午前0時。
シンデレラの魔法が解け、現実に戻るように…

27歳。
学歴良し、勤め先良しの男女が送る夢のような日々は、27歳で現実を迎える。

若さと勢いで乗り越えられてきたものが、なんだか小難しくなってくる。

キャリアアップはどこまで目指すのか。結婚はするのか。子供は持つのか。

様々な選択肢が押し寄せてくる頃。

魔法が解けた時、彼・彼女は一体どんな選択をするのだろうか。

前回は、「お局化」を危うく回避したバリキャリ女・聡子を紹介した。今回は…?



午前0時。

部屋にはツンと鼻をつくようなターメリックの香りが漂っていた。

スパイスから選んだ自家製カレーを頬張りながら、Netflixでお気に入りのドラマの最新話をプロジェクターで見る。

23時過ぎまで仕事をこなした健太郎にとって、この時間は自分への最高のご褒美だった。

のんびりとソファに腰掛けながら、恒例のインスタチェックをしていると、地元の女友達の自撮りが目に留まる。CAとして世界中を飛び回る彼女は、健太郎の女友達の中でも群を抜いた美女だった。

可愛い女の子を紹介すれば先輩にも喜ばれるし、その時に他の子も呼んでもらえばまた女友達が増える。無意識のうちに頭が働き、すぐさま自撮りストーリーズのキャプチャを取ると、チームの先輩である安藤に送りつけた。

−健太郎:先輩、この子と食事会しましょう!

そんな連絡をしながら、健太郎はどこか満足げだった。広告代理店に勤務し、イケてる毎日を過ごしていると信じていた。

まさか、自分が「こじらせ男子」だなんて思ってもいなかった。


偶然耳にした自分の悪口。健太郎が「こじらせ男子」と呼ばれた原因とは

前日のご褒美を打ち消すように、この日は遅くまで打ち合わせが続いた。狭い会議室の暖房のせいで頭がぼーっと重たいまま、執務室に戻る。

ドアを開けると、角を曲がってすぐのデスクから馴染みのある笑い声が聞こえてきた。

「いや〜、本当に健太郎はそういうところが残念だよな」

聞こえてきたその一言に、思わず足が止まる。



「女の子紹介する、は健太郎あるあるだな。遊び相手ならいいけど、さすがにアイツに紹介された女の子とは付き合いたくないわ」

「わかります。なんか調子に乗りそうで嫌ですよね」

安藤の発言に、後輩の笠井がご機嫌をとるかのように大げさに同意をする。

「あと健太郎さんあるあるは『良い暮らししてる』アピールがすごい。やたら高級フレンチ行ったり、ロレックスみたいなブランド品の写真あげたり、革靴磨いた写真あげて#足元倶楽部でインスタに写真あげちゃってるんすよ」

「うわ、典型的なこじらせ男!俺イケてますアピールがすごいな」

「そうなんですよ、イケメンでもない男のいい男アピールほど痛いものはない!」

夜のオフィスに、2人の高笑いが無慈悲に響き渡った。

「あとアイツ、ごますりがすごいのよ。一緒にクラブ行った時も飲み物全部奢ってくれたり、女の子呼んで来たり。まぁ損はしてないからいいけど、サシでご飯とか絶対に無理」

仲が良いと思っていたはずの安藤の心無い言葉で、健太郎の頭は真っ白になった。

ぼんやりと足元を見つめて立っていると、誰かが近づいて来る足音がした。まずい、そう思って逃げようとしたが、それよりも先に足音の主は健太郎のもとにたどり着いた。


逃げ損ねた健太郎と鉢合わせた足音の主とは

「あれ、まだ残ってたの」

顔を上げると、両腕に空のペットボトルを抱えた真希が立っていた。

同期の真希。同期とはいえ中途入社の彼女は、チームのメンバーと群れずに一線を画していたため、健太郎も挨拶や業務以外の会話をしたことがなかった。

黒髪でパッチリとした目に、通った鼻筋。見た目は美人なのに、ネイルなど飾り気のあることはしないし、SNSにはアプリで撮った自撮りではなく、風景や建物の写真ばかりを載せているような真希に、健太郎はどこか近づきづらさを感じていた。

「うん。再提案があって、その打ち合わせ」

なんとか笑顔で返そうとするが、頬が痙攣するのを感じて、健太郎は思わず下を向いた。

「ふーん、大変だね」

興味なさそうな返事をしながら、真希はゴミ箱にペットボトルを投げ入れる。その隙を狙って健太郎が帰ろうとすると、真希はあっと声をあげ、ひらりと健太郎の方を向いた。

「ねぇ、お腹すいたし、焼き鳥食べようよ」

真希からの初めての誘いに健太郎は驚いたが、それ以上に彼女も聞いていたであろう悪口への恥ずかしさで、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られていた。

ごめん、と返そうとするが、その返事を待つ前に真希は話し始める。

「荷物、持ってきてあげる。1階の受付前で待ってて」

そう言い放つと、真希はスタスタとデスクに戻って行った。



遅くまで開いている焼き鳥屋を探し求めて向かったのは『赤坂焼鳥 鳳』だった。

最初の一杯が来るまで、2人はほぼ無言だった。真希もきっと気を使っているのだろう。申し訳ない気持ちになった健太郎は口をようやく開いた。

「俺、気づいたら典型的なこじらせ男になってたわ〜」

自虐するように苦笑いをしながら、目の前のビールを飲み干す。

「あぁ、さっきの話?まぁ事実だとは思うけど、あの人たちも人のこと言えないよね」

健太郎の自虐を軽く受け流し、真希は目の前の焼き鳥を頬張る。思わず健太郎が苦笑いをすると、真希は呆れたように鼻で笑う。

「なんかみんな、『典型的大手広告代理店の生え抜き社員』って感じ」

「典型的生え抜き社員って?」

真希の言葉が気になり、思わず健太郎はその言葉を繰り返した。


健太郎が、脱・こじらせ男子をするために必要なことは?


「学歴とか家柄が良くてプライドが高いのに、得意先にこき使われるから、『俺以外みんなイケてない』って腹の底で他人を見下してマウント取ることで、プライドを維持しようとする人たち」

日頃無口だった真希から、こんなにも鋭い言葉が放たれたのは意外だった。耳を疑いたくなるような気持ちで、淡々と話す真希を健太郎はただ見つめる。

「広告代理店って、イケてる人たちがいるのかなって期待してたけど、意外とこじらせた人多いんだね」

真希の言葉を聞いていてさすがに悔しくなった健太郎も、躍起になって言い返す。

「でも別にこじらせてても、困ったことないし」

「そう?今のところ誰一人として健康的な恋愛してる人、見たことないけどね。それに、さっきだって陰口言われてたじゃない」

健太郎の反論も意味をなさず、真希は元コンサルらしくサラリと言い返してくる。

「そんなこと言ったら真希だってプライド...」

「どうして健太郎は自分で勝負しようって思わないの?」

健太郎の反論を気にせず、真希は質問を被せて来る。

「可愛い友達がいる俺、親が自営業で金持ちな俺、って結局自分で何も努力してないじゃん。それに、そういうことをわざわざ口にしなきゃいけないなんて、自信の無さの表れでしょ?そんなので勝負しなくても、普通に面白いのに」

ズバズバと物を言う真希だが、その安定した声のトーンに打ち消されて、不思議と嫌味を感じることはなかった。

健太郎は少し考えると、イジけたように口を尖らせて答えた。

「だって、真希みたいに、ファッションとか写真のセンスがあるわけでもないし、クリエイターみたいに賞受賞して成し遂げたものがあるわけでもないし...」

「別に成し遂げた実績とかセンスとか必要ないでしょ。むしろどれくらい相手に素直に飛び込めるかよ。人間性で、自分のファンを作らなきゃ」

イラっとしたように語調が強くなる真希に驚いていると、置いてあった真希の社用携帯が鳴った。

「やばい、テレビ局の人に食事会呼ばれてたの忘れてた。じゃ、今日の受講料はお会計で!ご馳走様!」

パッとコートを取ると、光のように真希は店を飛び出していった。



まだフロアに人がまばらな朝、健太郎は一人で座る安藤を見つけた。不安な気持ちを抑えながら、安藤にゆっくりと近づくと挨拶をした流れで健太郎は会話を続けた。

「安藤さん、ご飯行きませか」

「おお、次はどんな女の子?」

PCの画面に釘付けになったまま、健太郎の方を見向きもせず安藤は答える。

「いや、女の子とか関係なしに!安藤さんと語りたいなぁ〜って思って」

「え、何、珍しいじゃん」

健太郎の誘いに驚き、思わず安藤は顔をあげ、健太郎の方を振り向いた。

−こじらせ男子からの軌道修正を図るために、はじめの一歩。他のものに頼らず、自分で勝負する。

健太郎はふっと気持ちが軽くなるような感覚を覚えた。


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「彼女と長続きしないんだよね。」27歳商社マンの恋愛が上手くいかないワケ