋から受けた、と。

正義感の強い両親はすぐに動いてくれた。するとまもなくして、ことが表沙汰になることはなく、政治家と妻は、程なく離婚することができたらしい。

その報告をしようと、親太郎を呼び出したのだが。



「はい、これ。マサの分」

親太郎は会話も早々に、A4の分厚い封筒2つを差し出した。中には現金が。

「…なんだよ、これ」

「1,000万円ある。今回のお礼」

「…この金、どうしたんだよ」

「だから今回のお礼にもらったんだって。今回のことはマサのおかげだから、これはマサのもので、俺はもらえないからさ」

「…親太郎」

田川の声のトーンが下がり、シリアスになったことで、親太郎は、諦めたように口を開いた。

「いずれ、マサには話すつもりだったんだけど…。俺さ、彼女から…というか、彼女の旦那からごっそり金を頂くつもりで近づいたの。ライトな恋愛関係なんて嘘。まあ分かりやすい言葉で言うと、恋愛詐欺をしかけたわけ。俺に夢中にさせて金を頂こうかと。

でも、いざお金をもらうっていう段取りを組んだ所で、彼女と連絡がとれなくなっちゃって。それで、急遽マサにヘルプを頼んだわけです。ごめんな。マサを騙すつもりはなかったんだけどさ」

「…詐欺師って…お前、弁護士の資格取ったやつが…そんなこと…」

「お。マサがそんなに驚く顔、初めてじゃない?ちょっと嬉しいね」

田川は本当に驚いていた。だが見極めようと思った。親太郎はいつも本心を隠して笑うから。
湧き上がる違和感と疑問を、田川は素直に言葉にした。

「…なんで、彼女を選んだんだ?」

「…え?」

田川の質問に、今度は親太郎が驚いたようだった。


親太郎の詐欺を、田川が黙認するようになったわけ…2人の絆とは?

「親ちゃんが恋愛詐欺的なことを彼女にしかけたとして。何でターゲットが彼女だったのかなって。詐欺ってターゲットを選ぶもんでしょ?何で彼女?」

「なんとなく、かな。金持ちそうだったし」

茶化した親太郎を気にせず、田川は続ける。

「両親が彼女の話を教えてくれたんだけどさ、親ちゃんから聞いてた話と微妙に違ったんだ。親ちゃんは彼女が、親ちゃんと付き合いだした後、離婚を切り出したからDVを受けたって言ってたよね。でも彼女結婚した当初、20年前からDVを受けてたんだって。

20年慢性的に暴力を受けたら、必ず傷は残ってるはずだよね。親ちゃんがそれに気がつかないわけはないな、って」

「……」

「親ちゃんは俺にヘルプを頼んだ時点で、俺が両親を頼ることを予測してただろ?で、俺の両親が介入したことで、彼女は慰謝料をしっかりもらって円満離婚。

彼女、親ちゃんと出会ったことで結果的には救われてるよね。20年間の苦しみから解放されてさ。

恋愛詐欺、っていうものが、どういうものなのか、俺にはちゃんとわかんないけどさ。親ちゃんは、最初から彼女がDVにあって苦しんでたのを知ってた。で、それを救おうとした。違う?」

田川が一気に喋り切ると、一拍程の間の後、親太郎が笑いだした。

「俺、そんな綺麗なもんじゃないよ」

笑顔のまま、テーブルの上に置かれた分厚い封筒を指差し、続ける。

「俺の狙いは、あくまでもこれ。…でもマサを巻き込んだことは、失敗だったかなあ」

そう言いながらも親太郎は、心底楽しそうに笑い続けた。



弁護士資格をとったくせに詐欺師になった悪友を止めることをしないまま、あれから、もう10年以上が経つ。

―オレもどうかしちゃってるなあ。

学生時代の青臭さも抜け、野心も芽生え、それなりに汚い世界も知った。そして自分にはそこで勝ち抜く力があることも知った。

―清濁併せ呑む、ってね。

今ではすっかり、親太郎の共犯めいたことをしている自分の立場の危うさはわかっている。

だが、思うのだ。

この仕事に浸かる程知った法律の抜け道。法律があるからこそ裁くことができないもの。裁かれるべき過ちが裁かれず、なんの責任もとらず、この世に存在し続けることの不思議。

正義とはなんだ?悪とはなんだ?

騙されるとはなんだ?真実とはなんだ?

「俺の価値、5,000万円だってさ、どう思う?」

親太郎がそう言ったあの、17歳の冬の夜。

「親ちゃんが5,000万円なわけはない」

田川がそう答えた、あの17歳の冬の夜。

友情という言葉はどうも陳腐で苦手だが、あの日以来、2人に芽生えた絆がある。

親太郎がどこまで行けば、満足するのか。満足すれば、彼はどうなるのか。それを、見届けるのが自分の役割な気がしている。

親太郎はいつも言っている。

「もし、俺が逮捕されるようなことがあれば、お前は何も知らなかったことにしろ。俺を切り捨てろ。お前も俺に騙されたんだ」

―もちろんそうさせてもらう。じゃないと親ちゃんの弁護ができないからね。

警察を挑発してくれなんて、親太郎はいつも田川の理解も予想も超えていくが、とことん付き合ってやることに決めている。

―まあ、1回くらい傍聴席が、親ちゃんが騙してきた女の子たちで埋まるのも見てみたい気もするけど。


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